仰げば尊し

震災以降ずっと休業中だった萬葉堂書店(仙台でいちばん大きな古本屋)の前を通ったら、やっと営業再開されてたので、ちょっと寄ってきたんです。そしたら売り場のレイアウトがすっかり変わっていて、本を探すのに一苦労しました。でもそこまで復旧するのが大変だったであろうことを思うと(何しろ在庫十万冊の店である)売り場の変更ぐらいはどうってことないですね。


というわけで、時間があまりなかったのでディープな深層階までは入らず(ここの地下書庫に入ると三時間は出てこれない)文庫本を多少ながめる程度にとどめ、そういえばオレって江戸川乱歩の本をあまり持ってなかったなぁと気づいたので(中学生のころに学校の図書館でむさぼり読んだのである)とりあえず角川文庫版『一寸法師』を購入。
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この表紙の禍々しさ! いま乱歩の本は光文社文庫創元推理文庫が手に入りやすいですが、やっぱりこの70年代角川文庫版(カバーは宮田雅之の切り絵)が好きだなぁ。


この『一寸法師』には、表題作のほか「人間椅子」「二銭銅貨」「闇に蠢く」「夢遊病者の死」、そして山田風太郎のエッセイ「私の江戸川乱歩」と中井英夫による解説が収録されています。


山田風太郎は、師匠ともいえる乱歩の思い出をひとしきり語ったあとで、戦前は人間嫌いで知られていた乱歩が、戦後には推理文壇の中心人物として明るく社交的になったという事実について、「乱歩は若いころからハゲていてそれがコンプレックスになっていたが、戦後には五十歳を過ぎてハゲていてもおかしくない年齢になったので、コンプレックスが解消されて明るくなった」と珍説を披露しています。そして、コンプレックスが解消されたせいで戦後の乱歩はあまり書けなくなったのではないかとまで論理を発展させて、

 このコンプレックスのために「人間椅子」や「屋根裏の散歩者」や「陰獣」などの名作が生まれたとすれば、人間、禿げれば尊しわが師の恩というべきではあるまいか。

としめくくっています。「禿げれば尊しわが師の恩」って、つくづくすげえフレーズだなぁオイ。


ちなみに、カニバリズムをテーマとした収録作「闇に蠢く」は、乱歩がぐうぜん入手した著者不明の小説を公開する、という体裁を取っていますが、よく似た題名の作品「蠢く触手」は、乱歩の名前で発表されましたが実際には別の人が代筆していたという、まったく逆ですがこちらはガチの事情があって、初めて読んだときはおおいに混乱したものでした。

蠢く触手 (春陽文庫)

蠢く触手 (春陽文庫)