Google Waveの開発中止――8月4日(現地時間)の米グーグルの発表は、すぐには信じられなかった。前の晩、新刊『Google Wave入門』の著者あんどうやすしさんから、Google Wave開発担当者への献本先を知らせるメールが届いたばかりだった。『Google Wave入門』の納本前日の出来事である。

 Google Waveはネット上にドキュメントを開いて同時に複数の人間が書き込んだり、メッセージを書いているそばから相手に送信したり、文書、動画、地図などを同時に見て動かしたりといったことができる情報共有ツールだ。Google Wave入門書の企画を思い立ったのは、グーグルが主催する開発者向けカンファレンスGoogle I/O 2009でGoogle Waveが発表された直後だった。Google I/Oでのプレゼンテーションに魅せられたからである。

斬新な「情報共有」「UI」を実現したGoogle Wave

 ただ、もう一つ理由があった。「チャンドラー(Chandler)」のことを思い出したのだ。

 「チャンドラー」をご存じでない方も多いだろう。私もこのプロジェクトを知ったのは本を通してである。『デスマーチ』の著者として知られるエドワード・ヨードン氏が2007年にソフトウェアテストシンポジウム2007(JaSST'07)のために来日したとき、ヨードン氏から「面白い本があるから読んでごらん」と薦められた本があった。『Dreaming in Code』である。このノンフィクションが追ったオープンソース開発プロジェクトとそこで開発していたソフトウエアの名が「チャンドラー」だった。

 チャンドラーは、カレンダー、電子メール、メモ書きなど生活のなかの情報をソフトウエアの垣根を越えて整理し共有する個人情報管理システム(PIM)。チャンドラーの開発には、米ロータス・デベロップメントの創設者ミッチェル・ケイパー率いるドリームチームが当たった。元Mac OS開発者のアンディ・ハーツフェルド、ゲーム「ローグ」の開発者でありネットスケープ創業時メンバーのマイケル・トーイといったそうそうたるメンバーが集まった(詳しくは訳書『プログラマーのジレンマ』を参照)。

 だが、それだけのメンバーをしても「情報共有の手法」とそれに深くかかわる「ユーザーインタフェース(UI)」の設計は困難を極めたという。プログラマーとUIデザイナーの間でUIのコンセプトが変更されてはプログラムが書き直され、プログラムが作られてはUIが変更されるといった作業が繰り返された。

 PIMであるチャンドラーとコラボレーションツールであるGoogle Waveを単純には比較できない。それでも、Google Waveの画面を見たとき、粗削りかもしれないが、斬新な「情報共有」「UI」を実現していたという事実に惹かれた。

 Google Waveでも、「UIが複雑でよくわからなかった」という声があった。Twitterのような、もっとシンプルなツールでないと普及しないというコメントも目にした。確かに、複雑なもの、わかりづらいものは使いたくない。

 ただ、それは「実現したい機能をどういうUIで実装するか」という問題であって、「機能が多い“ヘビー”なリアルタイム・コミュニケーション・ツールはいらない」という問題ではない気がする。エディターに対してワープロソフトがあるように、Twitterのような“ライト”なリアルタイム・コミュニケーション・ツールに対して、“ヘビー”なリアルタイム・コミュニケーション・ツールにも役割はあるはずだ。