「電子書籍の魅力は少人数制作」~竹熊健太郎氏と「うめ」が対談


「マンガ・ミーツ・デンショ」会場の様子

 漫画・アニメ関連の論評で知られる編集家の竹熊健太郎氏と、漫画家ユニット「うめ」の小沢高広氏(原作担当)によるトークショーが11日、東京・池袋のジュンク堂書店で開催された。「マンガ・ミーツ・デンショ―電子書籍時代における個人クリエイター活動とは―」と題し、電子書籍の普及によって漫画制作・出版がどのように変化していくかを語り合った。


「アニメが1人で作れる時代」の漫画とは

竹熊健太郎氏。さまざまな余談を交えながら電子書籍の未来を論じた

 うめは今年1月、雑誌掲載もされた短編漫画「青空ファインダーロック」の電子書籍版を、Amazonの「Kindle」で読める初めての日本漫画として制作し、注目を集めた。竹熊氏は「うめの存在を知ったのがその時初めて。その時から約8カ月経つが、(iPad発売をはじめとした電子書籍情勢が)ここまで変わるとは思わなかった」と、その展開の早さに驚きを隠さない。

 竹熊氏が電子書籍に対して「キター!」と思った瞬間は、iPad発表直前の2009年末にYouTubeで公開された映像という。新聞や雑誌の誌面レイアウトそのままにデザインされた画面で、写真部分をタッチすると動画が動き出す仕掛けだった。

 本来であれば静止画が当たり前の新聞や雑誌という表現に、動画をも盛り込む概念が提示されその映像を見て、小沢氏は「じゃあ漫画も声がついたりアニメーションが付くようになるのか?という話になるが、個人的には絶対にならないと考えている。漫画の特性は低コストで作れると言うことであって、映画の何百分の1という予算で同じだけの物語を語れる。その漫画がコストを上げる方向にはいかないのではないか」と述べた。

 一方で竹熊氏は、映像作家の新海誠氏がほぼ独力で作り上げた約25分のアニメ作品「ほしのこえ」を例示し、劇場公開に耐えうる作品が1年足らずの制作期間でできあがるという実例を踏まえた上で、漫画とアニメーションの融合は進むのではないかと答えた。

 また竹熊氏が「手塚治虫は漫画家としての成功をバックボーンに、本来の夢であるアニメ制作に取り組んだ人物。1人でアニメを作れるんだったら、それが理想だっただろう。今も存命だったら(省力化の極地としての)電子書籍にも絶対進出しているはずだ」と話すと、小沢氏も思わず頷いていた。

 さらに「手塚治虫は1人ででも映画を作りたかった。それができないから、(1人でも描かける)漫画で映画的な表現を追究した。手塚作品が映画的だと評価されることはその影響だろう」と竹熊氏は補足。余談として、宮崎駿監督の長編アニメ映画「風の谷のナウシカ」が公開された時、手塚氏はその出来の良さに嫉妬し、アシスタント陣を前に「この作品を見ると目が腐ります」とまで言い放っていたという関係者証言を紹介。アニメに対する並々ならぬ熱意があったと分析する。

 これ以外にも竹熊氏は、「秘密結社 鷹の爪」で知られる蛙男商会が3人ほどのスタッフで30分アニメを毎週制作している実例を紹介。小沢氏からも、「月刊コミックバーズ」(幻冬舎)で連載されている「するめいか」では、原作者みずからアニメを掛け持ちで制作。声優はネットで募集し、一度も面会することなく制作しているという。


印税率にも変化アリ、どうなる出版社?

漫画家ユニット「うめ」の小沢高広氏。Kindle向け漫画の初回売上報告は「300数ドル」であることも披露していた

 個人レベルでのアニメ制作すら実現した現状を、漫画の出版社はどのように捉えているのだろうか。竹熊氏は端的な例として、「うる星やつら」の単行本が410円で買えるにも関わらず、電子版がそれよりも高い450円で販売されている例に言及。「これでは電子版が売れるわけがない。理由をある関係者に聞いたところ、『電子書籍が売れては困る』と答えが返ってきた。失敗してほしいとしか思えない」と語り、その方向性に疑問を呈した。

 また、大手出版社では、従業員の年収が「30歳で1000万円」と囁かれるほど高額という。同じだけの金額を稼げる30歳の漫画作家は、一部の売れっ子だけだと竹熊氏も小沢氏も認めている。本の印税は、一般的に価格の10%が筆者に支払われるとされているが、電子書籍の分野ではこれが70%にまで増やす事例が登場。電子出版が加速すると出版社の取り分が減りかねず、大手出版社もその企業規模を維持できなくなる可能性が高いという。

 うめは電子書籍への取り組みの一環として、講談社の「モーニング」でかつて連載した「東京トイボックス」を、株式会社paperboy&co.の電子書籍作成・販売サイト「パブー」で販売する準備を進めている。うめは現在、幻冬舎の雑誌で連載を行っているため、幻冬舎の電子書籍サイトを利用する方向性も考えられるが、今回はうめ側から出版側に対して外部サービスの利用を提案。あえてその垣根を越えたという。DRM(著作権保護処理)のない“生”のPDF形式での販売を予定。小沢氏は印税比率の実数こそ明かさなかったが、「十分納得できる数値だった」とフォローしている。

 この方式には、もう1つのメリットもあった。単行本を出版する際、作者、デザイナー、営業、印刷、流通、書店それぞれの立場の代表者が全員出席するミーティングは通常あり得ない。しかし、今回の電子書籍では作品執筆から販売までの全関係者が集い、具体的な販売キャンペーンなどを相談できたという。流通経路が短くなり、関係者の数を絞り込めた影響もあるようだが、竹熊氏も「(少人数で立ち回れるということは)電子書籍の最大のメリットかも知れない」と漏らした。

 竹熊氏は自身のブログに「『町のパン屋さん』のような出版社」と題した記事を掲載し、少人数・少部数での出版には活路があると主張。マス(大衆)相手ではなくとも、ネット上で5000~1万人の客が見込めれば、社員1~2人の出版社が十分に経営していけるのではないかと、当日のイベント中でも語っている。

長期連載、新人発掘……。雑誌に求められる課題

Kindleを手にする小沢氏

 1980年代以降、漫画が産業として確立するようになったころにもたらされた変化の1つに、「長期連載」があるという。1970年代までに発刊された「あしたのジョー」は全21巻、「巨人の星」全19巻、「漂流教室」全11巻、「デビルマン」でも全5巻だったが、近年は30巻を越える作品が少なくない。

 人気漫画を長期雑誌連載して、雑誌そのものの人気も上げるという手法は部数増に効果があった。一方で作品あたりの単行本巻数が増加してしまい、書棚の設置スペースの問題、気軽な金額で全巻揃えることが難しい状況も生まれた。結果的に漫画喫茶や中古書店の利用を推し進めた可能性もあり、竹熊氏も「40巻、50巻越えの作品を誰が買えるのか。出版社はみずからクビをしめてしまったのかもしれない」と振り返る。

 小沢氏は逆に、電子書籍では保管場所の問題がなくなるため、原理的には長期連載が無理なく行える状況にもなると説明。竹熊氏も、創作の幅そのものが広がるだろうという観点を示している。

 小沢氏からは、漫画雑誌の将来性についての懸念が示された。「講談社のモーニングで漫画家デビューさせてもらったが、黒字をもたらすほどの影響力はなく、同時期に連載されていた『バガボンド』や『島耕作』に食べさせてもらっていたことになる。新人が、原稿料をもらいながら上達していく場がなくなってはツラい」とこぼす。

 竹熊氏はそれに対し「雑誌にとって、新人の発掘は大きなテーマ。数年後に大ブレイクすることを想定して新人養成する仕組みは、余裕があればできた」と、経済情勢に大きく左右されると答えた。近年は即戦力が求められており、ネット上で作品を公開している実力者に声をかける例に加え、イラスト投稿サイト「pixiv」のランキング上位者に仕事を発注するケースも少なくないという。

 竹熊氏は「漫画家志望者から、どこの出版社に作品を持ち込めばいいかを相談されることが多い。ただ最近は、ネットで発表しろと言っている。pixivに漫画も投稿できるし、本当にいい作品であれば注目される」と話す。

 この言説は、これまで出版社が主催する漫画賞を通じて新人募集してきたことへのアンチテーゼでもある。膨大な数の新人を出版社主導で集めるため、作家の使い捨てにも繋がっていると竹熊氏は指摘する。

 ネットに公開して注目が集まり、編集者からの問い合わせが来るような状況ともなれば、作者はどの版元から作品をリリースするか選択できる可能性も高まる。竹熊氏は「出版社は、(抱えている)新人とベテランを競わせることで市場を活性化させてきた」「出版社に原稿を持ち込むことがリスキーになる時代が来るかも知れない」と補足。特定の雑誌や出版社に作家が極度に集中する事態は、現代においては一定の弊害があるとした。


漫画家がエージェントを雇う時代がくるのか

電子書籍サイト「パブー」を運営する株式会社paperboy&co.取締役副社長の吉田健吾氏も、対談に参加した

 小沢氏と竹熊氏の対談では、漫画家にはエージェント(代理人)が必要にるのではないか、という点についても意見が交換された。漫画は、独立自営の漫画家が、出版社所属の編集者と濃密に協力し合うことが一般的とされる。編集者はストーリーを作者と共同制作したり、漫画以外の商業展開の可能性を模索するなど、すでにエージェント的な役割を担ってはいる。

 しかし、その編集者はたちはあくまでも一般企業の社員に過ぎず、人事異動などで頻繁に担当替えが発生し、1人の作家を継続的に支援することは難しい。経済的な基盤もフリーと社員では異なる。不人気で作品が終了したら作家は収入がなくなるが、編集者は社員としての給料が支払われる。

 「人気作家ともなれば、個人会社を作ってマネージャーを立てられる。しかし、本当なら(右も左もわからないような)新人にこそエージェントが必要ではないか」と竹熊氏は訴える。また、フリーの編集者にはエージェントとしての技能が求められるだろうとも付け加える。

 また、かつては漫画家のデビュー年齢(若さ)が非常に重要視されていた。10代でデビューするようなケースでは、作家も社会的に未熟なため、年長者である編集者が作劇にアドバイスする。地方から上京させて自宅で面倒をみるといった独特のエピソードも多く、漫画界独特の慣習として今でも受け継がれているという。

 こういった状況は、のちに青年向け漫画誌が普及することでも変化した。だが、ネット時代の今、自主的に作品を発表する場合であれば、年齢を公表する必要はほぼない。小沢氏は「(作品性以外の)余計なことが関係なくなる」とメリットを強調するが、一方で「埋没しやすい」というジレンマを抱えることにもなる。

 それゆえ、竹熊氏は「どう注目されるかが重要になるわけで、結局、編集者なりエージェントなりが必要になってくるのではないか」と説明。編集者もフリー化することで競争し、その能力を高める時代になるだろうと予測する。


共同制作でみんなハッピー?

対談は約2時間、ほとんどしゃべりっぱなし

 また竹熊氏は、連載漫画の制作を分業制にすべきだと主張している。アメコミ(米国のコミック)は作品やキャラクターの権利を企業が保有し、脚本家、イラストレーター、デザイナーなどにそれぞれ作業を分担させる手法が採用されていることで知られる。

 小沢氏は、制作コストの増加に繋がるての懸念を示す。竹熊氏もそれを認めるが、近年は「ComicStudio」などの漫画制作ソフトが普及し、省力化が進んでいると説明。小沢氏も「背景イラストを3D CGモデリングで行ったり、漫画家同士がTwitterで横の連携を取って、驚くまでの技術共有を進めたりもしている」と現状を語った。

 分業制を採用している作家としては、「ゴルゴ13」のさいとう・たかを氏率いるさいとう・プロダクションなどが知られる。さいとう氏へのインタビューの際、竹熊氏がもっとも印象に残った言葉は「漫画業界に入って驚いたのは、漫画家全員が自分を天才だと思っていることだ」という。もちろん、物語構成や作画などあらゆる面で天才レベルの技量を保持する漫画家は、原理的に言って少ない。

 しかし、さいとう氏は、動物の絵、人の心を打つ台詞など特定ジャンルに秀でた作家は数多くいると説明。こういった人材を集めてプロダクションを設立したのだという。

 週刊漫画雑誌の連載は、その作業の苛烈さから「非人道的な仕事」とまで竹熊氏は表現する。3年ほど実際にその作業を経験した小沢氏も「確かにどうかしている」と追認。この状況を改善するために知恵を絞るべきだと訴える。

 竹熊氏が1つのアイデアとして取りあげたのが、アニメ制作的な観点からの漫画執筆だ。アニメでは複数のスポンサーから資金を集めて制作委員会を設立。1話30分の映像を1000万円程度のコストで制作していると言われる。

 これを漫画に置き換えた場合、1000万円の予算で1年間の週刊連載、単行本3~4巻の出版を十分こなせると計算。ベテラン作家にネーム(下書きや台詞を整えた半完成原稿)を切らせ、現代的な画風の若手作家にペン入れ(清書)させるといった工夫を行えば、映画原作などに発展する可能性は十分あるだろうと展望する。

 約2時間の対談は、さまざまな余談も交えたこともあって、質疑応答時間を削るほどの時間オーバーで終了。今後、第2回の開催も検討したいという。


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(森田 秀一)

2010/9/13 06:00