最近、一緒に食事をした大手日系企業の女性役員から、こんな相談がありました。

「女性が大きなビジネスを作れるようになるにはどうしたらいいのでしょうか?」

 その企業では女性登用が進んでいて、女性の部長職もずいぶんと増えたそうです。しかし、彼女たちが作りだすビジネスは、社会貢献や女性の生活支援関連の領域で、数億円にも満たない売り上げ。会社の本業売り上げを超えそうな規模に成長しそうなものはまったく出てきていないと聞きました。

 新規事業は、会社の中長期の成長を担う取り組みです。新規事業を立ち上げにくい大企業の中で、新規事業を率先して取り組んでくれる存在はありがたい。しかし、大きく育つ見込みがない事業を次々立ち上げても、未来は開けない。

 数億円規模の新規事業の立ち上げが続き、マイナスの評価が社内に流れ始めた頃、社長から、「大きなビジネスを作れていない」「企業のビジョンを描けていない」と指摘を受けたと話してくれました。

 確かに、世界的大企業を作ったのは男性です。ソフトバンクの孫正義氏のように会社の在り方そのものを変えるような大型買収をして話題になるのは男性の経営者ばかりです。

 女性がビジョンを描けず、大きなビジネスが作れないのは、男女の脳の構造の差にあるとか、女性に妄想力が無いからだとか、いろいろな考察が出ています。

 GE(General Electric)の事業開発部には女性も少なからずおり、私のGE在任当時は、現WWF副議長のパメラ・ダレイさんが事業開発のトップだったので、女性に大きなビジネスが作れないと言われてもあまりピンときませんでした。

 女性に大きなビジネスは本当に作れないのでしょうか?

「女性リーダーは構想力に欠けている」との調査結果

 フランスのビジネス・スクールINSEADが、同校のエグゼクティブ・プログラムに参加した149カ国2816人の360度評価データを分析したところ、ビジネスチャンスやトレンドを察知し、戦略の新たな方向性を指し示す「構想力」は、女性は男性に劣っているという結果が出ました(1)。それ以外のリーダーシップ項目のほとんどは、女性の方が男性よりも高い評価を得ているという調査結果の中で、唯一劣っている項目が「構想力」だったのです。

(1) Herminia Ibarra, Otilia Obodaru, “Women and Vision Thing”, Harvard Business Review, January 2009.

 ハーミニア・イバーラ教授らは、この結果をさらに掘り下げ、女性リーダーの3つの特徴をまとめました。

1)女性リーダーにビジョンがないのではなく、ビジョンを生み出すプロセスが異なり、周囲から評価されにくい

2)具体的な事実や分析結果、細部をないがしろにするのを危険と捉え、根拠のないビジョンに基づいて指示を出さない

3)女性はビジョンを重要視しない

 1)では、女性リーダーは、多くの人を巻き込みながらビジョンを作るコラボレーション型であり、「みんなで作った」ことを強調する特徴が挙げられています。一方、男性リーダーは、少数精鋭で自らが中心となってビジョンを作り、「自分が作った」ことを明確にする傾向があります。

 どちらのプロセスが良いかは一概には言えませんが、プロセスによって、周囲へ与える印象に違いがあることを知っておいたほうが良いでしょう。

 2)の危ない橋を渡らない性質は、前回の記事「ヒラリー候補は本当に傲慢でリーダー不適格?」でも書いた、性別に対するステレオタイプの認識が女性の立場を厳しいものにしているため起きているとイバーラ教授は分析します。

 3)のビジョンを重視しない特徴は、女性リーダーが未来への構想を軽視するがゆえに構想力の重要性に懐疑的な傾向があることに起因します。組織を率いていくときに、現実的な路線を採ることが多いのです。それは、目の前の仕事の実績を出すことで、社内外の信頼を勝ち得て来た背景が、女性リーダーの行動パターンとなっているからです。

 イバーラ教授らの論文の指摘を真摯に受け止め、女性リーダーの課題である「構想力」の向上を図るには、意識的な訓練を通じてその獲得を目指す必要がありそうです。

複数資料の共通ワードを探す

 構想力とは、目の前にないものを想像し、未来をイメージして、そこに対して行動していく力です。未来を創造していく力と言ってもいいでしょう。

 スティーブ・ジョブスのように生まれながらのビジョナリーはほんの一握りです。構想力はトレーニングで磨けます。

 社会構造の変化を察知し、衰退分野から成長分野へ事業の基軸を移したり、成長分野に絡んだ新規事業を立ち上げるには、未来を「予測」し、「仮説」を立てることが必要です。

 未来を正確に予測するのは、非常に難しいことですが、多くの専門家を動員して作り上げられている複数の資料を当たれば、「こちらの方向に変わっていく」という大筋は見えてきます。

 たとえば、未来予測関連の書籍で私がよく読み返すのは、『2100年の科学ライフ』(ミチオ・カク著、NHK出版)、『2052 今後40年のグローバル予測』(ヨルゲン・ランダース著、日経BP社)などです。

 未来に起こりうる出来事を年表にまとめた「未来年表」もおススメです。ネットで無料でアクセスできるものも多く、例えば、『NRI未来年表』(野村総合研究所)や『未来年表』(博報堂)などがあります。

 これらには、聞きなれない単語や専門用語も出てきますが、分からない用語やコンセプトが何度も出てくる場合は、「分からないことが分かった。何度も出てくるということは、いずれ理解しなければいけないこと」だと認識できます。

 次の2点にだけ絞って斜め読みをするだけでも、多くの示唆が得られます。

□複数の資料にどんな共通点があるのか
□今後どんな技術が発達し、どんな分野が伸びていくのか

「10年後、どんなビジネス環境で戦っていくのだろうか? わが社はその時どういう事業をしているだろうか?」

 こう自問し、自分なりの仮説を立てる練習をすることで、未来を予測する感覚が作られていきます。

リーダーシップチームで議論する場をつくる

 GEでは、LIG(Leadership, Innovation, and Growth)というセッションがありました。1週間マネジメントチームが集まり、事業を成長させるためのプランニングを行います。LIGは研修ではなく、経営陣が事業計画と行動計画を作り、すぐに行動を起こすことが期待されています。

 このLIGでは、ビジネスを考えていく上で、BOX1、BOX2、BOX3の領域ごとにイノベーションのレベルを設定し、議論していました。

 BOX1は現在のビジネス領域で大きな売り上げを作るイノベーションです。コア事業をより強くしていくには、どうしたらいいのかを議論します。例えば、売り上げを拡大するために、何ができるか。「中国やインドなどのアジアだけでなく、ブラジルをはじめとするラテンアメリカをターゲットにできないか?」など、新興国市場の議論をします。さらに、コア事業を強くしていくには、「オペレーションでイノベーションを起こせるか?」など、利益拡大の議論も行います。

 最近話題のAIによるオペレーションの効率化もこのBOX1で議論される内容です。

 BOX2は、現在のビジネスと隣接するエリアでのイノベーションを考えます。すでにある技術を違うマーケットや顧客に対して売っていけないか、今あるものを新しい分野に拡大する方法を検討します。

 隣接する領域とは、医療機器と製薬など近い分野を思い浮かべがちですが、自分たちが持っている技術や顧客が被る領域があれば、まったく違った分野でも隣接エリアと見なします。「半導体製造プロセスは、細胞培養プロセスに似ている。我々が持つ半導体製造技術をバイオのお客様に売れないか?」など、似ている部分を探し、普通で考えたらあり得ない領域を掛け算で考えて行きます。自分たちが「快適な領域(Comfort zone)」から出て行き挑戦する場所を探すのです。

 富士フイルムの写真フィルムで培ったコラーゲンやナノ化技術を化粧品開発に応用したケースは、BOX2の好事例です。

 BOX3は、まったく違う領域で革新的な製品やサービスやビジネスモデルでイノベーションを起こすことを模索します。例えば、当時はネットで物を売るという発想がない中でアマゾン・ドット・コムがオンライン書店を始めたり、タタ自動車が当時市販されている最も安い車より約40%も安い2500ドルの車をインドで売り始めたりしたことです。このBOX3の議論では、未来はどうなっていくのだろうか、世界はどうなっていくだろうかということを強制的に考えさせられます。

 自分たちのビジネスを全否定することになるかもしれません。しかし、事業の衰退は必ず起きること。将来起きる「リスク」と捉え、柔軟な発想で未来を創ることを考え、議論するのがポイントです。

 何も考えないのではなく、未来を考え、自分の事業をどうすれば成長させられるのか、まったく違う領域に踏み込んでいったらどうなるのか、考え議論する場を作ることで、構想力を磨いていくのです。

 未来を常に意識していると、ネットやテレビで目にするニュースからも、いろいろなヒントを得られるようになってきます。そこから自分なりの仮説を立てていくことでビジョンを作っていくことができるようになります。

 未来を創る構想力は、練習を重ねることでできるようになるので、是非新たな一歩を歩み出してください。

※本記事は守秘義務の観点から事案や設定を一部改変しています。

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