ムカデ人間 | 悲しみの果てに、死者の群れを

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『演歌・オブ・ザ・デッド』(c2005-2012りょんりょん)公式ブログ
映画の感想は、ネタバレ全開です。

色々なことが重ねって、急激に興味を持ってしまった『ムカデ人間』。なんでこんなに観たいと思ってしまうのか、自分でもかなり不思議ではあったのですが、これが運命なら、ちょっとその流れに乗ってみようではないか(大袈裟な)ということで、大阪の公開日である9日の土曜日に観に行ってきましたよ。

今回は、「うろおぼえ日常」をやってらっしゃるyosinoteさんと、「私設刑務所 CHATEAU D'IF」をやってらっしゃるchateaudifさんと一緒に観ました。何故3人で行ったのかと言いますと、3人以上(かな)を包帯で繋げて映画館に行くと、つながる割引というのが適用されるのですよ。マジです。

大阪での上映館のシネ・リーブル梅田では、なんと、つながる割引を実行したのは僕達だけだった模様です。受付の方の苦笑が脳裏に焼き付いています。(*v.v)。

映画館は、まさかの満員。95席あるんですが、久々の立ち見(実際は、脇で座って観てられましたが)の状況です(僕達はギリギリセーフで座って観れました)。今はシネコンが多くて、座席指定が当たり前ですが、本当に久々に体験しましたよ。まぁ、恐らく初日ということと、ネットとかで結構良い評判があったこと、大阪中のカルト映画ファンが集結した結果だと思います。

僕が今年映画館で観た映画のお客さんを合計しても、今日よりも少なかったはずだし、こんなに人がたくさんいる中で映画を観るのは、何年振りなんだろうか。と、ちょっとノスタルジックな気分に、数秒程度浸りました。

ローテーション的には、今回はハズレのはず。この映画にアタリなんて期待もしていないしね。そう思いつつ映画を観ていたのですが、もうね、この映画、素晴らしいです、傑作です。なんていうか、「うまい映画」だと思います。

最初の入り方から、昔のB級洋画(UHF局で平日の午後か真夜中にやってるような映画群)の構図で、僕の心は掴まれた模様です。

この映画は、ワンアイデア、少ない予算、限られた日数、ほとんどがほぼ素人同然だと思われる役者、固定(限定)されたロケーション、そういった凡作が作られるのに十分な環境の中で、丁寧に、映画の技術を駆使して作られているのです。

まさか、『ムカデ人間』というふざけた題名(原題もそのまま『The Human Centipede (First Sequence)』だし)の映画に、これほど感銘を受けて、これほど興奮させられようとは。



以下、かなりネタバレしていますので、ご注意ください。

一番の注目ポイントは、主人公である博士の見せ方がうまいことです。そして、ところどころに映画的なキメポーズを取らせたりして、中だるみを防いでいるんですよね。博士のキャラのオーラで押し通すという選択をずっとブレずにやっているのが効果的です。

人里離れた森の中の大きな白い家、しかも綺麗な家に住んでいるということで、博士の潔癖性と完全欲と人間嫌いな面、自分の世界に閉じこもる性分である、そういった博士のパーソナリティを表現しているんですよ。これまた、うまいやり方です。

ムカデ人間にされてしまうアメリカ人女性二人も、冒頭のやり取りで、二人の友情や性格もきちんと観客に提示しています。

いきなり登場の日本人の男性に対しても、ムカデ人間にされかかっている時の台詞(勿論日本語です)や、ムカデ人間にされた後の、先頭部分ということでスポットライトが浴びることが多く、それを利用して、そこできちんと描写し、同時にムカデ人間にされたことの悲哀も描写するという、小賢しい(笑)テクニックを使っているんですよね。

そんな感じで、ほぼ、博士の家の中や庭でしか展開しない話なのに、飽きさせない工夫が随所に散りばめられているんですよ。これ、ほんとに、予算がないからと言って、駄作しか作れない映画製作者に教科書として見せてやりたいくらいです。

最後の場面なんて、なんかフィルムノワールを観ているようなかっちょよさまであるし。ほんまでっせ。

うん、こんなね、ふざけたタイトルの映画で、何映画の技術とかについて語ってんねんと自分でも思っちゃいますよ(笑)。

この映画は、10年後、20年後にカルト映画の傑作として語り継がれることになると思います。それくらい、「うまい映画」です。

映画観てる間、ハリウッドリメイクされたら誰が出るんかなぁとか考えてました。ドクロ