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細菌で「自己治癒」するコンクリートとは

石田雅彦サイエンスライター、編集者
(ペイレスイメージズ/アフロ)

 我々の身体の表面から内側まで約1000兆個も存在すると考えられる多種多様な在住細菌叢、つまりヒトのマイクロバイオーム(microbiome)が話題だが、細菌を生かす技術は医薬の世界だけではない。土木建築の分野でも、細菌を使った研究が行われている。

致命的なコンクリートのヒビ割れ

 例えば、建設大手の鹿島の研究所にもバイオ部門があったりするし、大成建設も好気性細菌の研究をしたりサッポロビールとバイオ燃料の共同研究をしたりしている。ただ、これらはバイオマス利用や環境負荷の低い建材の開発などで、細菌を実際の土木建築技術に応用するといったものではない。

 一方、19世紀からの「コンクリートの時代」もすでに100年以上が経つようになり、いわゆるインフラの老朽化が問題になっている。橋やトンネル、道路といったインフラ構造物が耐久年数を超え始め、さらに温暖化などの気候変動がこれら構造物に予測不可能な事態も起こすようになった。

 特にコンクリートはヒビ割れと劣化がつきもので、短期的には水和熱によるヒビ割れが起き、中長期的には収縮や地盤変化、アルカリ骨材反応など多様なヒビ割れが起きる。コンクリートにヒビが入れば、中の鉄筋が腐食して膨張することで劣化が一気に進む。

 コンクリート構造物の劣化対策としては、高速道路やトンネルなどの耐震補強工事などで行われているような維持管理や補修補強といったメンテナンスがある。また、コンクリート構造物には、原発などのようにメンテナンスが難しいものもあり、また高速道路などのように長大で管理コストが莫大になるものもある。

 できてしまった構造物はメンテナンスするしかないが、今後のことを考えれば耐久性の高いコンクリートの研究開発が重要になってくるだろう。例えば、ヒビ割れの起きにくいコンクリートができれば、コンクリート構造物の寿命は飛躍的に伸びるはずだ。

 コンクリート自体が自分でヒビ割れを治癒したり修復したりする、という研究は以前から多く、建築系の学会や研究者らが集まって国内でも研究会を立ち上げたりしている。例えば、自然界の雨や空気中の二酸化炭素などを利用する研究(※1)、コンクリート中にファイバー繊維を混在させる研究(※2)などがある。

 ただ、雨を利用するものは日本などのように軟水の地域では難しかったり、コストの面で引き合わなかったりする。また、コンクリート中にポリマーなどを埋め込む技術は、コンクリート素材との相性や環境によって予測できない変化を引き起こす可能性も指摘されている。

 これらの技術では、特に水や空気中の成分、気温変化などの環境面のハードルが高い。雨や空気中の二酸化炭素を利用する技術では、修復できるのは0.2ミリまでの小さなヒビに限られ、大量の水が必要となるなど技術的な限界があるようだ。

細菌をコンクリートに混ぜる

 そこで細菌を利用したコンクリートの自己治癒や補修の研究が、にわかに注目を集めるようになってきた(※3)。これは雨や空気中の二酸化炭素を利用する技術に似ているが、比較的大きなヒビにも対応が可能で充填能力や結合力も強く、熱による影響を受けにくくコンクリートとの相性もいい。

 我々ヒトにも多くの在住細菌叢があるように、自然界には無数の種類(まだ完全に把握されていない)の細菌が存在する。もちろん岩石の中にもいて、乾燥や高熱、強酸強アルカリなどの厳しい地球環境の中で生き抜いてきた。これらの細菌にはタイムカプセルのような胞子を形成し、200年以上も生きることのできるものも知られている。

 コンクリートの自己治癒や修復に使える細菌の研究はいくつかあり、耐アルカリの好気性芽胞形成菌(spore-forming bacteria)を使ったオランダのデルフト工科大のものが有名だ(※4)。芽胞形成菌は、ストレス環境下で芽胞(固い外皮)を作って土中などで休眠し、環境が回復するのを待つ。熱や乾燥に強く、炭疽菌やボツリヌス菌などのように病原菌になったり食中毒を起こしたりする。

 オランダの研究で使われている芽胞形成菌は、安全性が確認されている種類のもので産業用バクテリア(Bacillus属、実験モデル生物の枯草菌と同じ種類)として一般的に使われているものだ。この細菌を休眠させ、餌になる乳酸カルシウムと一緒に微小なマイクロカプセルに封じ込めてコンクリートに混ぜる。最大幅1ミリまでのヒビを自己治癒できるというこの技術は、すでに実用化され、日本でも北海道のコンクリート会社と共同開発している。

 コンクリートを細菌によって自己治癒修復する研究はこれ以外にもあり、米国のラトガーズ大学などの研究者はセルロースを分解する酵素を出す真菌(糸状菌、Trichoderma reesei)を使うという論文(※5)を最近になって発表した。この細菌も産業用として一般的によく使われているものだ。

 この細菌をコンクリートに混ぜると、ヒビができるまで休眠状態になる。混ぜる際に餌と一緒に微小カプセルに入れるのはオランダの研究と同じだ。

 コンクリートにヒビができて水と酸素が供給されると細菌が目を覚まし、炭酸カルシウムを発生させてヒビを治癒修復する。オランダの研究との違いは、高濃度のカルシウムを必要としないことと、塩化ナトリウムの発生が抑えられて鉄筋の腐食を防ぐことができる点だと研究者はいう。

 こうした自己治癒修復する技術は、今後に作られるコンクリート構造物に応用できるものだ。コンクリート・インフラの老朽化が進んでいる日本を含めた先進諸国では、すでにあるものへのメンテナンスや補修、劣化を止める技術が求められているのだろうが、今後の修復などにかかるライフサイクルコストを考えれば、より効果が高く信頼性のおけるコンクリート混合剤の研究開発が早急に必要なのも事実だ。

※1:Carolyn Dry, "Matrix cracking repair and filling using active and passive modes for smart timed release of chemicals from fibers into cement matrices." Smart Materials and Structures, 1994

※2:Toshiyuki Kanakubo, "Tensile Characteristics Evaluation Method for Ductile Fiber-Reinforced Cementitious Composites." Journal of Advanced Concrete Technology, Vol.4, No.1, 2006

※3:Santhosh K. Ramachanderan, et al., "Remediation of Concrete Using Micro-Organisms." ACI Materials Journal, 2001

※4-1:Henk M. Jonkers, et al., "Crack Repair by Concrete-Immobilized Bacteria." Proceedings of the First International Conference on Self Healing Materials, 18-20, April, 2007

※4-2:Henk M. Jonkers, et al., "Application of bacteria as self-healing agent for the development of sustainable concrete." Ecological Engineering, Vol.36, Issue2, 230-235, 2010

※4-3:Senot Sangadji, et al., "The Use of Alkaliphilic Bacteria-based Repair Solution for Porous Network Concrete Healing Mechanism." Proceeding Engineering, Vol.171, 606-613, 2017

※5:Jing Luo, et al., "Interactions of fungi with concrete: Significant importance for bio-based self-healing concrete." Construction and Building Materials, Vol.164, 275-285, 2018

サイエンスライター、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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