本末転倒なIT活用が横行する企業

「IT断食」を呼びかけるドリーム・アーツ代表取締役社長の山本孝昭氏

ITはビジネスに価値をもたらし、ひいては企業の競争力を向上させる──このようなうたい文句を現在至るところで耳や目にする。当然ながらITにそうした側面があるのは事実だが、「どのような理由で」「何を目的として」「どのように」ITを使うのかといった本質を忘れて、ITを使うことが目的となってしまったのでは本末転倒だ。

こうした安易なITの使い方が企業で横行しており、その結果、組織がスポイルされていると警鐘を鳴らすのは、早稲田大学ビジネススクール教授の遠藤功氏とドリーム・アーツ代表取締役社長の山本孝昭氏による共著『「IT断食」のすすめ』である。同書は、仕事や日常でITに振り回され心身ともに疲弊しつつも、ITの束縛から逃れることのできない"症状"を「IT中毒」と定義して実態を明らかにし、そこから脱するための「IT断食」を呼びかけている。

同書の著者の1人である山本氏は、ITベンダーの社長だ。そのような立場の人間がITから距離を置くことを推奨するのは一見矛盾しているように感じるかもしれない。しかし、ITのプロだからこそ現状にいち早く危機感を抱くことができたのだという。

山本氏は語る。「本来、ITとは人と会ったり、物に触れたり、何かを感じ取ったりする時間を効率的に確保するためのもの。デジタルよりもアナログのほうが大切だというのは以前から言っていたことだ。それが2006年頃になると、ICT(情報通信技術)の発展で情報とコミュニケーションの量が人間の処理能力を大幅に超えてしまい、洪水と氾濫を起こしていることに気づいた」

メールの気軽さが情報の洪水を引き起こす

こうした情報とコミュニケーションの洪水を象徴しているのが「電子メール」だ。メールは広く簡単に使えるコミュニケーション・ツールである。しかし、その手軽さから「とりあえず送っておこう」という意識になりがちだ。そうして、必要のないメールまでも送信してしまうのだ。結果、受信者側には膨大な量のメールが届くことになるが、それぞれのメールが読む必要があるか無視してもよいものかは、開封して目を通すまでわからない。これでは貴重な業務の時間がメールのチェックによって奪われてしまうことになる。

「厳しい経済状況のなかで保身に走りがちな姿勢も安易なメール送信を助長していると見ている。『あとで何か言われると困るから、念のためこの人にも送っておこう』という気持ちになるのだろう。ある企業では、役員がCCで50人にメールを送るのも珍しくないという話も耳にした。こんな状況は明らかにおかしいでしょう」と山本氏は言う。

メールと同様、会議やプレゼンの資料などもまた、安易に不要な情報を盛り込みがちだ。自分の考えをまとめたり本当に必要な情報を精査したりすることなく、Webに転がっている情報をコピー&ペーストして見栄えだけ良くしたような資料が横行しているのである。

「会って直接話せば数分で済むような事柄も、それをせずに何時間もかけて膨大な資料を作成していたのでは生産性など向上するはずがない」(山本氏)

問題意識を持つことから始めよう

こうした情報洪水による被害を最も受けているのが「中間管理職」と山本氏は指摘する。市場競争が激化するなか、本来であれば彼らは企業の部門と部門、現場と経営層との緊密な連携役となるべき存在だ。それが、単なる情報のチェックや決裁のためのサインに追われ、お互いに顔を合わせて話しあう時間が取れなくなっているというのだ。

「これでは仕事に重要な創造性がなくなっても当然のこと。中間管理職が本質的に担うべき役割を果たせなくなれば、やがて組織は崩壊してしまうだろう。経営者はもっと問題意識を抱いて現実を認識し、改善のための行動に移さねばならない」(山本氏)

山本氏と遠藤氏が『「IT断食」のすすめ』を著した最大の理由も、こうした経営者への問題提起にあるのだという。実際、同書に対する経営者層からの反響は大きく、当初目指した効果はあったようだ。

一方、組織全体の文化を自身で変えるまでの力を持たない一般のビジネスマンに対して、山本氏は次のようにメッセージを贈る。

「問題意識を持つことが何よりも大事。そうすれば『IT中毒』に陥らないためにやるべきことが見えてくるはず。SNSを四六時中チェックする習慣を改めるだけでもいい。まずできるところから始めてほしい」

山本氏は今後もITベンダーの経営者として、情報とコミュニケーションの「治水」に尽力していく構えだ。そんな同氏の発した次の言葉に、人々がこれから正しくITと関わっていくためのヒントが示されていると思う。

「すべてのテクノロジーは、油断と慢心から人類に牙を向く。それは火に始まり、最近では原子力、そしてITも同様だ」

ITがもたらす便利さは数知れない。しかし瑣末で安直な便利さに目を奪われて、人間や社会の本質的な価値までを見失うことのないよう、山本氏が問いかける問題意識を持ち続けるようにしたい。

『「IT断食」のすすめ』


著者:遠藤 功、山本 孝昭
出版社:日本経済新聞出版社
価格:893円
もはやITがない生活は考えられない人と企業。
しかし、本書では生産性を向上させ、快適な働き方を実現するはずだったITによって、私たちは毒されており企業の生産性は低下していると警告する。
実際、社内ではメール、プライベートではSNSに振り回される日々に疲れている人もいるはずだ。そんな人たちに、アナログ力を取り戻すためのノウハウを教える本書をオススメしたい。