Wikileaksの提案するあたらしいジャーナリズムのかたち

ここ最近しばしば話題にあがるWikiLeaks。ただ、リークした文書等の内容ではなく、リークという行為そのものの是非やWikileaks関係者の騒動の方が主に話題になっているような気もする。Wikileaks自身が、自分たちの在り方について世に問うている部分もないわけではないのだろうが、最もプライオリティの高さでいえば、リーク情報そのものがメインだろう。だが、ここ最近の注目はその在り方に向けられたものも多い。特に日本ではその傾向が強いように思う*1。まぁ、いきなりあんなのが出てきたらそうなるのもしょうがないのだが。

Wikileaks側も注目してもらいたい情報、つまりリーク情報に注目が向きにくいというもどかしさを抱えている。たとえば、Wikileaksが社会にとって有益な情報をリークするとして、だれがその情報に注目するのか、だれがその情報を精査するのか、その上で、だれがその情報を翻訳*2、咀嚼するのか、そして、だれがその情報を広めるのか。

Wikileaksがリークする情報をキャッチすることは誰にでもできる。でも、誰しもがするわけではない。また、リークされた情報を実際に目にしたとしても、誰しもがその意味を理解できるわけではない。むしろ、ほとんどの人はその意味すら理解できないだろう。膨大な量、専門的な内容の前にはなすすべもない。あまりに複雑だからだ。情報が咀嚼され、「善い」「悪い」というわかりやすさが付与されていなければ、多くの人にとって無価値に等しい。残念ながら、我々は咀嚼してくれる役割を担う人たちを必要とする*3

ビデオ『コラテラル・マーダー』は、背景情報を知っている人がその映像を見れば、誰にとってもショッキングさは理解できるものではあった。では、文書『アフガン戦争ダイアリー』はどうだっただろうか。

コラテラル・マーダー』や『アフガン戦争ダイアリー』のリークに先立つ2009年12月、Wikileaksジュリアン・アサンジダニエル・シュミットは、ベルリンで開催されたカンファレンス26th Chaos Communication Congress(26C3)にて"WikiLeaks Release 1.0"と題したプレゼンテーションを行った。彼らは、こうした複雑さが抱える問題について、そしてその解決の糸口について、以下のように述べている(以下の訳文は@indoorcat629さんによるものを利用させていただいた*4)。

ジュリアン・アッサンジュ:ときに難しいのは、複雑そうな情報を手にとってもらうことなんです。僕がよく使う例は、2008年9月に米国特殊部隊が発行した不正規戦のマニュアルで、数百頁あります。これは頭脳集団向けに書かれています。特殊部隊が海外へ行き、その国の政府を転覆させようとしたり、あるいは、民間軍を後ろから操って、内乱を制圧するときのために。つまり、内乱の起こし方と制圧の仕方のマニュアルです。チョムスキーに-1を掛け合わせたみたいな感じで難解なものです。米国の国力を示す手段の全てが書かれています。経済的、軍事的、情報的、外向的な意味での国力です。それらを如何に総動員して、米国の政策を押しつけるか。IMFは米国の国力を示す経済兵器であるとも書かれています。そう、経済兵器という用語を使っているんです。またUSAIDも経済兵器です。

でもこの書類は、マスコミにはまったく取り上げられません。この書類には、ジュネーブ条約が禁じている内乱制圧の際の敵軍戦闘服の着用をアメリカの政策は特殊部隊には許可していると書かれています。国際法違反です。

それなのに誰も文句を言わない、なぜでしょう。単純な効率の問題です。200頁を超える書類など誰も読む時間がない。軍事用語を表す頭字語いくつか使われているので、辞書で調べる手間もかかる、内容を理解するための負担が大きすぎるんです。侵略された国の諜報部がこの書類を利用することはあっても、一般の政治論には登場しない。

そこで僕たちは考えました。どうしたらジャーナリストにその気になってもらい、読む時間を作ってあげられるのか。

実験したことがあります。チュベス大統領の元スタッフが書いた7千通近くのEメールを入手したときです。膨大な情報量です。大量の情報を公開すると誰も記事にしないことは前からわかっていました。経験のある記者は読む時間がない。そこで関心の度合いを測るため、独占権をオークションにかけました。だけど無理だったんです。手続きが難しすぎて。入札価格を決める前に一部分を見たがる人がいたり、その間他の誰にも見せるなとか難しすぎました。

もっと自然に独占権を決める方法があるように思うんです。つまり、ジャーナリストや報道組織やブロガーが、情報の提供にそもそも関与している場合は、一定期間その人に独占権を与える、ということです。それが彼らに時間を与えます。情報が公開される以前は、独占状態だからすごく価値があるが、公開されれば供給は無尽蔵、従って公開された情報の商品価値はゼロになります。誰もがそれを利用できるので、ジャーナリストは儲からない、結果として誰も儲かりません。奇妙なことですけどね。

そこで僕らが作ろうとしているシステムは、情報提供のシンジケート化です。人権擁護団体のウェブサイトやメディア組織が、ウィキリークスを使った情報提供を要請する、あとは僕らが、保護管轄権をクリアしたり、メタデータを消去したり、公表に伴う法的リスクをとります。こうすることで提供される情報は千倍にもなります。同時に二次的報道の質も飛躍的に向上します。公表した情報が政治的な影響を持たないとしたら失敗です。検索エンジンにもいくらかの政治的影響力はあります。僕らのヒットの40%は検索エンジンからのものです。ただそれは一般の政治論に加わらないので、他の人が考えていることについての意見を変えるに至りません。

ダニエル・シュミット:もう少し詳しく言うと、情報提供者は特定のジャーナリストや新聞に対し、調査のための期間を指定します。指定期間が過ぎればウィキリークスが公表することには変わりがなく、これは重要なポイントです。全ての情報は省略なしに全て公表されるのです。僕らはただその効果を最大にしようとしているだけです。誰かが情報を手にして実際に記事にしてくれるように。もし指名されたジャーナリストがそれについて書かないとしたら、そのこと自体がニュースでしょう。なぜ書かないのか、ということがね。そして、彼らがそもそも正確な報道をしているかどうかが疑問になる。将来的にニュースがもっとおもしろくなるメカニズムだと思います。

実際、Wikileaksは『アフガン戦争ダイアリー』のリークに際して、こうした手法を用いた。公開に先立ち、米ニューヨークタイムズ紙、独スピーゲル誌、英ガーディアン紙に事前に情報を提供し、信憑性の確認や二次報道を引き出した。情報の真偽が報道機関によって確認され、咀嚼された報道として提供される。それにより、多くの人の目に、耳に届いた。

実に面白いやり方だと思う。もちろん、アフガン戦争絡みのリークであれば注目は集まりやすかったかもしれない。ただ、大手報道機関が大々的に報じたことで、より多くの注目が集まり、ただ朴訥とリークする以上に、情報は広まりを見せた。さらに、注目が集まることで、リーク情報の価値、言い換えればそれについて伝える価値は増した。ニューヨークタイムズ、スピーゲル、ガーディアンでなくとも、リーク情報を分析し、それを報じる動機づけを生んだと思う。

今あるメディア環境において、リーク情報の潜在的な価値を最大化させる試みとして、実に面白いと思った。

終わりに

上記Wikileaksの2人によるプレゼンは実に示唆に富んでいて、面白かった。是非とも全編見ていただきたい。翻訳して下さった三木直子さんに改めて感謝。

また、Wikileaks関連の資料としては、八田真行さんのWCJ2009でのプレゼンWikileaksの現状と課題、そして突きつける問題 」の資料(pdf)も面白いですよ。

余談ではあるが、私の関心領域で言えば、WikileaksはACTA文書をリークしてくれたり、ありがたい存在だったりする。こうしたリークやそれに伴う批判によって、秘密主義のACTAが不十分ながらも草案の公開に至ったということを思い出すと、世界を変えうる存在でもあると思っている。

*1:報道ベースでは、かな

*2:言語的な意味ではなく

*3:もちろん、Wikileaks自身も要旨を書いてはいるが。

*4:WikiLeaks Release 1.0 日本語字幕付き (3/7): YouTube