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癌霊1号が白血病に効く!代替医療が標準医療になるとき

癌霊1号(癌灵1号/Ailing No.1)」は漢方薬である。いかにも怪しげな名前である。また私がインチキくさいトンデモ医療を見つけ出してきて笑い物にしようとしているのだろうと、読者は思われるかもしれない。しかし、本エントリーは、トンデモでなく、医学の話である。癌霊1号は、超ミネラル水やバイオラバーとは、決定的に異なる。

1970年頃の中国の田園地方では、さまざまな癌に対して、伝統的な漢方薬が使用されていた。他に治療法がなかったからである。癌霊1号も漢方薬であるが、経口投与では重篤な消化管および肝障害の副作用があった。毒性の強いヒ素(亜ヒ酸)を含んでいたのだ。ヒ素は、毒性が強いというか毒薬として使用されていた物質である。さて、ここからがすごい。副作用を軽減するために精製して注射剤とした上で、1000人を超えるさまざまな癌の患者に対して臨床試験を行ったのだ。その結果、いくつかの癌、とくにAPL(急性前骨髄球性白血病)という種類の白血病が、亜ヒ酸による治療のよい対象になりそうなことが判明した((「いくつかの癌」以外の患者はどうなったんだろう?さすが中国と思った))。

ともかく、APLに亜ヒ酸が効くらしいという証拠が徐々に出てきた。1997年、ハルビン医科大学から、Blood誌に、亜ヒ酸のAPLに対する効果についての論文が掲載された*1。医学雑誌の権威はインパクトファクターという数字で評価されることが多いのだが、Blood誌のインパクトファクターはだいたい10ぐらいで、かなり良い部類に入る。血液内科系の雑誌では一番良い。論文の内容は、標準的治療のオールトランスレチノイン酸 (ATRA)の治療後に再発したAPL患者に亜ヒ酸を使用したところ、10例中9人に完全寛解が得られた、というもの。1997年の時点での中国における再発APLに対する亜ヒ酸以外の治療(ATRAまたは化学療法)では、寛解率は40%以下であったから、これは著効といっていい。

この報告を受けて追試がなされ、効果が確認され、亜ヒ酸製剤は、2000年9月にアメリカで承認された。日本でも、2004年10月に保険承認を取得した。商品名はトリセノックスという。最近では、再発患者だけでなく、初発患者に対しても使われることがあるという。ヒ素による白血病治療は、もともとは癌霊1号という漢方薬であったものが、証拠を積み重ねることによって、代替であることをやめ、標準医療になったのだ





■急性前骨髄球性白血病治療剤「トリセノックス注10mg」 の新発売について | NEWS 2004|日本新薬株式会社より引用


癌霊1号の話から得られる教訓はいくつかある。その一つは、漢方薬だろうとヒ素だろうと、効果が証明されれば標準医療に取り入れられるという点だ。代替医療に好意的な人たちはしばしば、「たとえ効果があっても、西洋医学以外の医療は否定されてしまう」と主張する。彼らの好む医療が採用されないのは、効果がないからではなく、「西洋医学以外の医療はダメだ」というイデオロギー的な理由によるのだと、そう言いたいらしい。

だが、「癌霊1号」という怪しげな漢方薬が出自であっても、検証され、効果が確認されたら標準医療に採用されたではないか。一方、ホメオパシーは西洋由来だが採用されていない。効果がないからだ。150年前の西洋医学ではどんな病気にも瀉血療法や水銀療法がなされていたが、現在の標準医療には採用されていない。効果がないからだ*2。標準医療の採用基準がイデオロギー的だ、というのは、ある意味その通り。しかし、そのイデオロギーは、代替医療に好意的な人たちが想定してるものと異なる。標準医療のイデオロギーは「効果のあるものは採用」である。

癌霊1号の教訓は、「効果がある」と証明するにはどうすればいいのか、ということも教えてくれる。1997年のBlood誌に載った論文は、二重盲検法による研究ではない。RCT(ランダム化比較試験)でもない。非ランダム化比較試験ですらない。亜ヒ酸以外の治療を行った対照をとっていない。別の論文を引いて、当時の中国での再発APLの寛解率が40%以下であることを示しただけである。症例数は15例で、うち5例は他の治療法との併用であり、亜ヒ酸単独治療は10例のみである。薬物動態学的研究との合わせ技があったこともあるが、これでかなり良い医学雑誌に掲載されるのだ。もちろん、先行する研究があってのことである。また、1997年のBlood誌の論文だけで効果があると証明されたことにはならない。いくつもの追試がなされて、「効果がある」と証明された。

「○○療法の論文がないのは、大規模臨床試験でもない限り医学雑誌に掲載されないからだ」などと言い訳する代替療法家は、100%インチキだとみなしてよい。一例の症例報告でも、雑誌を選ばなければ、どこかの医学雑誌には掲載される。まともな代替療法の研究家は、ちゃんと論文を書く。レベルとしては低いものの、症例報告もエビデンスであるとされる。真に○○療法に効果があるのなら、症例報告を積み重ねることからはじめれば、検証され、癌霊1号のようにいつかは効果が証明されるであろう。インチキ療法家は、症例報告すらせずに、一般書籍やウェブサイトでしか自説を主張しない。「効果がある」と証明する気がないのであろう。


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*1:Shen ZX et al, Use of arsenic trioxide (As2O3) in the treatment of acute promyelocytic leukemia (APL): II. Clinical efficacy and pharmacokinetics in relapsed patients., Blood. 1997 May 1;89(9):3354-60.

*2:多血症などの一部の病気には瀉血は採用されている。効果があるからだ