”なにも映らない曇った鏡”『アンノウン』(ネタバレ)
リーアム・ニーソン主演サスペンス!
学会発表のためにドイツに妻と共にやってきたハリス。だが、空港にスーツケースを一つ忘れ、妻と離れて乗ったタクシーで、川に転落する事故にあってしまう。意識を失い、目覚めたのは四日後。曖昧な記憶をたどり、ホテルの妻の下へたどりついたハリス。だが、妻は自分を知らないと言い、もう一人の「ハリス」と名乗る男が彼女の夫として納まっていた……。自分はいったい何者なのか? だが、己の記憶を疑い始めた彼に、謎の魔手が迫る……!
事故で生死の淵をさまよい、フェイドアウトしていく冒頭が『シックス・センス』そっくり。シャマランと同じくヒッチコックのフォロワーなのかな? もちろんオチは違いますから、ご心配なく。
記憶喪失の真相に関しては、丁寧に作ってあるゆえに、伏線を押さえていけば中盤にはだいたいネタが割れてしまう。いや〜、まあよくあるパターンだが、これは責めるべきところではない。もう使い古されたネタでもあるし、それを踏み台にして後半をひねっていけばいい。
記憶を失った、という設定はある意味便利なもので、思い出す思い出さないでストーリーの展開を簡単にコントロールできる。だからこそ安直にやればご都合主義的になってしまうし、いかに不自然でなく見せるか、記憶の完全な回復においてどのような展開とカタルシスを生むか、が、作り手の腕の見せ所となる。
また、記憶=人格と位置づけることによって、個人のパーソナリティの消失、アイデンティティの崩壊、その果ての再生なども描き出せる。
シンプルに思えてうまく見せるのは難しいが、はまれば面白い、おいしいネタだ。
しかし、今作の作り手には、そのようなスキルもセンスもなかったようだ。
<以下ネタバレ>
実は「ハリス」という人物は科学者を暗殺して研究成果を盗み出すための架空の存在。正体は今まで一度たりとも失敗したことのない、伝説の殺し屋だったのだ〜! しかし事故でその殺し屋としての記憶を失い、演技としてのハリスを自分のことだと思い込んでしまったのだ! 嫁も当然偽者! 代わりに現れたもう一人のハリスもピンチヒッターの殺し屋! 地元の友達が組織のボス!
そこまでは丁寧に伏線を張ってあって、まずまず納得のいく作り。だが、そこを踏まえての、終盤の展開がつまらない。記憶をテーマにした映画のはずなのに、そのルール設定と描き方が非常にあいまいでおざなりなのだ。
殺し屋組織に追われる身となった彼は、ついに真相にたどりつき、その暗殺計画を必死に阻止しようとする。……え? なんで?
そもそも記憶を失う前のこの主人公はどういう人間だったのだろう? 大量の爆弾で巻き添えを織り込み済みの残虐さに加え、目的は巨額の金。組織内の地位はナンバー2。計画をためらった様子もないし、非情な人間であったことは間違いない。
殺し屋としての記憶を失ったことで、パーソナリティが変化してしまう、という設定はありだろう。が、中盤以降、記憶の戻る展開の中で、なぜ暗殺者の人格は再生しないのか? 記憶喪失後の好人物は、わずか数日のために作られた仮の人格(というか単なる演技)に過ぎないのだから、吹けば飛ぶようなものではないのか?
結局、真相が明らかになったあとも、完全に記憶が戻ったかは曖昧にぼかされている。もし記憶が戻ったならば、その後でわざわざ暗殺を阻止しに行く理由がないからだ。予定通り計画を遂行させて、「記憶が戻ったぜ、ボスはオレだ」とやってもいいし、後で襲って上前だけはねてもいい。
なぜそうしないのだろう? それが「本来の人格」なのに。「仮の人格」にしても妻への愛が揺らいでいて、逆に正義感に燃えて暗殺劇を防ぐようなバイタリティはあるように思えない。こういう展開にするなら、彼だけはもとから計画に消極的だったとか、足を洗いたがっていたという伏線も張っておくべきだろう。
このあたりの、ちゃんと描けば面白いところが終盤に来て雑になり、クライマックスまで勢いで処理されてしまっている。あの嫁役の人の爆弾処理における間抜けさ加減も、完全なご都合主義だろう。
記憶が一回なくなるというのは生まれ変わりを意味する、あのタクシーはダイアン・クルーガーの子宮のイメージ、とか、まさかそういう与太みたいな解釈だけで描いたつもりになってないよな……。
事件の真相たる殺し屋集団の存在にも、名前出てきた途端にちょっと笑っちゃったなあ……。ブルーノ・ガンツが名前聞いただけでびびって自殺するあたりで急激にハードルが上がり過ぎ、どんな恐ろしい奴らなんだ!?と思った直後にいきなり瓦解するから話にならない。最凶最悪のはずが超弱いし……。6人しかいないのがそもそも解せないな。ここらへんも、かつての闇の栄光も虚しく弱体化したが、今回の暗殺で資金を手に入れて復活したい、とでも設定しておいてくれれば良かったのに。そもそも、その最悪の殺し屋集団の腕利き達が、3人もタクシー運転手兼ウエイトレスに殺されるってなんなのよ……。台詞だけで「すごい!」を表現しようとして失敗する、典型的なダメパターンだ。
だいたい他のレーベルならともかく、ダークキャッスルが贈る『エスター』の監督の新作だぜ!? ここに来ていきなり性善説はないよ……。記憶の戻ったリーアム・ニーソンが、邪悪な殺し屋の本性を現した方が断然面白いだろ! 同じワーナーということで『バットマン・ビギンズ』にもちょっとネタがかぶるし。で、ブルーノ・ガンツとダイアン・クルーガーに主役が交代して暗殺を阻止、でいいじゃないか。
まさかの『96時間』VS『アサインメント』の殺し屋対決にはちょっと笑ったが、このシーンの鏡使ったショットも意味ありげにカッコだけで、浅いなあ……。『フェイス・オフ』にさえ遠く及んでいないし、殺し屋の人格の描き方一つ取っても『ロング・キス・グッドナイト』以下の含意とは……。
観てないけど、あらゆる意味でズンドコらしい『ツーリスト』よりは多分ましなんだろうかなあ。残念ながら凡作。これでこの監督も、早くも底が知れてしまったか……。
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