『欧文活字』その1 活版印刷について

 『欧文活字』(新装版)は、

優れた欧文組版で海外での評価も高い嘉瑞工房の高岡重蔵氏が1948年に著した名著『欧文活字』が、新たに巻頭・巻末付録つきの新装版として復活。

というものです。

 まずは巻頭付録から。
 本書の巻頭には、著者である高岡重蔵さんの息子さんで、現嘉瑞工房代表の高岡昌生さんが組版・印刷した活版原版刷作品4点を収録しました(ページの写真は「デザインの現場」ブログ『欧文活字』その2で)。
 活版ってなに? という方のために少し説明すると、活版印刷凸版印刷の一種で、要は凸凹(デコボコ)の凸(デコ)、ハンコの出っぱった部分にインキをつけて印刷する方法のことです。合金(鉛と錫とアンチモン)でできた活字を一文字ずつ並べて印刷用の大きなハンコを作ります。
 原版刷(げんぱんずり)というのは、活字を並べた原版をそのまま使って印刷することです。やはり活版印刷は原版刷が一番きれいなんです。
 通常は、原版の凹凸を特殊な紙に写し取って紙型(しけい)を作り、その上に活字と同じ原料の合金を流し込んでさらに凹凸を写し取った鉛版(えんばん)を使って印刷します。

 文字だけだとわかりにくいでしょうから、実物の写真を載せてみます。

 写真の中央に並んでいるもので、一番右が活字の元となる手彫りの「父型」、続いて「母型」、鋳造された直後の「尻尾つきの活字」、一番左の二つ([印]と[刷]の字)が実際に使用する「活字」です(寄せ集めなので文字の大きさも種類もバラバラです)。それらの下に敷いてある凸凹した文字のシートが「紙型」で、上に少し見えるのが「鉛版」です。

 紙型鉛版を使うと、どうしても凹凸のエッジがねむくなるし、増刷のたびに同じ紙型から鉛版を作り、紙型が傷むと鉛版からさらに紙型を作り直したりしていたので、版を重ねるたびに印刷品質、というか、刷版(さっぱん)の品質は落ちていきます。
 古書の世界で初版本が珍重されたりしますが、コンテンツの質という点では、誤植などが訂正されているので再版以降の方がいいと言えるかも知れません。特に辞書などは「初版は買うな」とも言われます。一方で、印刷の質という点では、紙型鉛版刷といえど、やはり初版にはかないません。


 これまで書いてきたことは、一言で言えば昔の話です。今主流の印刷は、平版オフセット印刷といって、平らな金属の板にインキがつく部分とつかない部分を化学的に作り出して刷版を作ります。これを説明すると長くなりそうなので、詳細はWikipediaかなんかで見てください。


 こと文字印刷に関しては、やはり活版印刷が一番きれいでしょう。一文字一文字がくっきりと立ち上がってくるような印象は、オフでは味わえないものです。
 ただし、活版がきれいといっても、丁寧に印刷されたものに限ります。丁寧にムラ取り(凹凸のムラをなくすこと)をし、キス・インプレッション(必要最小限の印圧)で印刷された活版印刷物は、本当にホレボレします。古書店で活版全盛時代の書籍を見ても、なかなかそんなのにはお目にかかれません。
 現在、活版印刷に関して、嘉瑞工房ほど丁寧な仕事をしている印刷所はないのではないでしょうか。手間ひまをかけてムラを取り、最小限の印圧で、一枚一枚丁寧に印刷する姿勢には、本当に頭が下がります。嘉瑞工房は先代の重蔵さんのときに、ページ物はやめてしまったそうです。数百ページにわたって、あれだけ丁寧な仕事をすることは、ほとんど不可能でしょう。普通の印刷会社なら、まず採算が合いません。
 最近なぜか活版ブームですが、箔押しと見まがうような強圧をかけて文字を凹ませたものを見ると、なんだかな〜と思ってしまいます。活版印刷された文字の端正さ、文字の輪郭のシャープさが台無しで、これじゃあオフのがよっぽどきれいだよ、せっかくの活版なのに……と。凸凹や色味のむら、文字のカスレなんかをことさら持ち上げて、味だなんだと言われても……。きれいな活版はきれいなオフを超えるからこそ素晴らしいんですよね。まあ、そんなの滅多にないけど。


 誤解がないように書いておくと、もちろんオフがだめってわけじゃないです。というより、行き着くところまで来て(行って?)しまった感さえあります。
 印刷機、インキや水、製版技術などの進歩で、オフセット印刷の品質は、今が最盛期だといってもいいのではないでしょうか。丁寧に刷られた上手いオフだと、文字も活版と遜色ないぐらいきれいになっていますし、カラー図版に関しては、もう十分、これ以上きれいにならなくてもいいんじゃないの、とまで感じてしまうぐらいです。
 また、デジタル・データをそのままレーザで刷版に焼き付けるというCTPが普及したおかげで、線数の高い高精細印刷や、極小のドットの疎密で微妙な階調を表現するFMスクリーン印刷が、最近少しずつですが増えています。ここまでくるともう、ほとんどカラー写真並です。高線数もFMも技術的には昔からありましたが、製版技術の進歩で身近なものになりつつあるのは、本を作る側にとってもありがたいことです。


 ちなみに新装版『欧文活字』では、文字印刷の最高峰ともいえる活版原版刷と、カラー図版印刷の最高峰ともいえる FMスクリーン印刷の両方を収録しています。くっきりと立ち上がる文字と、みっしりと階調の詰まったカラー図版。印刷好きにはぜひ、手に取ってじっくりと見ていただきたい本です(烏有書林の本があるお店はこちらから)。

 前置きがえらい長くなってしまいました。
 巻頭付録など本の内容はまた次回。→『欧文活字』その2