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… あるいは http://d.hatena.ne.jp/kmiura/ …

大飯原発3 , 4 号機運転差止請求事件 判決言渡 「当裁判所の判断」

おそらく歴史に残ることになる判決文なので紹介します。歴史に残る、というのは、上告審でひっくり返るにしろなんにしろ、という意味です。いろいろ含蓄深い。ここに三人の裁判官、樋口英明さん、石田明彦さん、三宅由子さんに敬意を表したい。

以下、

http://eforum.jp/2014-05-21-ooihanketsu.pdf

OCR翻刻。ざくっとチェック・手直しはしましたが、まだ読み込みのエラーはあるはずで、この点ご容赦。

[追記] こちらに要旨がありますが、時間の許す方はぜひとも以下の全文もどうぞ。 

[追記 20140523]OCRはどうも全角の数字をスペース+半角数字にするので、これらすべてを日本の役所文書の慣例に倣って全角に差し替えました。変換スクリプトを別の用途で使う人もいるかと思うので、作ったpythonスクリプトこちらに置きます。

[追記 20221017] 樋口英明氏は裁判官を退職後に著書を発表された。「私が原発を止めた理由」旬報社、2021年

[追記 20221017] 対談記事(古賀茂明×「原発をとめた裁判長」樋口英明の最終回特別対談! 私たちが「原発を止めるべきだ」と主張し続けているシンプルな理由)

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平成26年5月21日判決言渡

同日原本領収

裁判所書記官

平成24年(ワ)第394号(以下「第1事件」という。),平成25年(ワ)第63号(以下「第2事件」という。)大飯原発3,4号機運転差止請求事件

口頭弁論終結日平成26年3月27日

第1 請求

(省略)

第2 事案の概要等

(省略)

第3 争点及び争点に関する当事者の主張

(省略)

第4 当裁判所の判断

1 はじめに

 ひとたび深刻な事故が起これば多くの人の生命,身体やその生活基盤に重大な被害を及ぼす事業に関わる組織には,その被害の大きさ,程度に応じた安全性と高度の信頼性が求められて然るべきである。このことは,当然の社会的要請であるとともに,生存を基礎とする人格権が公法,私法を問わず,すべての法分野において,最高の価値を持つとされている以上,本件訴訟においてもよって立つべき解釈上の指針である。

 個人の生命,身体,精神及び生活に関する利益は,各人の人格に本質的なものであって,その総体が人格権であるということができる。人格権は憲法上の権利であり(13条,25条),また人の生命を基礎とするものであるがゆえに,我が国の法制下においてはこれを超える価値を他に見出すことはできない。したがって,この人格権とりわけ生命を守り生活を維持するという人格権の根幹部分に対する具体的侵害のおそれがあるときは,その侵害の理由,根拠,侵害者の過失の有無や差止めによって受ける不利益の大きさを問うことなく,人格権そのものに基づいて侵害行為の差止めを請求できることになる。人格権は各個人に由来するものであるが,その侵害形態が多数人の人格権を同時に侵害する性質を有するとき,その差止めの要請が強く働くのは理の当然である。

福島原発事故について

 福島原発事故においては,15万人もの住民が避難生活を余儀なくされ,この避難の過程で少なくとも入院患者等60名がその命を失っている(甲1・15ないし16頁,37ないし38頁,357ないし358頁)。家族の離散という状況や劣悪な避難生活の中でこの人数を遥かに超える人が命を縮めたことは想像に難くない。さらに,原子力委員会委員長が福島第一原発から250キロメートル圏内に居住する住民に避難を勧告する可能性を検討したのであって,チェルノブイリ事故の場合の住民の避難区域も同様の規模に及んでいる(甲31,32)。

 年間何ミリシーベルト以上の放射線がどの程度の健康被害を及ぼすかについてはさまざまな見解があり,どの見解に立つかによってあるべき避難区域の広さも変わってくることになるが,既に20年以上にわたりこの問題に直面し続けてきたウクライナ共和国,ベラルーシ共和国は,今なお広範囲にわたって避難区域を定めている(甲32・35,275頁)。両共和国の政府とも住民の早期の帰還を図ろうと考え,住民においても帰還の強い願いを持つことにおいて我が国となんら変わりはないはずである。それにもかかわらず,両共和国が上記の対応をとらざるを得ないという事実は,放射性物質のもたらす健康被害について楽観的な見方をした上で避難区域は最小限のもので足りるとする見解の正当性に重大な疑問を投げかけるものである。上記250キロメートルという数字は緊急時に想定された数字にしかすぎないが,だからといってこの数字が直ちに過大であると判断することはできないというべきである。

3 本件原発に求められるべき安全性,立証責任

(1)原子力発電所に求められるべき安全性

 1,2に摘示したところによれば,原子力発電所に求められるべき安全性,信頼性は極めて高度なものでなければならず,万一の場合にも放射性物質の危険から国民を守るべく万全の措置がとられなければならない。  人格権に基づく差止請求訴訟としては名誉やプライパシーを保持するための出版の差止請求を挙げることができる。これらの訴訟は名誉権ないしプライパシー権と表現の自由という憲法上の地位において相拮抗する権利関係、の調整という解決に困難を伴うものであるところ,これらと本件は大きく異なっている。すなわち,名誉やプライバシーを保持するという利益も生命と生活が維持されていることが前提となっているから,その意味では生命を守り生活を維持する利益は人格権の中でも根幹部分をなす根源的な権利ということができる。本件ではこの根源的な権利と原子力発電所の運転の利益の調整が問題となっている。原子力発電所は,電気の生産という社会的には重要な機能を営むものではあるが,原子力の利用は平和目的に限られているから(原子力基本法2条),原子力発電所の稼動は法的には電気を生み出すための一手段たる経済活動の自由(憲法22条1項)に属するものであって,憲法上は人格権の中核部分よりも劣位に置かれるべきものである。しかるところ,大きな自然災害や戦争以外で,この根源的な権利が極めて広汎に奪われるという事態を招く可能性があるのは原子力発電所の事故のほかは想定し難い。かような危険を抽象的にでもはらむ経済活動は,その存在自体が憲法上容認できないというのが極論にすぎるとしても,少なくともかような事態を招く具体的危険性が万が一でもあれば,その差止めが認められるのは当然である。このことは,土地所有権に基づく妨害排除請求権や妨害予防請求権においてすら,侵害の事実や侵害の具体的危険性が認められれば,侵害者の過失の有無や請求が認容されることによって受ける侵害者の不利益の大きさという侵害者側の事情を問うことなく請求が認められていることと対比しても明らかである。

 新しい技術が潜在的に有する危険性を許さないとすれば社会の発展はなくなるから,新しい技術の有する危険性の性質やもたらす被害の大きさが明確でない場合には,その技術の実施の差止めの可否を裁判所において判断することは困難を極める。しかし,技術の危険性の性質やそのもたらす被害の大きさが判明している場合には,技術の実施に当たっては危険の性質と被害の大きさに応じた安全性が求められることになるから,この安全性が保持されているかの判断をすればよいだけであり,危険性を一定程度容認しないと社会の発展が妨げられるのではないかといった葛藤が生じることはない。原子力発電技術の危険性の本質及びそのもたらす被害の大きさは,福島原発事故を通じて十分に明らかになったといえる。本件訴訟においては,本件原発において,かような事態を招く具体的危険性が万が一でもあるのかが判断の対象とされるべきであり,福島原発事故の後において,この判断を避けることは裁判所に課された最も重要な責務を放棄するに等しいものと考えられる。

(2) 原子炉規制法に基づく審査との関係

 (1)の理は,上記のように人格権の我が国の法制における地位や条理等によって導かれるものであって,原子炉規制法をはじめとする行政法規の在り方,内容によって左右されるものではない。

 原告らは,「原子炉規制法24条の趣旨は放射性物質の危険性にかんがみ,放射性物質による災害が万が一にも起こらないようにするために,原子炉設置許可の段階で,原子炉を設置しようとする者の技術的能力並びに申請に係る原子炉施設の位置,構造及び設備の安全性につき,科学的,専門技術的見地から,十分な審査を行わせることにある」との最高裁判所平成4年10月29日第一小法廷判決(民集46巻7号1174頁・伊方最高裁判決)の判示に照らすと,原子炉規制法は放射性物質による災害が万が一にも起こらないようにすることをその立法趣旨としていると主張しているが(第3の1原告らの主張(2)),仮に,同法の趣旨が原告ら主張のものであったとしても,同法の趣旨とは独立して万一の危険も許されないという(1)の立論は存在する。また,放射性物質の使用施設の安全性に関する判断については高度の専門性を要することから科学的,専門技術的見地からなされる審査は専門技術的な裁量を伴うものとしてその判断が尊重されるべきことを原子炉規制法が予定しているものであったとしても,この趣旨とは関係なく(1)の観点から司法審査がなされるべきである。したがって,改正原子炉規制法に基づく新規制基準が原子力発電所の安全性に関わる問題のうちいくつかを電力会社の自主的判断に委ねていたとしても,その事項についても裁判所の判断が及ぼされるべきであるし,新規制基準の対象となっている事項に関しても新規制基準への適合性や原子力規制委員会による新規制基準への適合性の審査の適否という観点からではなく,(1)の理に基づく裁判所の判断が及ぼされるべきこととなる。

 ところで,規制基準への適合性の判断を厳密に行うためには高度の専門技術的な知識,知見を要することから,司法判断が規制基準への適合性の有無それ自体を対象とするのではなく,適合していると判断することに相当の根拠,資料があるか否かという判断にとどまることが多かったのには相応の理由があるというべきである。これに対し,(1)の理に基づく裁判所の判断は4以下に認定説示するように必ずしも高度の専門技術的な知識,知見を要するものではない。

(3) 立証責任

 原子力発電所の差止訴訟において,事故等によって原告らが被ばくする又は被ぱくを避けるために避難を余儀なくされる具体的危険性があることの立証責任は原告らが負うのであって,この点では人格権に基づく差止訴訟一般と基本的な違いはなく,具体的危険だありさえすれば万が一の危険性の立証で足りるところに通常の差止訴訟との違いがある。証拠が被告に偏在することから生じる公平性の要請は裁判所による訴訟指揮及び裁判所の指揮にもかかわらず被告が証拠を提出しなかった場合の事実認定の在り方の問題等として解決されるべき事柄であって,存否不明の場合の敗訴の危険をどちらに負わせるのかという立証責任の所在の問題とは次元を異にする。また,被告に原子力発電所の設備が基準に適合していることないしは適合していると判断することに相当性があることの立証をさせこれが成功した後に原告らに具体的危険性の立証責任を負わせるという手法は原子炉の設置許可ないし設置変更許可の取消訴訟ではない本件訴訟においては迂遠な手法といわざるを得ず,当裁判所はこれを採用しない。(1)及び(2)に説示したところ1に照らしても,具体的な危険性の存否を直接審理の対象とするのが相当であり,かつこれをもって足りる。

原子力発電所の特性

 原子力発電技術は次のような特性を持つ。すなわち,原子力発電においてはそこで発出されるエネルギーは極めて膨大であるため,運転停止後においても電気と水で原子炉の冷却を継続しなければならず,その間に何時間か電源が失われるだけで事故につながり,いったん発生した事故は時の経過に従って拡大して行くという性質を持つ。このことは,他の技術の多くが運転の停止という単純な操作によって,その被害の拡大の要因の多くが除去されるのとは異なる原子力発電に内在する本質的な危険である。

 したがって,施設の損傷に結びつき得る地震が起きた場合,速やかに運転を停止し,運転停止後も電気を利用して水によって核燃料を冷却し続け,万がーに具常が発生したときも放射性物質発電所敷地外部に漏れ出すことのないようにしなければならず,この止める,冷やす,閉じこめるという要請はこの3つがそろって初めて原子力発電所の安全性が保たれることとなる。仮に,止めることに失敗するとわずかな地震による損傷や故障でも破滅的な事故を招く可能性がある。地震及び津波の際の炉心損傷を招く危険のある事象についての複数のイベントツリーのすべてにおいて,止めることに失敗すると炉心損傷に至ることが必然であり,とるべき有効な手だてがないことが示されている(前提事実(6),甲14,弁論の全趣旨)。福島原発事故では,止めることには成功したが,冷やすことができなかったために放射性物質が外部に放出されることになった(前提事実(9))。また,我が国においては核燃料は,①核燃料を含む燃料べレット,②燃料被覆管,③原子炉圧力容器,④原子炉格納容器,⑤原子炉建屋という五重の壁に閉じ込められているという構造によって初めてその安全性が担保されているとされ,その中でも重要な壁が堅固な構造を持つ原子炉格納容器であるとされている(甲1・126ないし130頁,弁論の全趣旨)。

 しかるに,本件原発には地震の際の冷やすという機能と閉じこめるという構造において次のような欠陥がある。

5  冷却機能の維持について

(1) 1260ガルを超える地震について

 上述のとおり,原子力発電所地震による緊急停止後の冷却機能について外部からの交流電流によって水を循環させるという基本的なシステムをとっている。1260ガルを超える地震によってこのシステムは崩壊し,非常用設備ないし予備的手段による補完もほぼ不可能となり,メルトダウンに結びつく。この規模の地震が起きた場合には打つべき有効な手段がほとんどないことは被告において自認しているところである。すなわち,本件ストレステストに関し被告の作成した甲14号証の47頁には「耐震裕度が1.80Ss以上または許容津波高さが11.4m以上の領域で、は,炉心にある燃料の重大な損傷を回避する手段がなくなるため,その境界線がクリフエッジとして特定された。」,被告の準備書面(9)17頁には「クリフエッジとは,プラントの状況が急変する地震津波等のストレス(負荷〕のレベルのことをいう。地震を例にとると,想定する地震動の大きさを徐々に上げていったときに,それを超えると,安全上重要な設備に損傷が生じるものがあり,その結果,燃料の重大な損傷に至る可能性が生じる地震動のレベルのことをいう。」との各記述があり,これは被告が上記自認をしていることにほかならない。なお,当裁判所は被告の主張する1.80Ss(1260ガル)という数値をそのまま採用しているものでないことは,(2)オにおいて説示するところであるが,本項では被告の主張を前提とする。

 しかるに,我が国の地震学会においてこのような規模の地震の発生を一度も予知できていないことは公知の事実である。地震は地下深くで起こる現象であるから,その発生の機序の分析は仮説や推測に依拠せざるを得ないのであって,仮説の立論や検証も実験という手法がとれない以上過去のデータに頼らざるを得ない。確かに地震は太古の昔から存在し,繰り返し発生している現象ではあるがその発生頻度は必ずしも高いものではない上に,正確な記録は近時のものに限られることからすると,頼るべき過去のデータは極めて限られたものにならざるをえない(甲52参照)。証拠(甲47)によれば,原子力規制委員会においても,16個の地震を参考にして今後起こるであろう震源を特定せず策定する地震動(別紙4の別記2の第4条5三参照)の規模を推定しようとしていることが認められる。この数の少なさ自体が地震学における頼るべき資料の少なさを如実に示すものといえる。したがって,大飯原発には1260ガルを超える地震は来ないとの確実な科学的根拠に基づく想定は本来的に不可能である。むしろ,①我が国において記録された既往最大の震度は岩手宮城内陸地震における4022ガルであり(争いがない),1260ガルという数値はこれをはるかに下回るものであること,②岩手宮城内陸地震は大飯でも発生する可能性があるとされる内陸地殻内地震(別紙4の別記2の第4条5二参照)であること,③この地震が起きた東北地方と大飯原発の位置する北陸地方ないし隣接する近畿地方とでは地震の発生頻度において有意的な違いは認められず,若狭地方の既知の活断層に限っても陸海を問わず多数存在すること(甲18・756,778頁,乙37・50頁,前提事実(2)イ,別紙1参照),④この既往最大という概念、自体が,有史以来世界最大というものではなく近時の我が国において最大というものにすぎないことからすると,1260ガルを超える地震大飯原発に到来する危険がある。

 なお,被告は,岩手宮城内陸地震で観測された数値が観測地点の特性によるものである旨主張しているが(第3の2被告の主張(1)),新潟県中越沖地震では岩盤に建っているはずの柏崎刈羽原発1号機の解放基盤表面(固い岩盤が,一定の広がりをもって,その上部に地盤や建物がなくむき出しになっている状態のものとして仮想的に設定された表面,別紙4別記2第4条5ー参照)において最大加速度が1699ガルと推定されていること(甲38,被告準備書面(4)の16頁)からすると,被告の主張どおり4022ガルを観測した地点の地盤が震動を伝えやすい構造であったと仮定しても,上記認定を左右できるものではない。

 1260ガルを超える地震大飯原発に到来した場合には,冷却機能が喪失し,炉心損傷を経てメルトダウンが発生する危険性が極めて高く,メルトダウンに至った後は圧力上昇による原子炉格納容器の破損,水素爆発あるいは最悪の場合には原子炉格納容器を破壊するほどの水蒸気爆発の危険が高まり,これらの場合には大量の放射性物質が施設外に拡散し,周辺住民が被ばくし,又は被ぱくを避けるために長期間の避難を要することは確実である。

(2) 700ガルを超えるが1260ガルに至らない地震について

ア 被告の主張するイベントツリーについて

 仮に,大飯原発に起きる危険性のある地震が基準地震動Ssの700ガルをやや上回るものであり,1260ガルに達しないと仮定しても,このような地震が炉心損傷に結びっく原因事実になることも被告の自認するところである。これらの事態に対し,有効な手段を打てば,炉心損傷には至らないと被告は主張するが,かようなことは期待できない。

 被告は,700ガルを超える地震が到来した場合の事象を想定じ,それに応じた対応策があると主張し,これらの事象と対策を記載したイベントツリーを策定し,4.65メートルを超える津波が到来したときの対応についても類似のイベントツリーを策定している(前記前提事実(6),甲14)。被告は,これらに記載された対策を順次とっていけば,1260ガルを超える地震が来ない限り,津波の場合には11.4メートルを超えるものでない限りは,炉心損傷には至らず,大事故に至ることはないと主張する。

しかし,これらのイベントツリー記載の対策が真に有効な対策であるためには,第1に地震津波のもたらす事故原因につながる事象を余すことなくとりあげること,第2にこれらの事象に対して技術的に有効な対策を講じること,第3にこれらの技術的に有効な対策を地震津波の際に実施できるという3つがそろわなければならない。

イ イベントツリー記載の事象について

 深刻な事故においては発生した事象が新たな事象を招いたり,事象が重なって起きたりするものであるから,第1の事故原因につながる事象のすべてを取り上げること自体が極めて困難であるといえる。被告の提示する地震の際のイベントツリーを見ても,後記の主給水,外部電源の問題を除くと1225ガルから重大事故につながる事象が始まるとしているところ(甲14),基準地震動である700ガルから1225ガルまでの聞に重大事故につながる損傷や事象が生じないということは極めて考えにくい事柄である。被告がイベントツリーにおいて事故原因につながる事象のすべてをとりあげているとは認め難い。

ウ イベントツリー記載の対策の実効性について

 また,事象に対するイベントツリー記載の対策が技術的に有効な措置であるかどうかはさておくとしても,いったんことが起きれば,事態が深刻であればあるほど,それがもたらす混乱と焦燥の中で適切かっ迅速にこれらの措置をとることを原子力発電所の従業員に求めることはできない。特に,次の各事実に照らすとその困難性は一層明らかである。

 第1に地震はその性質上従業員が少なくなる夜間も昼間と同じ確率で起こる。上記3(2)において摘示したように,夜間の宿直人員数については規制基準が及ばないとしても,本件における危険性の判断要素となるところ,突発的な危機的状況に直ちに対応できる人員がいかほどか,あるいは現場において指揮命令系統の中心となる所長が不在か否かは,実際上は,大きな意味を持つことは明らかである。

 第2に上記イベントツリーにおける対応策をとるためにはいかなる事象が起きているのかを把握できていることが前提になるが,この把握自体が極めて困難である。福島原発事故の原因について政府事故調査委員会と国会事故調査委員会の各調査報告書が証拠提出されているところ,両報告書は共に外部電源が地震によって断たれたことについては共通の認識を示しているものの,政府事故調査委員会は外部電源の問題を除くと事故原因に結びっくような地震による損傷は認められず,事故の直接の原因は地震後間もなく到来した津波であるとする(甲1,19,20,乙9)。他方,国会事故調査委員会地震の解析に力を注ぎ,地震の到来時刻と津波の到来時刻の分析や従業員への聴取調査等を経て津波の到来前に外部電源の他にも地震によって事故と直結する損傷が生じていた疑いがある旨指摘しているものの,地震がいかなる箇所にどのような損傷をもたらしそれがいかなる事象をもたらしたかの確定には至っていない(特に甲1・196頁ないし230頁)。一般的には事故が起きれば事故原因の解明,確定を行いその結果を踏まえて技術の安全性を高めていくという側面があるが,原子力発電技術においてはいったん大事故が起これば,その事故現場に立ち入ることができないため事故原因を確定できないままになってしまう可能性が極めて高く,福島原発事故においてもその原因を将来確定できるという保証はない(甲32・208ないし220頁によれば,チェルノブイリ事故の原因も今日に至るまで完全には解明されていないことが認められる。)。それと同様又はそれ以上に,原子力発電所における事故の進行中にいかなる箇所にどのような損傷が起きておりそれがいかなる事象をもたらしているのかを把握することは困難である。

 第3に,仮に,いかなる事象が起きているかを把握できたとしても,地震により外部電源が断たれると同時に多数箇所に損傷が生じるなど対処すべき事柄は極めて多いことが想定できるのに対し,全交流電源喪失から炉心損傷開始までの時間は5時間余であり,炉心損傷の開始からメルトダウンの開始に至るまでの時間も2時間もないのであって,たとえ小規模の水管破断であったとしても10時間足らずで冷却水の減少によって炉心損傷に結びつく可能性があるとされている(甲1・131ないし133頁,211頁,被告準備書面(5)11頁参照,上記時間は福島第一原発の例によるものであるが,本件原子炉におけるこれらの時聞が福島第一原発より特に長いとは認められないし,第1次冷却水に係る水管破断による冷却水の減少速度は加圧水型で、ある本件原子炉の方が沸騰水型である福島第一原発のそれより速いとも考えられる。)。

 第4にとるべきとされる手段のうちいくつかはその性質上,緊急時にやむを得ずとる手段であって普段からの訓練や試運転にはなじまない。上述のとおり,運転停止中の原子炉の冷却は外部電源が担い,非常事態に備えて水冷式非常用ディーゼ、ル発電機のほか空冷式非常用発電装置,電源車が備えられているとされるが(甲16の1,第3の2被告の主張(2)参照),たとえば空冷式非常用発電装置だけで実際に原子炉を冷却できるかどうかをテストするというようなことは危険すぎてできょうはずがない。

 第5にとるべきとされる防御手段に係るシステム自体が地震によって破損されることも予想できる。大飯原発の何百メートルにも及ぶ非常用取水路(甲17,乙2の2,弁論の全趣旨)が一部でも700ガルを超える地震によって破損されれば,非常用取水路にその機能を依存しているすべての水冷式の非常用ディーゼノレ発電機が稼動できなくなることが想定できるといえる。なお,原告らの主張のとおり(第17準備書面),非常用取水路の下を将来活動する可能性のある断層ないしは将来地盤にずれを生じさせるおそれのある断層が走っているとすれば,700ガル未満の地震によっても非常用取水路が破損しすべての水冷式の非常用ディーゼル発電機が稼動できなくなる危険があることになるが,本件においては上記原告らの主張の当否について判断する必要を認めない。また,新潟県中越沖地震の際に柏崎刈羽原発においてその敷地内で活断層が動いたわけではないが,敷地内の埋戻土部分において1.6メートルに及ぶ段差が生じたことが認められる(甲92,乙8)。大飯原発柏崎刈羽原発と同様に埋戻土部分があることから(被告準備書面回参照),埋戻土部分において地震によって段差ができ,最終の冷却手段ともいうべき電源車を動かすことが不可能又は著しく困難となることも想定できる。大飯原発には,非常用ディーゼル発電機を初めとする各種非常用設備が複数存在することが認められるが(甲16の1,第3の2被告の主張(2)参照),上記に摘示したことを一例として地震によって複数の設備が同時にあるいは相前後して使えなくなったり故障したりすることは機械というものの性質上当然考えられることであって,防御のための設備が複数備えられていることは地震の際の安全性を大きく高めるものではないといえる。

 第6に実際に放射性物質が一部でも漏れればその場所には近寄ることさえできなくなる。地震が起きた場合の対応については放射性物質の危険に常に注意を払いつつ瓦磯等を除去しながらのものになろうし,実際に放射性物質が漏れればその場所での作業は不可能となる。最悪の事態を想定すれば中央制御室からの避難をも余儀なくされることになる。

 第7に,大飯原発に通ずる道路は限られており施設外部からの支援も期待できない。この道路は山が迫った海岸沿いを伸びるものであったり,いくつかのトンネルを経て通じているものであったりするから(甲14・3頁, 乙2の2),地震によって崖崩れが起き交通が寸断されることは容易に想定できる。

エ 基準地震動の信頼性について

被告は,大飯の周辺の活断層の調査結果l乙基づき活断層の状況等を勘案した場合の地震学の理論上導かれるガル数の最大数値が700であり,そもそも,700ガルを超える地震が到来することはまず考えられないと主張する(第3の2被告の主張(4)ア)。しかし,この理論上の数値計算の正当性,正確性について論じるより,現に,下記のとおり(本件5例),全国で20箇所にも満たない原発のうち4つの原発に5回にわたり想定した地震動を超える地震が平成17年以後10年足らずの聞に到来しているという事実(前提事実同)を重視すべきは当然である。地震の想定に関しこのような誤りが重ねられてしまった理由については,そもそも(1)に摘示した地震学の限界に照らすと仮説であるアスペリティの存在を前提としてその大きさと存在位置を想定するなどして地震動を推定すること自体に無理があるのではないか,あるいはアスペリティの存在を前提とすること自体は問題がないものの,地震動を推定する複数の方式について原告らが主張するように選択の誤りがあったのではないか等の種々の議論があり得ようが,これらの問題については今後学術的に解決すべきものであって,当裁判所が立ち入って判断する必要のない事柄である。

 被告は,上記地震のうち3回(①,④,⑤)は大飯原発の敷地に影響を及ぼしうる地震とは地震発生のメカニズムが異なるプレート間地震によるものであることから,残り2回(②,③)の地震はプレート間地震ではないもののこの2つの地震を踏まえて大飯原発地震想定がなされているから,あるいは,①②③の地震想定は平成18年改正前の旧指針に基づくS1,S2基準による地震動であり,本件原発でとられているSs基準による地震動の想定と違うということを理由として,これらの地震想定の事例は本件原発地震想定の不十分さを示す根拠とならないと主張している(第3の2被告の主張(4)ウ)。  しかし,上記3回(①,④,⑤)については我が国だけでなく世界中のプレート間地震の分析をしたにもかかわらず(別紙4別記2第4条5二③参照),プレート間地震の評価を誤ったということにほかならないし,残り2回の地震想定(②,③)もその時点において得ることができる限りの情報に基づき当時の最新の知見に基づく基準に従つてなされたにもかかわらず結論を誤ったものといえる。これらの事例はいずれも地震という自然の前における人間の能力の限界を示すものというしかない。本件原発地震想定が基本的には上記4つの原発におけるのと同様,過去における地震の記録と周辺の活断層の調査分析という手法に基づきなされたにもかかわらず(弁論の全趣旨・第3の2被告の主張(4)ア参照,乙21),被告の本件原発地震想定だけが信頼に値するという根拠は見い出せない。

 また,被告の本件原発地震想定については,前提事実(2)に記載した各事実に加え証拠(甲41,72)及び弁論の全趣旨によれば,次のような信頼性を積極的に失わせるような事情が認められる。すなわち,大飯原発の敷地をほぼ東西に走る非常用取水路の下をほぼ南北に横切るF-6破砕帯と呼ばれる破砕帯が活断層であるか否かについては専門家の聞でも意見が分かれていたもので,大飯原発の差止めを求める大阪地方裁判所の仮処分事件においても主要な争点のひとつであった。この争点については被告の発電所敷地内の破砕帯に関する従前の調査結果に基づき,上記F-6破砕帯と連続性があるとされた非常用取水路の北に位置する台場浜トレンチ地点の破砕帯の評価を巡って争われた。しかるところ,被告は従前の調査結果を否定し,上記台場浜トレンチ地点と非常用取水路の下を走っている破砕帯の連続性がないと主張し,その後の掘削によりその存在が確認、された非常用取水路の下を南北に走っている新F-6破砕帯と呼ばれる破砕帯については,上記仮処分却下決定後に専門家の全員一致の見解として活断層ではなくまた地滑りとしての危険性もないとの評価が得られた。

 翻ってみると,このような主張の変遷がなされること自体,破砕帯の走行状況についての被告の調査能力の欠如や調査の社撰さを示すものであるといえる。発電所の敷地内部においてさえこのような状況であるから,被告による発電所の周辺地域における活断層の調査が厳密になされたと信頼することはできないというべきである。このことと,地震は,必ずしも既知の活断層で発生するとは限らないことを考え併せると,大飯原発の周辺において,被告の調査不足から発見できなかった活断層が関わる地震や上記性質の地震が起こり得ることは否定できないはずであり,この点において既に被告の地震想定は信頼性に乏しいといえる。

オ 安全余裕について

 被告は本件5例の地震によって原発の安全上重要な施設に損傷が生じなかったことを前提に,原発の施設には安全余裕ないし安全裕度があり,たとえ基準地震動を超える地震が到来しても直ちに安全上重要な施設の損傷(機能喪失)の危険性が生じることはないと主張している(第3の2被告の主張(5))。そして,安全裕度の意義については対象設備が基準地震動の何倍の地震動まで機能を維持し得るかを示す数値であるとしている(平成26年3月27日期日における被告の補足説明要旨)。

 柏崎刈羽原発に生じた損傷がはたして安全上重要な施設の損傷ではなかったといえるのか,福島第一原発においては地震による損傷の有無が確定されていないのではないかという疑いがあり,そもそも被告の主張する前提事実自体が立証されていない。この点をおくとしても,被告のいう安全余裕の意味自体が明らかでない。弁論の全趣旨によると,一般的に設備の設計に当たって,様々な構造物の材質のばらつき,溶接や保守管理の良否等の不確定要素が絡むから,求められるべき基準をぎりぎり満たすのではなく同基準値の何倍かの余裕を持たせた設計がなされることが認められる。原告らが主張するように(第3の2原告らの主張(3)),原子炉圧力容器や蒸気発生器などが高温側と低温側に大きな温度差があり,使われている鋼材などに温度差・熱膨張差による伸び縮みを繰り返すことによる材料の疲労現象がある等の事実があるとすれば,上記不確定要素が多いといえるから,余裕を持たせた設計をすることが強く求められると考えら'れる。このように設計した場合でも,基準を超えれば設備の安全は確保できない。この基準を超える負荷がかかっても設備が損傷しないことも当然あるが,それは単に上記の不確定要素が比較的安定していたことを意味するにすぎないのであって,安全が確保されていたからではなし、。以上のような一般的な設計思想と異なる特有の設計思想や設計の実務が原発の設計においては存在すること,原子力規制委員会において被告のいうところの安全余裕を基準とした審査がなされることのいずれについてもこれを認めるに足りる証拠はない。

 したがって,たとえ,過去において,原発施設が基準地震動を超える地震に耐えられたという事実が認められたとしても,同事実は,今後,基準地震動を超える地震大飯原発に到来しでも施設が損傷しないということをなんら根拠づけるものではない。

カ  中央防災会議における指摘

 大飯を含む日本のどの地域においても大規模な地震が到来する可能性はあるのであり,それが大規模であればあるほど,その確率が低くなるというにすぎない。平成24年6月12日に聞かれた中央防災会議,「東南海,南海地震に関する専門調査会」においても,「地表に現われた地震断層は活断層に区分されるものもあるが,M(マグニチュード)7.3以下の地震は,必ずしも既知の活断層で発生した地震であるとは限らないことがわかる。したがって,内陸部で発生する被害地震のうち,M7.3以下の地震は,活断層が地表に見られていない潜在的な断層によるものも少なくないことから,どこでもこのような規模の被害地震が発生する可能性があると考えられる。」との指摘がなされており(訴状38頁参照,同指摘がなされていることは争いがない。甲52参照),この指摘は上記知見に沿うものであるところ,証拠(甲38,62,63)によれば,マグニチュード7.3以下の地震であっても700ガルをはるかに超える震度をもたらすことがあると認められる。

(3) 700ガルに至らない地震について

ア  施設損壊の危険

本件原発においては基準地震動である700ガルを下回る地震によって外部電源が断たれ,かつ主給水ポンプが破損し主給水が断たれるおそれがあると認められる(甲14号証の20頁には「『主給水喪失』『外部電源喪失』については,耐震B,Cクラス設備等の破損により発生することから,Ssまでの地震動で発生すると考えられる。」との記載がある。)。大飯原発の敷地に160ガル以上の地震が到来すると,原子炉は緊急停止することになるが(弁論の全趣旨・被告準備蓄面(3)8頁参照),被告においても,たとえば200ガルの地震が大飯に到来した場合,外部電源が断たれなければ外部電源で冷却し外部電源が断たれれば非常用ディーゼル発電機で冷却することになり,主給水が断たれなければ主給水で、冷却し主給水が断たれれば補助給水設備が冷却手段となる旨主張している(第6回口頭弁論期日調書参照)。

イ  施設損壊の影響

 外部電源は緊急停止後の冷却機能を保持するための第1の砦であり,外部電源が断たれれば非常用ディーゼル発電機に頼らざるを得なくなるのであり,その名が示すとおりこれが非常事態であることは明らかである。福島原発事故においても外部電源、が健全であれば非常用ディーゼル発電機の津波による被害が事故に直結することはなかったと考えられる。主給水は冷却機能維持のための命綱であり,これが断たれた場合にはその名が示すとおり補助的な手段にすぎない補助給水設備に頼らざるを得ない。前記のとおり,原子炉の冷却機能は電気によって水を循環させることによって維持されるのであって,電気と水のいずれかが一定時間断たれれば大事故になるのは必至である。原子炉の緊急停止の際,この冷却機能の主たる役割を担うべき外部電源と主給水の双方がともに700ガルを下回る地震によっても同時に失われるおそれがある。そして,その場合には(2)で摘示したように実際にはとるのが困難であろう限られた手段が効を奏さない限り大事故となる。

ウ  補助給水設備の限界

 このことを,上記の補助給水設備についてみると次の点が指摘できる。証拠(甲14・21ないし22頁,甲16の7)によれば,緊急停止後において非常用ディーゼル発電機が正常に機能し,補助給水設備による蒸気発生器への給水が行われたとしても,①主蒸気逃がし弁による熱放出,②充てん系によるほう酸の添加,③余熱除去系による冷却のうち,いずれか一つに失敗しただけで,補助給水設備による蒸気発生器への給水ができないのと同様の事態に進展することが認められるのであって,補助給水設備の実効性は補助的手段にすぎないことに伴う不安定なものといわざるを得ない。また上記証拠によれば,上記事態の回避措置として,下記のとおり,(ア)のイベントツリーが用意され,更に(ア)のイベントツリーにおはる措置に失敗した場合の(イ)のイベントツリーも用意されてはいるが,各手順のいずれか一つに失敗しただけでも,加速度的に深刻な事態に進展し,未経験の手作業による手順が増えていき,不確実性も増していく。事態の把握の困難性や時間的な制約のなかでその実現に困難が伴うことは(2)において摘示したとおりである。

    • (ア) イベントツリー
      • a  手法
        • ①高圧注入ポンプの起動,②加圧器逃がし弁の開放,③格納容器スプレイポンプの起動を中央制御室からの手動操作により行い,燃料取替用水ピットのほう酸水を注入し,1次系の冷却を行う。注入の後,再循環切り替えを行い,④高圧注入及び格納容器スプレイによる継続した1次系冷却を行う。
      • b a が成功した場合の効果
        • この状態では来臨界性が確保された上で海水を最終ヒートシンクとした安定,継続的な冷却が行われており,燃料の重大な損傷に至る事態は回避される。
      • c a が失敗した場合の効果
        • ①高圧注入による原子炉への給水,②加圧器逃がし弁による熱放出,③格納容器スプレイによる格納容器徐熱,④高圧注入による炉心冷却及び原子炉格納容器スプレイによる再循環格納容器の冷却のうち,いずれか一つに失敗すると,非常用所内電源からの給電ができないのと同様の非常事態(緊急安全対策シナリオ)に進展する。
    • (イ)イベントツリー((ア)cの場合の収束シナリオ)
      • a 手法
        • ①タービン動補助給水ポンプによる蒸気発生器への給水が行われ,②現場での手動作業により主蒸気逃がし弁を開放し,2次系による冷却が行われる。③蓄圧タンクのほう酸水を注入し,未臨界性を確認し,④蓄電池の枯渇までに空冷式非常用発電装置による給電を行うとともに,蓄圧タンク出口隔離弁を中央制御室からの手動操作により閉止する。また,復水ピット枯渇までに海水の復水ピットへの補給を行うことにより,2次系冷却を継続する。
      • b  a が成功した場合の効果
        • この状態では未臨界性が確保された上で、海水を水源とした安定,継続的な2次系冷却が行われており,燃料の重大な損傷に至る事態は回避される。
      • c  aが失敗した場合の効果
        • ①タービン動補助給水ポンプによる蒸気発生器への給水,②現場での手動作業による主蒸気逃がし弁の開放,③蓄圧タンクのほう酸水の注入,④空冷式非常用発電装置による給電のうち,いずれか一つに失敗すると,炉心損傷に至る。

エ  被告の主張について

 被告は,主給水ポンプは安全上重要な設備ではないから基準地震動に対する耐震安全性の確認は行われていないと主張するが(第3の2被告の主張(3)ア),主給水ポンプは別紙3の下図に表示されているものであり,位置関係を見ただけでも,その重要性を否定することに疑問が生じる。また,主給水ポンプの役割は主給水の供給にあり,主給水によって冷却機能を維持するのが原子炉の本来の姿であって,そのことは被告も認めているところである。安全確保の上で不可欠な役割を第1次的に担う設備ほこれを安全上重要な設備であるとして,それにふさわしい耐震性を求めるのが健全な社会通念であると考えられる。このような設備を安全上重要な設備ではないとするのは理解に苦しむ主張であるといわざるを得ない。

オ基準地震動の意味について

 日本語としての通常の用法に従えば,基準地震動というのはそれ以下の地震であれば,機能や安全が安定的に維持されるという意味に解される。基準地震動Ss未満の地震であっても重大な事故に直結する事態が生じ得るというのであれば,基準としての意味がなく,大飯原発に基準地震動である700ガル以上の地震が到来するのかしないのかという議論さえ意味の薄いものになる。

(4) 小括

 日本列島は太平洋プレート,オホーツクプレート,ユーラシアプレート及びフィリピンプレートの4つのプレートの境目に位置しており,全世界の地震の1割が狭い我が国の国土で発生するといわれている。1991年から2010年までにおいてマグニチュード4以上,深さ100キロメートル以下の地震を世界地図に点描すると,日本列島の形さえ覆い隠されてしまうほどであり,日本圏内に地震の空白地帯は存在しないことが認められる。(甲18・756,778ないし779頁,訴状31頁参照)。日本が地震大国といわれる由縁である。

 この地震大国日本において,基準地震動を超える地震大飯原発に到来しないというのは根拠のない楽観的見通しにしかすぎない上,基準地震動に満たない地震によっても冷却機能喪失による重大な事故が生じ得るというのであれば,そこでの危険は,万が一の危険という領域をはるかに超える現実的で切迫した危険と評価できる。このような施設のあり方は原子力発電所が有する前記の本質的な危険性についてあまりにも楽観的といわざるを得ない。

6  閉じこめるという構造について(使用済み核燃料の危険性)

(1) 使用済み核燃料の現在の保管状況

 原子力発電所は,いったん内部で事故があったとしても放射性物質原子力発電所敷地外部に出ることのないようにする必要があることから,その構造は堅固なものでなければならない。そのため,本件原発においても核燃料部分は堅固な構造をもっ原子炉格納容器の中に存する。他方,使用済み核燃料は本件原発においては原子炉格納容器の外の建屋内の使用済み核燃料プールと呼ばれる水槽内に置かれており,その本数は1000本を超えるが,使用済み核燃料プールから放射性物質が漏れたときこれが原子力発電所敷地外部に放出されることを防御する原子炉格納容器のような堅固な設備は存在しない(前提事実(5)ア)。

(2) 使用済み核燃料の危険性

 使用済み核燃料は,原子炉から取り出された後の核燃料であるが,なお崩壊熱を発し続けているので,水と電気で冷却を継続しなければならないところ(前提事実(5)イ),その危険性は極めて高い。福島原発事故においては,4号機の使用済み核燃料プールに納められた使用済み核燃料が危機的状況に陥り,この危険性ゆえに前記の避難計画が検討された。原子力委員会委員長が想定した被害想定のうち,最も重大な被害を及ぼすと想定されたのは使用済み核燃料プールからの放射能汚染であり,他の号機の使用済み核燃料プールからの汚染も考えると,強制移転を求めるべき地域が170キロメートル以遠にも生じる可能性や,住民が移転を希望する場合にこれを認めるべき地域が東京都のほぼ全域や横浜市の一部を含む250キロメートル以遠にも発生する可能性があり,これらの範囲は自然に任せておくならば,数十年は続くとされた(甲31)。

 平成23年3月11日当時4号機は計画停止期間中であったことから使用済み核燃料プールに隣接する原子炉ウエルと呼ばれる場所に普段は張られていない水が入れられており,同月15日以前に全電源喪失による使用済み核燃料の温度上昇に伴って水が蒸発し水位が低下した使用済み核燃料プールに原子炉ウエルから水圧の差で両方のプールを遮る防壁がずれることによって,期せずして水が流れ込んだ。また,4号機に水素爆発が起きたにもかかわらず使用済み核燃料プールの保水機能が維持されたこと,かえって水素爆発によって原子炉建屋の屋根が吹き飛んだためそこから水の注入が容易となったということが重なった(甲1・159ないし161頁,甲19・215頁ないし240頁)。そうすると,4号機の使用済み核燃料プールが破滅的事態を免れ,上記の避難計画が現実のものにならなかったのは僥倖ともいえる。

(3) 被告の主張について

 被告は,原子炉格納容器の中の炉心部分は高温,高圧の一次冷却水で満たされおり,仮に配管等の破損により一次冷却水の喪失が発生した場合には放射性物質が放出されるおそれがあるのに対し,使用済み核燃料は通常40度以下に保たれた水により冠水状態で貯蔵されているので冠水状態を保てばよいだけであるから堅固な施設で固い込む必要はないとするが(第3の3被告の主張(1)),以下のとおり失当である。

ア  冷却水喪失事故について

 使用済み核燃料においても破損により冷却水が失われれば被告のいう冠水状態が保てなくなるのであり,その場合の危険性は原子炉格納容器の一次冷却水の配管破断の場合と大きな違いはない。むしろ,使用済み核燃料は原子炉内の核燃料よりも核分裂生成物(いわゆる死の灰)をはるかに多く含むから(前提事実(5)イ),(2)に摘示したように被害の大きさだけを比較すれば使用済み核燃料の方が危険であるともいえる。原子炉格納容器という堅固な施設で核燃料を閉じこめるという技術は,核燃料に係る放射性物質を外部に漏らさないということを目的とするが,原子炉格納容器の外部からの事故から核燃料を守るという側面もあり,たとえば建屋内での不測の事態に対しでも核燃料を守ることができる。そして,五重の壁の第1の壁である燃料ベレットの熔解温度が原子炉格納容器の溶解温度よりもはるかに高いことからすると(被告準備書面(14)7頁によると,①核燃料ペレット,②燃料被覆管,③原子炉圧力容器,④原子炉格納容器,⑤建屋の溶解温度は,それぞれ,①が2800度,②が1800度,③及び④が1500度,⑤が1300度であり,外に向かうほど溶解温度が低くなっている。),原子炉格納容器は炉心内部からの熱崩壊に対しては確たる防御機能を果たし得ないことになるから,原子炉格納容器の機能として原子炉格納容器の外部における不測の事態に対して核燃料を守るという役割を軽視することはできないといえる。なお,被告はかような機能は原子炉格納容器には求められていないと主張するが,他方では原子炉格納容器が竜巻防御施設の外殻となる施設であると位置づけており(甲68・35ないし36頁),被告の主張は採用できない。

 福島原発事故において原子炉格納容器のような堅固な施設に固まれていなかったにもかかわらず4号機の使用済み核燃料プールが建屋内の水素爆発に耐えて破断等による冷却水喪失に至らなかったこと,あるいは瓦擦がなだれ込むなどによって使用済み核燃料が大きな損傷を被ることがなかったこと(甲1・159ないし161頁,甲19・215ないし240頁)は誠に幸運と言うしかない。使用済み核燃料も原子炉格納容器の中の炉心部分と同様に外部からの不測の事態に対して堅固な施設によって防御を固められてこそ初めて万全の措置をとられているということができる。

イ  電源喪失事故について

 上記のような破断等による冷却水喪失事故ではなく全電源が喪失し空だき状態が生じた場合においては,核燃料は全交流電源喪失から5時間余で炉心損傷が開始する。これに対し,使用済み核燃料も崩壊熱を発し続けるから全電源喪失によって危険性が高まるものの,時間単位で危険性が発生するものでない。しかし,上記5時間という時間は具常に短いのであって,それと比較しても意味がない。

 被告は,電源を喪失しでも使用済み核燃料プールに危険性が発生する前に確実に給水ができると主張し,また使用済み核燃料プールの冷却設備は耐震クラスとしてはBクラスであるが(別紙4・別記2第4条2二参照),安全余裕があることからすると実際は基準地震動に対しでも十分な耐震安全性を有しているなどと主張しているが(第3の3被告の主張(2)),被告の主張する安全余裕の考えが採用できないことは5(2)オにおいて摘示したとおりであり,地震が基準地震動を超えるものであればもちろん,超えるものでなくても,使用済み核燃料プールの冷却設備が損壊する具体的可能性がある。また,使用済み核燃料プール地震によって危機的状況に陥る場合にはこれと並行してあるいはこれに先行して隣接する原子炉も危機的状態に陥っていることが多いということを念頭に置かなければならないのであって,このような状況下において被告の主張どおりに確実に給水ができるとは認め難い。被告は福島原発事故を踏まえて使用済み核燃料の冷却機能の維持について様々な施策をとり,注水等の訓練も重ねたと主張するが,深刻な事故においては発生した事象が新たな事象を連鎖的に招いたりするものであり,深刻事故がどのように進展するのかの予想はほとんど不可能である。原子炉及び使用済み核燃料プールの双方の冷却に失敗した場合の事故が福島原発事故のとおり推移することはまず考えられないし,福島原発事故の全容が解明されているわけでもない。たとえば,高濃度の放射性物質が隣接する原子炉格納容器から噴出すればそのとたんに使用済み核燃料プールへの水の注入作業は不可能となる。弥縫策にとどまらない根本的施策をとらない限り「福島原発事故を踏まえて」という言葉を安易に用いるべきではない。

 本件使用済み核燃料プールにおいては全交流電源喪失から3日を経ずして冠水状態が維持できなくなる(甲70・15-14頁)。我が国の存続に関わるほどの被害を及ぼすにもかかわらず,全交流電源喪失から3日を経ずして危機的状態に陥いる。そのようなものが,堅固な設備によって閉じこめられていないままいわばむき出しに近い状態になっているのである。

(4) 小括

 使用済み核燃料は本件原発の稼動によって日々生み出されていくものであるところ,使用済み核燃料を閉じ込めておくための堅固な設備を設けるためには膨大な費用を要するということに加え,国民の安全が何よりも優先されるべきであるとの見識に立つのではなく,深刻な事故はめったに起きないだろうという見通しのもとにかような対応が成り立っているといわざるを得ない。

7  本件原発の現在の安全性と差止めの必要性について

 以上にみたように,国民の生存を基礎とする人格権を放射性物質の危険から守るという観点からみると,本件原発に係る安全技術及び設備は,万全ではないのではないかという疑いが残るというにとどまらず,むしろ,確たる根拠のない楽観的な見通しのもとに初めて成り立ち得る脆弱なものであると認めぎるを得ない。

 前記4に摘示した事実からすると,本件原子炉及び本件使用済み核燃料プール内の使用済み核燃料の危険性は運転差止めによって直ちに消失するものではない。しかし,本件原子炉内の核燃料はその運転開始によって膨大なエネルギーを発出することになる一方,運転停止後においては時の経過に従って確実にエネルギーを失っていくのであって,時間単位の電源喪失で重大な事故に至るようなことはなくなり,破滅的な被害をもたらす可能性がある使用済み核燃料も時の経過に従って崩壊熱を失っていき,また運転停止によってその増加を防ぐことができる。そうすると,本件原子炉の運転差止めは上記具体的危険性を軽減する適切で有効な手段であると認められる。

 現在,新規制基準が策定され各地の原発で様々な施策が採られようとしているが,新規制基準には外部電源と主給水の双方について基準地震動に耐えられるまで強度を上げる,基準地震動を大幅に引き上げこれに合わせて設備の強度を高める工事を施工する,使用済み核燃料を堅固な施設で囲い込む等の措置は盛り込まれていない(別紙4参照)。したがって,被告の再稼動申請に基づき,5,6に摘示した問題点が解消されることがないまま新規制基準の審査を通過し本件原発が稼動に至る可能性がある。こうした場合,本件原発の安全技術及び設備の脆弱性は継続することとなる。

8  原告らのその余の主張について

 原告らは,地震が起きた場合において止めるという機能においても本件原発には欠陥があると主張し(訴状第5の3,第2準備書面第3,第4準備書面第2),また,冷却材喪失事故発生時において冷却水の再循環サンプが機能しないという安全技術上の欠陥(訴状第5の1,第7準備書面1),3号機における溶接部の残留応力によるクラック及び冷却水漏洩の発生の危険性(訴状第5の2,第7準備書面2),津波による危険(第5準備書面,第9準備書面),テロによる危険(第1準備書面第3の3,第16準備書面第5),竜巻の危険(第1準備書面第3の3,第16準備書面第4)等さまざまな要因による危険性を主張している。しかし,これらの危険性の主張は選択的な主張と解され,上記の地震の際の冷やすという機能及び閉じ込めるという構造に欠陥が認められる以上,原告らの主張するその余の危険性の有無について判断の必要はないし,環境権に基づく請求も選択的なものであるから(第6回口頭弁論期日調書参照),同請求の可否についても判断する必要はない。

 原告らは,上記各諸点に加え,高レベル核廃棄物の処分先が決まっておらず,同廃棄物の危険性が極めて高い上,その危険性が消えるまでに数万年もの年月を要することからすると,この処分の問題が将来の世代に重いつけを負わせることを差止めの理由としている(第3の4)。幾世代にもわたる後の人々に対する我々世代の責任という道義的にはこれ以上ない重い問題について,現在の国民の法的権利に基づく差止訴訟を担当する裁判所に,この問題を判断する資格が与えられているかについては疑問があるが,7に説示したところによるとこの判断の必要もないこととなる。

9  被告のその余の主張について

 他方,被告は本件原発の稼動が電力供給の安定性,コストの低減につながると主張するが(第3の5),当裁判所は,極めて多数の人の生存そのものに関わる権利と電気代の高い低いの問題等とを並べて論じるような議論に加わったり,その議論の当否を判断すること自体,法的には許されないことであると考えている。我が国における原子力発電への依存率等に照らすと,本件原発の稼動停止によって電力供給が停止し,これに伴なって人の生命,身体が危険にさらされるという因果の流れはこれを考慮する必要のない状況であるといえる。被告の主張においても,本件原発の稼動停止による不都合は電力供給の安定性,コストの問題にとどまっている。このコストの問題に関連して国富の流出や喪失の議論があるが,たとえ本件原発の運転停止によって多額の貿易赤字が出るとしても,これを国富の流出や喪失というべきではなく,豊かな国土とそこに国民が根を下ろして生活していることが国富であり,これを取り戻すことができなくなることが国富の喪失であると当裁判所は考えている。

 また,被告は,原子力発電所の稼動がCO2(二酸化炭素)排出削減に資するもので環境面で優れている旨主張するが(第3の6),原子力発電所でひとたび深刻事故が起こった場合の環境汚染はすさまじいものであって,福島原発事故は我が国始まって以来最大の公害,環境汚染であることに照らすと,環境問題を原子力発電所の運転継続の根拠とすることは甚だしい筋違いである。

10  結論

 以上の次第であり,原告らのうち,大飯原発から250キロメートル圏内に居住する者(別紙原告目録1記載の各原告)は,本件原発の運転によって直接的にその人格権が侵害される具体的な危険があると認められるから,これらの原告らの請求を認容すべきである。

 原告らは,本件原発で大事故が起きれば,周囲の原子力発電所の従業員も避難を余儀なくされること等によりその原子力発電所が事故を起こし同様のことが繰り返される結果,日本国民全員がその生活基盤を失うような被害に発展すると主張している。また,チェルノブイリ事故においては放射性物質に汚染された地域がチェルノブイリから1000キロメートルを超える地点まで存在するから原告ら全員が木件請求をできると主張している(第3の7)。これらの主張は理解可能なものではあるが,ここで想定される危険性は本件原発という特定の原子力発電所の法的な差止請求を基礎付けるに足りる具体性のある危険とは認められない。したがって,大飯原発から250キロメートル圏外に居住する原告ら(別紙原告目録2記載の各原告)の請求は理由がないものとして,これを棄却することとする。。

 福井地方裁判所民事第2部

   裁判長裁判官 樋 口 英 明

   裁判官  石 田 明 彦

   裁判官  三 宅 由 子