建築基準法に、階段手すりの高さに関する規定はない。しかし、日経アーキテクチュア7月9日号の特集「されど、手すり」の取材で、階段手すりの高さについて話しているとき、「1.1m以上も必要か疑問に感じる」という発言を何度か耳にした。屋上やバルコニーの墜落防止用手すりと混同しているのだ。こちらは確かに、建築基準法施行令第126条で安全上必要な高さを「1.1m以上」と規定されている。

 混同するのも無理からぬことに思える。設置されているのが階段であれバルコニーであれ、確かにそれは「手すり」だ。広辞苑や建築大辞典でも両者を区別していない。設置されている場所によって法律上の位置付けや持つべき機能は異なるのだが、呼び名は同じで形状も大同小異。この微妙なややこしさが、手すりの取材を難しくした。

 取材中、どこに設置されている手すりについて話しているのか確認することもしばしばあった。こちらは階段手すりについて聞いているつもりなのに、いつの間にか話題がバルコニーの手すりに移っていることもあるからだ。

 関連法規が複数あることも話をややこしくする。例えば、階段の手すり一つ取っても、設置を義務付けているのは建築基準法だけではない。バリアフリー新法も、「不特定多数が利用」「延べ面積2000m2以上」など、一定の条件を満たす建築には、階段だけでなく敷地内通路の段や傾斜路にも設置を義務付けている。

 手すりの設置基準や法源を確認するにしても、同じ国土交通省内で違う担当者に連絡しなければならない。病院や高齢者施設になると、厚生労働省への確認も必要。「特別養護老人ホームはうちの担当ですが、有料老人ホームは別なんです」と、確認先は増える一方だ。

 踏み面の先端からの高さや握り部の直径、壁とのすき間といった設置要件も、官民問わず、様々なガイドラインや基準がある。「ベターリビング 優良住宅部品認定基準 歩行・動作補助手すり」「高齢者・身体障害者等の利用を配慮した建築設計標準」「JIS 高齢者・障害者配慮設計指針-住宅設備機器」……。細かい規定を探すのも読むのも面倒だ。しかし、階段に手すりの設置を義務付けている建築基準法施行令第25条が、手すりについて何ら定義していないのだからしょうがない。なるほど、設計者も頭を悩ますはずだと痛感した。

 特集「されど、手すり」では、手すりメーカーの研究者や建築主事などに取材。様々な資料に目を通して、手すりのこうした微妙なややこしさや、知っておくべき法規などをできるだけコンパクトに整理した。「手すりとは何か」という疑問にぶつかったら、本特集で、この最も身近な部材に関する法規や設計基準などを押さえていただきたい。