プログラマの憂鬱と、経営者の覚悟

今、エンタープライズ開発(企業の基幹システム開発)にこれまでと違う構造変化が起こっていると感じています。私が昨年、気になった事象は次のようなものです。

  • SNS, ゲーム系企業への転職がブームになりつつある。
  • スマートフォン系開発受託は需要旺盛のはずだが、人月単価が(私の)予想以上に低い。
  • 受託開発の新しい流れとして、月額料金型開発が登場し、脚光を浴びた。
  • 人材派遣型ビジネスは多少の改善は見られるものの、将来性は暗い。


私の解釈は「指示通りのものをつくって、お金をいただく」開発ビジネスは終わりを迎えつつあるということです。それを見越したかのように、サービス提供型企業に開発者が集まっています。これらの企業は、これまでのパッケージ販売型企業(当社もその分野にいる)とビジネスモデルが異なっています。


パッケージ開発企業の立ち位置は、事業主体であるお客様の支援です。受託開発で一から構築するのは費用もかかるでしょうから、パッケージで素早く...というアピールは妥当だと思います。しかし昨今のサービス提供企業は、これまでのパッケージをクラウド(インターネット)で提供して月額料金で... というものではありません。自社が事業主体そのものとなっているのです。その事業遂行のために徹底的に IT(インターネット)を活用します。つまり「パッケージからサービスへ」という言葉は、事業主体が自分自身になるという意味も込められているのです。


これまでもさまざまな著名人が「プログラマは業務を知らなくては」とおっしゃっていました。今、それが現実になろうとしています。既存企業の業務効率化のために IT を使うというフェーズは一段落し、ビジネスモデルそのものがITを中心としたものに組み変わりつつあります。もう少し砕いていえば、これまでは「既存のビジネスモデルが中心で、ITは一部の層を取り込むためのオプション」だったのが、これからは「ITを使ったビジネスモデルが中心で、ITを使えない層へのアプローチがオプションになる」という社会構造の変化が加速しているのです。


このとき、求められるプログラマは「自分がユーザーになった視点で、ユーザーが喜ぶようなシステムのアイデアを出す」ことでしょう。仕様書がなく、アイデアをすぐに具現化し、ユーザーからのフィードバックをすぐに反映させられる高い開発能力が求められます。これまでの大規模開発から一転して、少人数でのアジャイル開発に適応していかないといけません。


会社の経営スタイルも変わります。プログラマの人数が売上となる時代が終わり、社会構造の変化にあった新サービスを最速で世に出し、だめならすぐに撤退するというベンチャー精神が再び求められます。そこには大量の(普通の能力の)プログラマではなく、能力の高いプログラマの確保が至上命題となります。それを給与・待遇で確保するのか、ビジョンや将来性で確保するのかが経営の腕の見せ所でしょう。


私の予想とは異なる形で、IT業界の悪弊(と考えている)人月制度は衰退しようとしています。
人月制度の問題は、(受託)開発に携わるプログラマの貢献度合いを図る良い方法がないことでした。しかし今、「不況」「オフショア開発の台頭」「そもそも開発すべき対象を見出せない」といった三重苦の中でエンタープライズ開発が守りの局面に入ったため、能力の高いプログラマが別の分野へ移っています。結果として、この問題そのものがなくなりつつあります。


そして、伸びているサービス提供企業とは、これまで知られていた、既存企業のIT化を支援するSIerではありません。その分野での事業会社そのものです。ただ、老舗の事業会社がITをフル活用した事業転換に躊躇している隙を突いて、それに取って代わろうとしています。


新しく登場したサービス提供企業は、既存顧客もなく、守るべきビジネスモデルを持ちません。この3年で日本国民の多くがスマートフォンを使うようになるでしょう。テレビもネットテレビになります。個人の周りに、インターネット端末が溢れる時代を見越して新しいビジネスモデルを構築することになります。それを支えるのは、大量の普通のプログラマーが書いた大規模システムではなく、少数のプログラマが書いた小規模システムの組み合わせになってきます。ここでいう組み合わせとは、インターネットを経由した情報のやりとりのことであるのは、いうまでもありません。


ではこれまで下請け中心でやってきた中小SIerはどうするべきか。私の考えは次のとおりです。

  • エンタープライズ系から組み込み系に転換し、既存ビジネスモデルの延命を図る。
  • 自ら事業会社になる。
  • 顧客に対して、新しいビジネスモデルそのものを提案する。

組み込み系の開発需要はますます旺盛になるでしょう。しかし人月単価は上がらず、かつエンタープライズで長年やってきた技術者の転換がうまくいくかどうかは、わかりません。ただし自らは事業主体ではなく黒子に徹するというビジネスモデルは継続できます。


自ら事業会社になるのと、顧客に対してビジネスモデル(ITをフル活用した儲かる仕組み)を提案することは、紙一重です。リスクをとる責任分解点がやや異なるという程度であり、仕様通りにつくったので開発費を下さい、という発想から抜け出せることができるか、という点で同じものです。いずれも主体性をもって取り組まないといけません。


実はこれまで、私は(仕様通りのシステム開発を行うというビジネスで)開発スピードを高めるか、人月単価を減らすかのどちらかで受託・派遣ビジネスは残るのだろうと考えていました。当社は自動化技術によって開発スピードを上げる方法を選びました。多くの企業は人月単価を下げる方向でアジア進出をはじめとするさまざまな策を講じました。現実にはいずれも顧客ニーズ、市場ニーズにマッチしないようです。私たちは他業界を支えるという黒子的な役割から、この社会の主役として、事業プレーヤーとしてやっていくことが求められているのです。ではこれまでのユーザー企業は? 意思あるところは内製を強化し、事業主体会社であり続けることでしょう。そして決断できない企業は新興企業(IT活用型サービス提供企業)に取って代わるのでしょう。


そうなったとき、ITを中核に据えた企業を「IT系企業」と呼ぶのもおかしな話になります。おそらく数年後には、どの分野、どの市場もすべてIT系企業となってしまうわけですから。むしろITを使わないビジネスモデルを維持する「非IT系企業」がマイナーな存在になります。


多くのプログラマにとって、質的な変化は目前です。私はチャンスだと思います。数百人規模の開発室で指示されたものをつくるという労働集約型から、少数精鋭のメンバーで日夜、新サービスの改善に取り組むという仕事に変わってきます。労働集約型がなくなるわけではありません。例えば金融系は引き続き大規模開発が残るでしょう。しかし、おそらく開発主体はオフショアになります。国内に残ったプログラマは、より創造性を発揮する場でスキルを磨き、社会と関わることになります。


振り返ってみると当社はエンタープライズ分野にいながらも、すでにそのような開発スタイルを一貫してやってきました。ただ、事業会社になるという意識はもっておらず、受託会社を支援するパッケージを提供するという立ち位置を指向してきました。しかし今後、私たちもさらなる変化の波に洗われるのだと感じています。率先して波に乗るのか、様子をみるのか... プログラマのみならず、経営者にとっても覚悟が求められる年になりそうです。