日立の「変心」、米市場に驚き 世界IT再編の連想
【NQNニューヨーク=増永裕樹】7日の米株式市場で日立製作所などハードディスク駆動装置(HDD)関連銘柄の上昇が目立った。業界首位のウエスタン・デジタルが7日、3位の日立の米子会社を買収すると発表。事業の選択と集中が進んだとの見方から日立の米預託証券(ADR)が上昇したほか、営業基盤強化への期待からWD株が急騰。ライバルのシーゲイト・テクノロジーにも買いが波及するなど、今回の企業買収劇は苦戦するHDD業界にとって干天の慈雨となった。
日立の一手は市場の驚きを誘うのに十分だった。多岐にわたる事業を手掛け、連結従業員数が約36万人に達する日立。そんな事情が複雑に絡み合い、決断できない「日本株式会社」の課題を象徴するのが、今回売却する米子会社、日立グローバルストレージテクノロジーズ(HGST)だったからだ。
HDD事業の10年10~12月期(HGSTベースでは7~9月期)の営業利益は119億円と日立全体の1割に満たないが、市場でのHGSTの存在感は大きい。HGSTの前身は米IBMのHDD部門で、事業の取捨選択を掲げて失敗した庄山悦彦元社長が主導して20億5000万ドル(当時の為替レートで約2500億円)を投じて買収。買収後に長期間の赤字に苦しんだ記憶は新しく、日立迷走の象徴になっていた。
鉄道や原子力発電など社会インフラ事業を中核に据える日立にとって、HGSTはいわば非中核事業。とはいえ、かつての経営トップが関与した案件を切り離すのは日立にとって異例だ。加えて、その決断スピードは従来の日立にはなかった特徴だろう。日本経済新聞などが昨年9月、「HGSTを米国市場に上場する方針」と報道。いずれはグループから切り離すとはみられていたが、わずか半年で全株売却に踏み切ったスピード感を市場は好感し、米株式市場で日立のADRは5%超(終値ベース)上昇した。
7日の米株式市場では、買い手のWD株も16%近く上昇した。企業買収が明るみにでた際には買収企業の株価が下落する例が多いが、WDの場合は事業基盤強化への期待が上回った。合併効果への期待の強さはHDD業界を取り巻く厳しさの裏返しにほかならない。
HDDは「コモディティ化」が進み、価格競争が激化。加えてHDDを使わない多機能情報端末「iPad」などタブレット端末の躍進も響き、出荷数量も頭打ちしている。調査会社IHSアイサプライによると、1~3月期の業界全体のHDD出荷数量は直前の10~12月期と比べて約4%落ち込む見込みだ。
市場が伸び悩む中でWDはHGSTの取り込みにより5割近い圧倒的なシェアを握ることになる。最終消費者向けに強いWDに対して、HGSTは企業向け分野で強みを持つ。両社が一体となれば顧客基盤の強化にもつながる。米欧市場をリードするWDと、アジアで強みを持つHGSTという組み合わせには、地域的な補完関係も成立する。WDの最高財務責任者(CFO)、ウルフギャング・ニックル氏は7日のアナリスト向け電話会議で「合併効果により粗利益率が19~24%と約1%上昇する」と述べ、コスト削減に注力する姿勢を示した。
ライバルであるシーゲイトの株価が7日に9%強上昇したのは興味深い。「寡占化が進むことで製品価格の下落に歯止めがかかる」(証券会社の情報担当者)との見方から、市場では恩恵がシーゲイトにも及ぶとの期待が高まった。デルなどパソコンメーカーは複数のHDD供給メーカーの確保を目指す傾向があるといい、2社合併はむしろシーゲイトへの発注を増やす効果があるとの思惑もあるようだ。
気掛かりなのは部品メーカーへの影響だ。今回の再編でHDDメーカーは東芝と韓国サムスン電子を加えた4社体制となる。WDやシーゲイトは部品までを含めた内製化を志向していることもあり、価格交渉のパワーバランスは買い手であるHDDメーカーに傾きかねない。
世界で唯一、HDD向けにヘッドを販売しているTDKや、基板を手掛ける昭和電工、HOYAなどHDDにかかわる有力な部品メーカーは日本企業が多い。7日の米株式市場では、HDD向けの精密小型モーターで8割のシェアを握る日本電産のADRが前週末終値を小幅ながら上回ったが、今後の動向には留意する必要がある。