高橋洋一『バランスシートで考えれば、世界のしくみが分かる』

 高橋さんの新著です。シノドスでのレクチャーが元になっているようですが、バランスシートによる分析という一貫した視点は非常にわかりやすいですね。特に統一的な観点から主要な政策問題を、官僚や評論家たちの意見のどこが誤りなのか具体的に指摘できる点ですぐれています。あと余談ですが、ネットの匿名官僚批判もあり面白いです。

 第1章は基本的なバランスシートの読み方のコツを伝授するところから始まり、政府のバランスシートそこにおける徴税権の意義などに注目しています。また過去の高橋さんの実務体験が紹介されていて、不良債権問題や政府のバランスシート作成やALMなどの重要な仕事にどれだけ貢献してきたかがわかりそれ自体面白いものだと思います。

 第2章は、バランスシートを利用した「埋蔵金」の発見の話です。これに対して、財務省が「埋蔵借金」という噴飯ものの主張をしたり、特別会計の一般会計化がかえって財務省などに都合のいいドンブリ勘定になる危険性などを指摘、また随所に官僚の使うレトリックの解説が入っていて、政治家にアドバイスを重ねている高橋さんらしい生き生きとした政策実務を読者も感じることができるのではないでしょうか?

 第3章は政府のいわゆ「借金」問題です。これについての要約は、本の中の高橋洋一キャラがいっているように、「日本の借金は1000兆円で世界一。でも資産も700兆円で世界一。バランスシートでみれば借金は1000兆円マイナス700兆円で300兆円。財務省のプロバガンダにだまされないように」ということです。

 またこの政府のバランスシートの読解でも、たえず官僚の利権がからんでいることがわかり面白いですね。この章ではまたいわゆるマンデルの三角形が論じられています。また為替介入しか円高是正の手段がないと思いこませるような政府やメディアの対応に苦言を呈し、その結果バランスシートからみると、まったく不用な外貨準備高が130兆円もあるというトンデモな実体(バランスシートをみるとそれは負債にある)を指摘します。このうち100兆円はアメリカの5年物の国債なので5年後には償還されてなくなるとの指摘は重要でしょう。これも政府が為替介入ということをやめれば借金から減るわけです。円高が問題、特にそれが国内経済の不振を招くならば、金融政策で対応し、その帰結として円高が是正されるのが標準的な理解です。日本はなぜかそれがまったくできていない。

 第4章はその金融政策とバランスシートの問題です。金融緩和とはバランスシートの拡大としてもとらえることが可能です。その点で日本銀行は世界的にもまったくやる気のない中央銀行であり、そのやる気のなさのつけをわれわれ国民が犠牲となって払っているというのが本当のところでしょう。

 日本銀行の「包括緩和」についても高橋さんの容赦ない批判を読むことができ、最新の日本銀行の理屈への批判をわれわれは手にすることができると思います。そしてデフレ=不況という論者、人口減少=デフレという論者への批判や、また外貨準備などにかかわる問題と天下り問題がだぶってみえてしょうがないという(笑)、直観も読めて本当に面白い。

 たぶん本書は高橋さんの書いた本の中でも最も体系的な理解が容易なものでしょう。分析道具がバランスシートで統一しているからでしょう。第5章は民営化や年金、第6章は財政の維持可能性の問題、第7章は高橋さんの本来の専門である国際政治の話題など読むものをジェットコースターの気分にさせます。

 僕もこれから頻繁に本書にお世話になるでしょう。政策を論じたいもの、政策問題を真剣に考えたい人は必読です。ぜひ手元において辞書代わりに使うべきです。

バランスシートで考えれば、世界のしくみが分かる

バランスシートで考えれば、世界のしくみが分かる

日経新聞にチョイ出(AKB48等の大人数グループアイドルについて)

 11日の日本経済新聞の「エコノ探偵団」にちょい出。ネットでいまは読めるのでご紹介

AKB48の経済学

AKB48の経済学

河合幹雄「マンガ表現の規制強化を問う」

 めったに読まない、というかしばしば呆れてる雑誌筆頭『世界』。しかし今号は違うw。クルーグマンの論説の翻訳があったり、木村剛についてのルポもあり読ませる。ここでは河合幹雄氏のマンガ規制についての論説を紹介。

 ご存じのように本日、都議会の総務委員会はマンガ規制条例案を可決した。本会議でも可決するのだろう。スキルの不足する議員たち(いったい何人が政策策定能力があるのだろうか?)、官僚のリークによる政策過程の空洞化、都の恣意性の強いガバナンス、一部の「識者」の「私物化」となっている各種委員会や行事の在り方、またマンガ規制自体の実証的根拠のなさと、それを支える主張の反対賛成を超えたあまりに感情的な表出など、まさにこの都条例問題は、僕からみると日本銀行問題の別様の縮図でしかない。

 いまあげたほぼすべての論点を河合氏は彼独自の視点からまとめていてとても有益だ。

 まず冒頭で、6月の否決を促した条例反対運動の特徴がまとめられている。それは従来のマンガ家や既得権者たちだけではない広範なネット中心の運動というものである(ただし人数的にはやはりマイノリティの運動であることが僕には重要なものに思える)。

 河合氏は、今回の規制強化にはふたつの特徴があるという。

ひとつは、2000年ごろからの乱暴な規制行政の在り方、もうひとつは特定の人物たちによる規制強化の在り方である。

 いままでは警察の検挙の仕方や有害指定の在り方も、歯止めをはかりながらも業界への経済的ダメージを避ける巧妙さがあったが、今回の三月の条例案は、なにもかもすべてやってしまえ、という乱暴なものであった。

 第二点は、簡単にいうと、国レベルでも都レベルでも、前田雅英氏と後藤啓二氏の関与が大きいという指摘である。

 「このように雑な法案作りがなされるようになった要因は何か。そこには、前田らによって、日本で少年犯罪が増加し、しかも凶悪化しているというイメージが広げられたことがベースにある」と河合は指摘する。

 このイメージの拡大は政府や関係機関が行う世論調査が恣意的なもの(=誘導的なもの)となることで、世論がますますミスリードされていったと河合は指摘する。例えば、「「実在しない子どもの性行為などを描いたマンガや絵の規制について」「規制対象とすべき」ですか? と口頭で尋ねられれば、「ハイ」と答えるのは当たり前である」という。そうだろう。アンケートの主題自体があらかじめ多数がなんであるか指示している。そんな世論調査はかなり多い。

 また前田の少年犯罪の理解の問題点は深刻であり、「刑事政策の歪みの元凶」であるという。前田の著作『少年犯罪』などへの批判は、河合氏も含めて、他には宮崎哲弥氏も従来から何度も批判を繰り返している。

 河合は、前田が多数の諮問機関の委員、有識者の委員会、東京都、警察の関係組織での委員等あまりにも多数の役職を引き受けている問題も指摘している。ただここらへんは多数を兼務しているというだけではなかなか合理的な批判は難しい。実際には前田の兼務の多数ではなく、多数もっていてもやれるような中味のない委員会や諮問機関が多すぎるのである。

 河合は警察のかかわりもふれている。特に12月条例がもし可決されれば、その適用は警察のさじ加減の余地の拡大を招く。例えば条例改正案には、「漫画、アニメーションその他の画像で、刑罰法規に触れる性行為」(7条の2)がある。これは刑罰法規には、刑法典だけでなく条例も含まれる。淫行条例まで含み、「しかがって、高校生同士の合意に基づく性行為さえ対象とされ、中高生を主人公にした漫画の場合、性体験を肯定的に描くと規制対象となる恐れがある。これでは作品が委縮してしまう」。

 基本的に、河合氏の論説はなぜ現状の規制にさらに規制を重ねるか、その実証的な根拠がなく、規制派がイメージだけで規制をするように運動していることを問題視している。僕も賛成である。規制する合理的な根拠が不在であり、それを真剣に討議することもせずに、知事や副知事らはあたかも書店でポルノ漫画が大氾濫し、それが青少年に「有害」であることを印象づけている。その合理的な根拠をみせることなく、何度も彼らはアジテーションを繰り返しイメージ操作するだけである。醜いものである。

少年をいかに罰するか (講談社+α文庫)

少年をいかに罰するか (講談社+α文庫)

安全神話崩壊のパラドックス―治安の法社会学

安全神話崩壊のパラドックス―治安の法社会学

少年犯罪―統計からみたその実像

少年犯罪―統計からみたその実像

今敏『OPUS』

 今敏氏の最後の長編マンガであり、しかもとりあえず未発表草稿から完結話まで合わせて収録(もっともこれが完結話とみなせるかどうかは微妙)。読んでみてマンガ作品として面白い。劇中劇ならぬマンガ中マンガという形で、現実と虚構が入り乱れていく様を描いてて、今敏の主要アニメ作品のモチーフに完全につながる。

 他の長編マンガ作品『海帰線』や『セラフィム』よりも完成度がはるかに高く、またスピーディな物語展開で一気に読んでしまう。マンガ作品としては今氏の代表作だと思う。

OPUS(オーパス)上(リュウコミックス) [コミック]

OPUS(オーパス)上(リュウコミックス) [コミック]

大激論!海老蔵事件「私はこう考える」『週刊現代』にコメント

本日発売の『週刊現代』に市川海老蔵事件についてコメント。経済ととりあえず関係なし。はじめての純粋な芸能コメント。

http://www.excite.co.jp/News/magazine/MAG7/20101213/9/

まだ実物は拝見してないのですが、校正でみたものの数倍は話しているのですw なかなか面白い仕事でした。ありがとうございます。

ところで、市川海老蔵についてコメントした経済学者(しかも経済学史研究者で)は記憶するかぎり僕が二人目。他のひとりは高橋誠一郎(生前慶應義塾大学教授、文化勲章受章者)。もちろん海老蔵の代が違うけど 笑。僕の海老蔵記者会見の評価は実はある視点からみてかなり高い。海老蔵のあの会見で彼に興味もった。その高い評価をご一読ください。