実は意外と多い 経営サイドのコンプライアンス違反えっホント!? コンプライアンスの勘所を知る(1/2 ページ)

コンプライアンス違反と聞くと、従業員などが関与しているケースが想定されがちだが、実際には経営側に多いという実態がある。

» 2012年03月23日 08時00分 公開
[萩原栄幸,ITmedia]

あるITベンチャー企業にて

 5年ほど前のこと、筆者がまだ某都銀に勤務していたころにあった出来事を紹介したい。

 下町で創業して10年も満たないが、急成長しているITベンチャー企業があった。筆者はその企業の技術評価をしていたときのことである。偶然にもB取締役と創業者の社長が会議室の片隅で雑談をはじめた(ベンチャー企業なので、年齢はともに30代であった)。筆者が同席していたのではじめは遠慮がちに話をしていたが、だんだんと熱を帯び、筆者に明らかに聞こえる状況になった。ベンチャー企業ゆえ、一般の従業員と隔離して話せる会議室はここしかなかったのである。筆者はあと少しで特許における有効性のヒアリングをまとめ終えるところで、作業を急いでいた。その時、こういう話が聞こえた。

社長 A君の処遇はそういうことでいいよね。次回の役員会で発言してくれ。私が賛同すれば反対意見は出ないはずだ。

B取締役 ありがとうございます。A君も喜ぶでしょう。それはそうと、社長の社用車ですが、半年後に車検を迎えます。どうしますか。総務担当のC取締役から社長のご指示をいただきたいということですが。

社長 そうだ。今のアウディは気に入っているが、会社の移転も含めて、外部に威厳を示す必要もあるので新車を納車してほしい。今月中には希望の車種を総務に伝えておく。

B取締役 車種はいいですが、また購入されるのですか。税金対策ならリースをお勧めしたいのですが。

社長 だめだよ。家内がどうしてもアウディがほしいというので、安く下取りをして、家内にあげたい。実は従兄も次でいいからとほしがっている。リースじゃ、そういうことはできないだろう。

B取締役 そうですか。いまは利益も順調に推移しているので購入されても問題にはならない値段だと思います。でも、あまり高いのは控えてください。

社長 そう言ってもなあ。まあ、現実的な金額の上限を教えてよ。その範囲にするから。でも今のアウディより安いのはだめだよ。

 筆者は聞かなかったことにして、その場を立ち去りたかった。しかしこの会社は設立から10年も経っていないし、経営陣は経験が豊富とは言い難い人材しかいなかった。だからこのままではまずいと考え、つい口を挟んだのである。

筆者 社長、すみませんが聞いてはいけないことを聞いてしまったので、老婆心ながらご忠告したいことがあるのですが、よろしいですか。

社長 歓迎しますよ。皆、経営には疎い連中ばかりなので、銀行としてご指摘があれば十分に検討しますので。

筆者 まず質問ですが、そのアウディはどのくらいの金額で購入されますか。

社長 そうだな、私たちの商習慣で考えれば、アウディのこのタイプなら車検、つまり3年で下取りに出すと、ディーラーならだいたい250万〜300万くらいの査定を出すだろう。僕は車が趣味だから、だいたい分かるよ。新車の時にオプションをつけて税込みでその倍の600万円近くした。社用車だから走行距離は2万キロも走っていない。大事に使っているので内装は新品同様だからね。そういう条件でできるだけ安く購入したい。100万〜150万円くらいだ。さすがに、余りにも安いと面子もあるから、中古車を100万円〜150万円で購入するならおかしなことにはならないだろう。そもそも会社のお金は、“私の金”でもあるしねえ。

筆者 そうですか、それは明らかにコンプライアンスに抵触する行為です。極めてまずいですよ。

社長 まずいって、金額の問題しかないと思うが、このあたりは多少の役得にしかならないのではないか。私がサラリーマン時代には、先輩たちがよくリース品をリース会社に返却する時に、“自分で購入するならいくら?”と聞いて、値段が折り合えば購入していたよ。それと同じだろう。

筆者 それは全く違いますよ、そのリースは正当な価格を会社として正式に提示をしていて、その金額ならペイすると判断しての正当な商行為なのです。でも今回は想定とはいっても、どう見てもディーラーなら300万円近いものを100万円から150万円で購入しようとしているので、それは絶対に止めてください。

社長 この場合、下取りの査定を行わなければ金額が正確には分からなくなるから、世間の常識でその金額が異様に低い(例えば10万円とか20万円とか)というのでもなければ、“お目こぼし”レベルというか、役得の範囲と言えませんか。

筆者 だから、こういうグレーな行為は慎んでいただきたいのです。どうしてもというなら、数社に下取りの査定を出してもらってください。その中で一番高い査定金額をベースに、どのくらい上乗せができるのか交渉の余地があると思われます。例えば、一番高い業者が300万円と指定したなら、社長は301万円以上出せますか、ということです。単純な理屈なのでお分かりいただけると思います。

社長 絶対にだめかな。いいアイデアだと思っていたのだけど……。

筆者 絶対にだめです。

 賢明な読者は既にお分かりだと思うが、もし100万円で購入していたら、例え創業者でも「300万円マイナス100万円」の計200万円ほどの損害を会社が被ることにつながる。公認会計士なら見逃すはずがない。どうも急成長した経営者には、それが理解できていない人が多すぎると筆者は感じている。

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