「豊洲移転と築地再開発は両立する」上山信一・都顧問独占インタビュー

6月23日の東京都議選告示を控え、小池百合子都知事が20日、築地市場(東京都中央区)を豊洲(江東区)に移転したうえで、築地を再開発し、5年後をめどに食をテーマとした拠点とする方針を表明した。豊洲をどう活用し、築地の将来像をどう描いているのか。都議選の論点を含め、都の顧問を務める上山信一・慶応大総合政策学部教授に聞いた。

豊洲は「一時移転・暫定利用」

上山信一氏

東京都顧問の上山信一氏は豊洲への移転は「一時的」と語る。

撮影:今村拓馬

—— 知事の判断は、玉虫色だとの声があります。

今朝(21日付け)の新聞の見出しは、「豊洲移転、築地再開発」となっていて、豊洲に行ったきりという印象を受けますが、豊洲に「一時移転・暫定利用」と言うのが正しい。

私は市場問題PT(プロジェクトチーム)には参加していませんが、都政改革本部で市場事業の「見える化」改革を担当し、全庁的視点で市場事業の全体を評価する立場です。大阪府市の卸売市場事業の改革にも関与してきたので、今日は個人としての感想をお話しします。

今回の案は土地需要の旺盛な東京らしい妙案です。しかし、築地からいったん豊洲に行って5年後に戻り、そこで食のテーマパークを併設する計画作り、同時に豊洲を物流センターに転用する計画作りは、いずれも民間企業との協業が必要で難易度は高い。都庁に構想力とチャレンジ精神が必要です。

——築地を卸売市場として使い続けることを優先し、豊洲も活用していくと。

卸売市場は、下水処理や美術館のように一施設の中で全機能が完結しません。また上流から下流までさまざまな機能があります。

最上流は産地から大型トラックが入ってくる巨大な物流センター機能です。次は卸と仲卸のせりと取引。その次は卸が仲卸業者に荷物を積み替える。仲卸業者は、買い付けに来る小売店ややすし屋など買参人に売る。その手前で商品を小分け包装し、加工する作業もある。

これだけいろいろな機能が場内に全部あるとは限らないし、複数に分散することもままある。一般的には、上流機能は湾岸地区の豊洲に、下流機能は都心に近い築地に向いている。でも豊洲は、これらを全部場内に入れてしまう完結モデル型の市場です。

ところが、全国の卸売市場にはいろいろな形態がある。大阪府のような上流の物流機能中心のもあれば、京都の錦や上野のアメ横、築地の場外のような川下の販売中心のもある。どこに立地し、どんな業者がいて何が得意か、そしてあとは経済性、いろいろな要因で決まる。

今回の豊洲移転の問題点は、巨額の赤字を永久に垂れ流すという問題もさることながら、川下の仲卸が弱ってしまうことでした。寿司屋が買いに行くのに、豊洲と築地では往復で1時間違うのでもっと早起きしないといけない。買参人と仲卸業者の多くにとっては築地の方がいい。豊洲は遠くて商売が成り立ちにくいと廃業を考える人もいたようです

あと築地ブランド。そして、そのすごさを突き詰めると、仲卸業者と買参人の目利き力とやり取りです。仲卸業者が目利きの力で卸売業者から商品を買ってきて、その目利きパワーで店に商品を並べる。買いに来る寿司職人も目利きのパワーで勝負する。プロとプロの対決で相場が形成され、新商品のニーズも生まれる。日本の魚の文化は、ここで磨かれています。

だから食文化と築地ブランドの源泉は築地の仲卸にある。これが豊洲に行くと衰退しかねない。だから築地は立地として守るべきで、それでブランドも維持される。

築地市場

「築地ブランドを残す」が、小池知事の方針だ。

Koichi Kamoshida/Getty

築地再整備に税金ゼロは可能

—— でも豊洲が4、5年間の仮住まいになりますね。仲卸業者は大丈夫でしょうか。

買参人が豊洲に行くのは面倒だからよそで買おう、電話で注文しようとなったら大変です。これから4、5年は、築地のときよりは条件が悪い。仲卸のバックアップの方法は何か考えないといけないでしょうね。

一時移転で不安定さが増すのも事実。都庁は5年後に築地に戻ったらこういう経営ができるというイメージを示すべきでしょうね。すると事業者は築地に戻ることも考えたうえで豊洲用の機材を買ったりできる。

——一時的に豊洲に移転し、その後築地に復帰という案は、公費の支出が増えそうにみえます。

築地は、PFI(※プライベート・ファイナンス・イニシアティブ、民間の資金や経営ノウハウを活用する手法)を活用すれば問題ありません。また土地の一部を定期借地に出したら収入が得られる。築地の再整備に使った税金は実質的に税金ゼロというのも十分ありえる。

相手のある話だし、設計にもよりますが。一般的には儲かる機能に多くの面積が割かれれば、建設費の回収は早い。例えば、都心部の都営住宅の建て替えでは、都営住宅として低層で使っていた場所の一部を民間事業者に渡して高層マンションにし、そこで得たお金を使って、都営住宅を建て替えた。だから高層化、容積の利用はひとつの鍵になるでしょう。

——カジノを誘致するといった話ではないと。

市場と関係のない開発は向いていないと思います。以前は築地を売ってオフィスビルにすると言った考えもあったようです。

しかし、今回の再開発は本質的に違うでしょう。仲卸事業者が商品を一般向けに販売する業態はおそらく有力でしょう。東京には、100種類のたらこの中から自分で選びたいといった消費者もいる。大量に買う消費者に、格安で販売するのもあるかもしれない。京都では市街地に錦市場を残した結果、観光地としても機能しています。

豊洲は過剰投資で課題設備

——これから市場規模が大きくなるのは想像できません。いずれ築地に戻るのであれば、豊洲の機能は余ってしまうのでは。

豊洲は使い勝手がどうこうというものの、使用料は月に坪7000円弱と割安です。安いから、例えば葛飾にある倉庫を豊洲に持ってきたり、とにかく埋まるでしょう。

しかし、卸売市場のままだと毎年、約20億もの赤字、設備更新も入れると70億円以上もの赤字を垂れ流し続けます。この25年で取扱量は半分に減っています。だから豊洲は過剰投資、かつ過大設備なんです。

上山信一氏

撮影:今村拓馬

でも、豊洲の立地は成田や羽田に近く、高速も便利です。物流倉庫や冷凍冷蔵庫の立地には向いている。それらに転用すればよく、全部を卸売市場で使い続ける必要はない。そうすると赤字の止血や資金回収がある程度は可能でしょう。

築地の再開発では、一部の高層化も考えると全体スペースに余裕ができる。IT取引の発達や豊洲の倉庫の併用で5年後の築地市場に必要な面積は今より実質的に小さくなる可能性もある。余剰面積を有効活用すれば、豊洲の借金返済に充てられるでしょう。

都議選の論点は議会改革

——都庁の組織の強み、もしくはここは変えたほうがいいと感じていることは。

他の自治体では、首長が方針を決めてもサボタージュすることがある。

しかし、東京都の職員は知事が方針を決めたら、それに従います。これは良い伝統です。石原(慎太郎)さん(元都知事)や美濃部さん(美濃部亮吉、1967~79年の都知事)が出てきたり、大きな転換が何度かあったからでしょう。

サボタージュしたって先のことはわからないから、今の知事にとにかく合わせる。ただ、逆に言うと知事が言わないと、自分たちからは、なかなか変えられない感じもあります。

——あまり光はあたっていないけれど、これは、もっと知られるべきだという課題はありますか。

例えば電力の民営化です。交通局が電気事業を持っていますが、都庁がやる必要があるのか。都としてのエネルギー政策があるならわかるし、積極的に自前の水力発電所をつくったっていい。でも、いまは昔からの延長で単に事業を続けている。中途半端に温存されてきた感があります。

20億円かけて、視察用の豪華クルーザーをつくる話がありましたが、あれも同じでしょう。「昔からやっているから今もやる」という事業が結構ありそうです。

国の補助金をもらう事業では、国に金がなくなって見直しが進んだ。しかし、都は自前の金だし、これまでは情報公開も遅れていたし、議員もいろいろ言ってきた。だから知事が言わない限り、自分たちからは見直しにくかったのではないでしょうか。最近、ようやく変わり始めましたが。

東京は2025年から人口が減ります。高齢化時代に合わせた財務戦略をよく考えないといけない。法人税率は、トランプ政権だけではなく、世界的にじわじわ下がり、税収全体のレベルも下がっていくでしょう。

また法人税は、ボラティリティ(流動性)が大きく、税収が1兆円落ちることもあります。 一方で、高齢化が進み福祉の予算は削れません。そのギャップをどう埋めるのか。税収以外の安定収入源の確保が必要でしょう。

昨年顧問になり、財務構造をみてすぐに思ったのは、不動産は売らないほうがいい、ということです。売らずに貸すべきだろうと。築地も豊洲も売らない、というのは、将来の財務戦略にかなった方針でもあります

—— 都議選は、小池知事を支持するのかしないのかが軸になりそうですが、都政にはそれ以外にも論点があるのでは。

最大の争点は議会改革でしょう。

五輪会場や豊洲への野放図な投資をみても議会がちゃんと機能していたか、かなり怪しい。議員提案の政策関連の条例はほとんどないし、情報公開も遅れている。普通に近代化すればよく、会派を問わず若くてまじめな人が議員になればいい。まっとうな問題意識でやれば、いい議会になる。

あと、議事録を読んで思うのは、議員が徹底して役所を問い詰めていない。いくら福祉やオリンピックなど専門的で難しいテーマでも、議員が素人の目線で見て、おかしいと感じたなら質問すべきです。素朴な疑問に役所が答えられないのは、やっぱりおかしいんです。だから、議会でもっと質問でみる議員を選ぶべきです。役所側もあらかじめ情報公開してもらう。

——これまでも情報公開の重要性を説かれていました。

今、都庁の各局は補助金をどこにいくら出したのか、ホームページで公開する準備を進めています。全部公開されれば、職員も議員などからプレッシャーがあっても、「ホームページに掲載されますが本当にご希望ですか」と言って断れる。だから、職員も情報公開には賛成なんです。


上山信一:慶應義塾大学総合政策学部教授。運輸省(現・国土交通省)、マッキンゼー勤務などを経て、現職。企業の経営戦略や行政改革などが専門。 大阪府市特別顧問として橋下改革、大阪都構想を支えてきた。愛知県政策顧問のほか新潟市などの行政改革にも携わる。 小池都知事の就任とともに、東京都顧問、東京都都政改革本部特別顧問になり、昨年は五輪予算の調査チームのリーダーを務めた。

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