「仕事と遊びは分けない、考えすぎない」ドワンゴに17億円で会社を売った起業家の内なる欲求

複業、フリーランスなど働き方の選択肢が広がり、キャリアのイニシアチブを個人が握る時代が訪れようとしています。一方、企業としても、経営層によるトップダウンの発想では時代の変化するスピードに追いつけず、そこで働く一人ひとりをエンパワーしないことには立ち行かなくなっている。

私たちは今、さまざまな理由で「あなた自身のやりたいことはなんですか?」を問われているのかもしれません。

今回取材するのは、連続起業家の赤星琢哉さん。赤星さんは自ら企画・開発した読書コミュニティサイト「読書メーター」が大ヒット。2014年に現在の運営元であるドワンゴに17億円という金額で売却後、約4年の “空白期間” を経て2018年6月に株式会社X(エックス)を立ち上げ、現在は旅行好きの人のためのSNSを開発中です。

そんな赤星さんのお話から、自分自身のやりたいこと……「内なる欲求」の源泉を探ります。

連続起業家の赤星琢哉さん。

PROFILE

赤星琢哉:起業家/投資家/プログラマー/Webプロデューサー

1982年生まれ、宮城県仙台市出身。宮城大学在学中からキャッチコピーづくりをネットで学べる「広告会議室」など多数サービスを開発。「広告会議室」はWebクリエーション・アウォードを受賞。卒業後、2008年に株式会社トリスタを設立し、「読書メーター」を開発。月間訪問者数890万人規模にまでサービスを拡大させ、2014年同社を株式会社ドワンゴに17億円で売却。2018年株式会社Xを設立し、現在は旅行好きの人向けのモバイルSNSアプリ開発に奮闘中

面白いと思うことをただやってきた

——まずは「読書メーター」を売却することになった経緯から教えてください。

読書コミュニティサイト「読書メーター」のHP画面

読書コミュニティサイト「読書メーター」

単純に向こうからお声がけいただいたのがきっかけです。最初から売却しようと思って始めたわけではないですし、ほぼ趣味のような形でやっていたので。

それまで僕はほとんど本を読んだことがありませんでした。むしろ苦手でしたが、ある時伊集院光さんのラジオでオススメされた小説を試しに読んだみたら、これがすごく面白かったんです。それで他にも面白い本を知りたいと思いましたが、近くに本好きの知り合いがいませんでした。そこでネット上で本の感想を記録したり紹介したりする場があれば、いろんな本が知ることができるのではと思い、そんな僕自身の欲求から、読書メーターはスタートしました。

その後も、儲けるためというよりは、サービスを伸ばすとか、改善するとかが面白くて続けていた感じです。実際サービスは伸びていましたし、そのまま続けるのでも僕としては良かったんですけど、でも一方で、M&Aみたいな話は相手あってのことなので。こんな経験もなかなかできないだろうと話を聞いてみて、最終的に「この条件なら」と思えるものを提示してくれたので、売却することに決めました。

赤星琢哉さん

——その後はどうしていたんですか?

いきなりいなくなるわけにもいかないので、しばらくは多少のやりとりをしつつ、基本的には自由にさせてもらっていました。当時は子供が1歳で、翌年には2人目が生まれる予定もありました。ちょうど子育ての忙しい時期に突入するところだったので、子供と遊んだりして過ごしていました。

あとは本を読んだり、旅行をしたり、美味しいご飯を食べに行ったり。それを繰り返していた感じです。食も旅行ももともと好きなことで、それは読書メーターを作っている時からやっていたので、その点ではあまり変わらないですね。ただ暇になったぶん、多少その頻度は上がったかもしれませんが。

——それまで熱中していたものが突然なくなって、喪失感みたいなものはなかったんですか?

読書メーターも仕事というより、好きなこととしてやっていたので。本を読むとか、旅行に行くとか、ご飯を食べるとか、子供と遊ぶとか、全部同じような感覚でした。その一番面白いものというか、一番熱中していたものがなくなってしまった感じですね。

でも、やりたくてやっていることは他にもいろいろとあったので。子供と遊んだり、本を読んだりしていると、意外と時間ってあっという間に過ぎるんですよ。

インドを旅行中の赤星さん。

インドを旅行中の赤星さん

——なんならその生活をずっと続けていくのでも構わなかった?

そうですね。それはそれで面白いので。ただ、3年くらい続けていくと、子供も大きくなりましたし、生活が少し単調だなという気持ちも芽生えてきて、「何か新しいことをやりたいな」と思うようになりました。

読書メーターをやっていた時にすごく良かったのは、サービスを作ること自体も面白いんですけど、一生懸命やっていると、それをきっかけにいろんな人と出会えたんですよね。自分の中だけで暮らしていると、なかなか新しいものが入ってこない。少し自分から発信していくこともしたいと思うようになりました。

——それで立ち上げたのが、今回のX?

そうです。今回一緒に立ち上げることになった友達と、何をしようかと話し合って決めました。彼も旅行や食やプログラミングが好きで、話が合うんです。去年くらいから話し始めて、いろいろ検討したんですけど、最終的に旅行が面白そうだね、と。

今年は世の中的にも旅行のサービスがたくさん生まれたようなんですけど、それはまったくの偶然です。ビジネス的な面でいいか悪いかという判断は一切していないですね。本当に「面白そうだからやろう」となっただけで。

仕事と遊び、分けて考えないほうがいいのでは?

——ずっと面白いと思うことをやり続けてきて、今回の起業もそうだと。となると、「次なにをやればいいのか分からない」とか、「やりたいことがなんなのか」みたいな悩みを抱えている人のことは理解できない?

いえ、全然理解できます。僕も会社を売って1年くらいすれば、また何か湧いてくるかな?と思っていましたが、実際に1年経っても何も起きなく……。特に何も湧いてこなかった。それで「俺大丈夫かな?」と自分で思ったところはありました。

ただまあ、その間も何もしてなかったわけじゃないので。繰り返しになりますけど、旅行には行っていたし、本も読んでいた。美味しいご飯を食べに行ったりもしていた。会社員の人からすると「それは仕事じゃないだろう」と思うかもしれないですけど、あまり仕事と遊びを分けないほうがいいんじゃないかって思うんです。

赤星琢哉さんの手元

「やりたいことが見つからない」と言った時、多くの場合、その人は仕事と遊びを分けて、いわゆるビジネスとか成長みたいなものにフォーカスしてそう言っているのかもしれません。でも、最初からすべてをそこにつなげて考えなくてもいいのではないか、と。そう考えれば、やりたいことなんて最初から誰にだってあるんじゃないかな。

——仕事につながらなくてもいい?

はい。やりたいことをただやっていく。例えば旅行が好きなら、時間がある時に旅行に行く、でもいいと思います。今回もそれが起業につながりましたし。

僕はもともとはコピーライターになりたいと思って、バイトをしてお金を貯めて、東京へ出てきてコピーライターの学校で勉強をしました。その学校が終了した後に「学校がないところにいても、自由にコピーを投稿したり勉強できたりしたらいいな」と思い、「広告会議室」というサイトを作りました。これが初めてのプログラミングです。それで運よく「Webクリエーション・アウォード」という賞をいただき、それがきっかけでそのまま起業することになりました。

「広告会議室」のサイト画面。

「広告会議室」現在は閉鎖中

もともとはコピーを書きたかったはずが、いつのまにかプログラムを書く人になってしまった。でもそれが巡り巡って、読書メーターや、今やっていることにつながっている。当初思っていたこととは違うけれども、やりたいことをやっていたら、それが結果として仕事になった。だから、趣味でもなんでもいいと思うんです。

——それでみんなうまくいきますか?

それは分からないですけど……。でも、このインタビューの打診を受けた時、あらためて「やりたいことが見つからない」ってなんだろうと考えてみたんです。やりたいことが出てこないっていうのは、そもそもやりたいことがないということなんだろうか。

赤星琢哉さん横顔

僕としては、「とにかくやってみればいいじゃん。そのうち楽しくなるから」という考えで。見つからないという人は、もしかしたらいきなり「これが正解」という答えを見つけようとしているんじゃないかな。それよりは、とにかく目の前のことからちょっとずつやるほうがいいんじゃないかと思うんですよね。

そう考えると、やっぱり最初からビジネスとか成長に真面目にフォーカスすると難しくなる。仕事にしようとなると、当たり前ですがお金が回るための仕組みも考えたりしなきゃいけないので、すごく大きなことになってしまう。その結果、一歩が踏み出しにくくなるじゃないですか。

それを取っ払うと、もっといろんなことができるようになる気がします。それこそ10年続けたいと思えるようなものもきっと見つかると思うし。10年続けたら、その時は結果的に仕事になってるんじゃないかと思うんですよね。

——なかなか一歩が踏み出しにくい時代でもありますしね。インターネットでいろんなものが可視化されて、自分がちょっと「やろうかな」と思ったジャンルで、すでに結構すごい人がいっぱい目に入りますし。

それはすごく思いますね。もしかしたら、あまり見ないほうがいいのかもしれないですね。読書メーターを作った時も、「同じようなサービスがすでにあるよ」と人から聞いたのは、作った後の話で。その時は似たようなサービスがあるなんて知らなくて、とにかく自分が欲しいと思うものを作って出してみた。最初から知っていたら、もしかしたらやらなかったかもしれないですね。

でも、例えばサッカーをして遊ぼうという時に、「メッシには絶対勝てないから、やるのはやめよう」とはならないじゃないですか。サッカー選手として食っていこうとなったら、もしかしたら考えるかもしれないけど。遊びだと考えたら、自分が満足すればいいだけの話だから。そういう意味でも、あまり最初から真面目に考えすぎないほうがいいんじゃないかという気がします。

やりたいことはすでに手の内にある?

——今回は旅行のサービスということですけど、赤星さんご自身は普段、どんな旅行をしているんですか?

昨年は13回、今年は10回、月に1回くらいの頻度で旅行に行っています。一人で行く時もあれば、友達と行くことも。家族のこともあるので、一回の旅行は3、4日くらいで、長くても1週間くらいなんですけど、でも旅程をガッチリ決めるというよりは、行った先で面白そうと思ったところを回る感じです。一日現地ガイドを雇って案内してもらったり、とか。

タイを旅行中の赤星琢哉さん

タイにて

——どんなところに面白さを感じて、旅行好きのためのSNSというアイデアに?

レストランや本もそうですけど、体験した人に直接聞くことで、もっと楽しくなることがあるんじゃないかと思うんです。本やインターネット上には、ランキングや点数など、参照できる情報はたくさんあって、そうしたものは集合知になっていたりします。そういう情報にも価値はありますが、僕としては行った人に直接「どこがオススメですか?」とか「何が美味しいですか?」って、ある意味独断と偏見を聞けたらいいな、と。

結果的にそこで聞いた情報もランキング上位で、聞かなくても行けたかもしれない。でも、そこでコミュニケーションを介することで、後で「行ったよ」みたいな会話もできて、さらに楽しさが広がるかもしれない。

本にしても、人から勧められた本ですごく面白いものがあると、「この人に勧められなかったらこの本に出会えただろうか?」とよく思います。勧めてくれたその人がいなかったら、おそらく僕がその本を読むことは一生なかったでしょう。そういうことが大切だと思ってるんです。それを旅行でもやってみたいんです。

ネパールを旅行中の赤星琢哉さん

ネパールにて

——そういう意味では、ずっと一貫したことをやっている?

そうかもしれないですね。根本的なところでは、「自己表現をする場を作りたい」というのが自分の欲求なのかもしれません。

思えば、最初にキャッチコピーのサイトを作った時からそうでした。2003年当時はキャッチコピーを学べる大きな学校が東京や大阪など大都市にしかありませんでした。でも、インターネットがあれば本来、表現はどこにいたってできる。田舎に住んでいてもすごい才能を持った人はいるはずですし、「そういう人がインターネットの力を使って自分を表現できるようになったらいいな」と思ったんです。

読書メーターもそう。いい本と出会いたいという欲求ももちろんあるんですけど、一方で、自分が読んでどう感じたのかというのを表現して、披露する場でもあります。そうやって書いたものがいろいろな人に認められて、「楽しいな」と感じてくれたら、それはすばらしいことじゃないですか。

だから、コピー、本、旅行と扱うものは変わっているけれど、それは自己表現するためのフィルターのようなものであって、根本的なところではずっと変わっていないのかもしれないですね。

——だからもしかしたら、自分がそれまで自然にやってきたことはなんだったのかを丁寧に振り返ってみたら、今後やっていきたいことが見つかる可能性だってあるかもしれないってことですよね。

何がどうつながるかは分からない。でも行動しなければ何にもつながらない

——好きなことをやり続けていると、結果的にそれが仕事になる。おっしゃることは分かります。個人的にはそれを実感することも多いです。けれども会社で働いている人にも同じことができるでしょうか。守るものも多いかもしれません。

会社を辞めなくても、できることの幅は広がっていると思います。これも繰り返しになりますけど、僕だったらあまり考えずに、とにかくやるのがいいと思う。一歩踏み出せないというのは、どこか難しく考えすぎなのかもしれません。

対談中の赤星琢哉さん

やりたいことって、きっと誰にだってあるはずなんです。でも、それをどこか自分で抑えているんじゃないでしょうか。仕事があるとか。時間がないとか。やってみた時の周りのリアクションが気になるとか。

でも、行動しないことには何も始まらない。将来にどうつながるとかいうことも考えずに、やる、行動するということだと思います。

何がどう将来につながるかなんて、やる前には誰にも分からないじゃないですか。僕の場合も、作ったコピーのサイトをたまたまニュースサイトで取り上げてくれた方がいて、その方が主催する勉強会で出会った方から、のちにアプリ開発を共にする人を紹介してもらいました。

「そうしよう」と思ってやったことじゃない。だから、何がどうつながるかなんて分からないんです。でも、行動しないことには絶対に何にもつながらないことだけは決まっているので。

——あまり考えすぎずに、とりあえずやってみることが大事?

アドバイスになっていなさそうですよねぇ……大丈夫かなあ(苦笑)。

——でも、案外それが本質だったりもするわけですよね。やれない理由はそれこそ挙げたらキリがないですし。

そうですね。脳の働きでも、一度動き出すと止まらなくなるところがあるじゃないですか。何かを始めるまでは大変だけど、一度始めてしまうと勢いに乗るというのは、脳科学的にも証明されている部分があるらしいんです。だから、とにかく動くというのはいいことなんだ、と。

まあ、そう言われても……という人もいるかもしれないですけど、そういう人はルールを決めてしまえばいいんですよ。誰かが言っていて「なるほどな」と思ったのは、何かを思い付いたら、3秒だか5秒だか以内に動いてしまうというやり方。人間は放っておくと、すぐにやらない理由を考え出す。だったら考えつく前に動いてしまえばいい、と。「ジムに行かなきゃ」と思ったら、行かない言い訳を考える前にすぐ動く。

——明確にルールを決めて仕組み化してしまえば。

失敗した時のイメージを想像してしまうと動けなくなってしまうから。3秒とか5秒とかいう数字に根拠があるかは分からないですけど、一理あるな、と。

旅行とかでも、「どこどこへ行きたいなー」と思っても、なんだかんだ言っている間にどんどん時間が過ぎてしまって、飛行機の席がなくなってしまうってあるじゃないですか。だったら誰と行くかも、行った先で何をするかも決まってないけれど、とりあえず予約だけしてしまう、とか。

最近はますます情報を仕入れることが容易になっていて、いくらでも下調べができてしまう時代でもありますし。失敗例なんて、それこそインターネット上に山ほど転がっているので、それを見ると二の足を踏んでしまう。だから、もっといい意味で鈍感というかバカになるのがいいんじゃないかと思います。僕も来年は(2019年は)もっとバカになりたいと思います。

——「バカになれ」「踏み出せば、その一足が道となる」ってなんだかアントニオ猪木みたいですね。でもすごく重要なことのような気がします。

赤星琢哉さん

(取材・文、鈴木陸夫、撮影・ 伊藤圭)

"未来を変える"プロジェクトから転載(2018年12月27日公開の記事)