株式会社MORE・CAL代表取締役社長 熊澤壽

 「当社は財務系システムは完璧なんですが、生産系のシステムが弱いんです」――こんな話をよく聞きます。どこの企業にもある意見ですが、私は常々、IT(情報技術)投資の本質から非常にずれた認識だと思っています。

 ご存じの通り、財務のシステムの中には企業にとって最も重要な、売り上げと利益という2つの数字が存在します。利益計算には原価が不可欠であり、原価は生産システムによって算出するものです。時間会計や配賦を考えた場合には人事システムも原価に大きな影響を与えることは言うまでもありません。よって、前述のケースは「財務系システムも完璧ではない」というのが正しい認知であると思うのです。
 
 売り上げという数字を考えてみましょう。原価を算出する重要な基準が年間売り上げ計画です。設備投資額や稼働率や固定費、配布基準を算出する基になる売り上げ計画は何から求められるのでしょうか?

 製造業の場合、必ず部品調達リードタイムと生産リードタイムが存在しますので、売り上げを最も確実に予測できる数字は受注であるといえます。

 では受注の前の姿は何でしょう?フォーキャスト(予測)ですね。フォーキャストの前の姿は何でしょう?商談ですね。このように商談管理は事業計画にとって非常に重要なのですが、一体どれほどの企業が商談管理をシステマティックに行うためにSFA(セールス・フォース・オートメーション)やCRM(カスタマー・リレーションシップ・マネジメント)を駆使し、合理的な予測値を会計モジュールに入力しているでしょうか?

 原価の問題も売り上げ予測の問題も同様なのですが、ビジネスはすべての機能が連携し、相互作用して初めて完結するのですから、1つの機能だけが素晴らしく、別な1つの機能が問題であるという評価はなじみません。システムの優劣を判断する際はあくまでもシステム全体としての機能を客観的に見なければならないのです。

 では、どうすればシステム全体を包括して客観的に見られるのでしょうか?それはゼネラリストの育成に尽きます。

 情報システム部門には、どうしてもスペシャリスト集団になってしまう傾向がありますが、スペシャリストゆえの大きな問題が存在します。専門分野であるIT以外の分野では対等に戦えない(議論できない)点です。

 従って、財務のシステム構築は財務部門が、生産のシステム構築は生産部門が、営業のシステムは営業部門が導入の主導権を持ち、IT部門は社内下請け的にITという専門分野に特化した業務を遂行するだけになってしまいます。

 結果、企業のトップが財務出身であれば財務のシステムに投資し過ぎたり、生産畑の役員がトップに就任した場合は生産システムにばかり投資したりといった、アンバランスなIT投資も珍しくありません。

 加えて、各部門が独自の発想を基に、全体最適思考を欠いたままシステムを構築すると、生じる問題をほかの責任にしてしまいがちです。「品質が悪いのは生産システムがお粗末だから」「利益性が向上しないのは原価システムがおかしいから」「納期遅れが多いのはフォーキャストシステムがおかしいから」「部品調達リードタイムが長いのはBOM(部品表)上に代替品を登録できないからだ」などなど。

 面白い例があります。ある会社の違う事業部(仮にA事業部とB事業部とします)で同様の製品を製造していました。

 2つの事業部では異なったフォーキャストシステムとプランニングシステムを使っていました。生産台数も製品の仕様も同等なのですが、A事業部は常に納期遅れを抱えており、B事業部はほとんど納期遅れがありません。

 当然A事業部の事業部長は常にお叱りを受け、役員会でも「B事業部を見習え!」という話になっていました。結局「B事業部のフォーキャストシステムとプランニングシステムが素晴らしい」と認知され、A事業部は早速B事業部と同じシステムを導入することになりました。

 “面白い例”と前置きしていますので、どういう結果になったのかはご想像の通りで、B事業部と同じシステムを導入したA事業部の納期遅れのレベルには何の変化も見られませんでした。

 理由はしごく簡単な話で、B事業部では営業部門がこまめにユーザーを訪問し、フォーキャストの精度をかなり高いレベルにまで上げていただけだったのです。

 このように部門最適に走り、問題の本質をとらえずに「システムが悪い」と簡単に責任転嫁してしまう傾向はどこの企業にもあります。
 
 “部門最適のIT投資”は決して部門セクショナリズムだけが原因ではなく、コンサルタントやITベンダーなどの社外の開発リソースによるものも少なからずあります。一口にベンダーと言っても、生産系に強いベンダー、財務系に強いベンダー、ロジスティックス系に強いベンダーなどが存在します。強い分野以外は決して詳しい訳ではないので、すべての業務を包括した全体最適のIT投資ができるケースは極めて貴重です。

 結論として、現在日本企業に最も望まれるのは、IT部門に名実共に“CIO”と名乗れるゼネラリストをアサインすることです。現状はこのミッションをコンサルティング会社に求める企業が多く見られるのですが、残念ながらコンサルティング会社におきましても全体最適をマネジメントできる人材は極めて希少であり、真のマネジメントリーダー(プロジェクトマネジャー)を欠いたまま、混成チームかつ合議制で運営されてしまうケースが多いのです。

 各部門をわたり歩き、経営企画室長並みのビジネスナレッジを備えたゼネラリストたる“CIO”の育成が“全体最適のIT投資”をもくろむ日本企業の最も大きな課題であると考えるのですがいかがでしょう?

熊澤 壽(くまざわ ひさし)
独立系IT・ビジネスコンサルティング企業、株式会社MORE・CAL代表取締役社長
熊澤 壽(くまざわ ひさし) 1957年生まれ。CSKを経て、1985年にネミック・ラムダ(現TDK-Lambda)入社。同社にて取締役マーケティング本部長や海外子会社社長、執行役員BPR推進室長、執行役員情報システム本部長、執行役員管理本部長を務めERPの全社導入やJ-SOX法対策を指揮し、インド系IT企業の代表者をした後に独立。2010年4月より現職。株式会社MORE・CALのホームページ。ITproにて『“抵抗勢力”とは、こう戦え!』を連載。

■変更履歴
第2段落で「配布」とあったのは「配賦」の誤りでした。お詫びして訂正します。本文は修正済みです。[2011/01/12 20:10]