中堅製造業A社のシステム部長が困惑顔で、筆者にこう尋ねた。「この提案書をどのように評価すればよいのでしょうか」。A社は在庫管理の強化を目的としたシステム導入プロジェクトを進めていた。ユーザー部門とシステム部門が共同でシステム企画を行い、具体的な要求に落とし込んでRFPをまとめた。そしてそのRFPを複数のベンダーに提示し、提案を求めた。

 すると、あるベンダーから納得のいかない提案書が出てきたのだ。このベンダーをX社としよう。X社はA社に基幹系システムを納入し、保守を行っているいわば「メインベンダー」だった。A社はベンダー各社と、RFPを渡すまでに数カ月掛けてコミュニケーションを取った。RFI(情報提供依頼書)を出して回答を基に面談を行い、脈のあるベンダーのみに提案を依頼するという手順をきちんと踏んでいた。

 X社の提案書は明らかに、あて先さえ変えればどこにでも出せる内容だった。そしてA社を最も失望させたのは、見積もり金額が未記載であったことだ。RFPには当然、「見積もりは総額だけでなく、内訳も詳細に記載してください」と明示している。ところがX社の提案書には、明細どころか総額すら書かれていなかったのだ。

 筆者が「これは『辞退』ということでしょう」と答えると、「やはりそうですか」と、システム部長も察しは付いていたようだ。だがすぐに、システム部長の顔色は困惑から怒りに変わった。「このような提案辞退のやり方というのは、どうなのでしょうね。うちのメインベンダーですよ。昨日今日の付き合いではないのに」。

 A社は4年前に基幹系システムの刷新を決断し、X社をパートナーに選んだ。しかし稼働直後にトラブルが続発し、A社もX社も悪戦苦闘の連続であった。A社の立場からいえばX社への文句は山ほどあったが、X社のエンジニアたちも必死で頑張っており、両社が協力してトラブルに立ち向かった。ようやくトラブルが収まったころに信頼関係も出来上がったのである。

 しかし、トラブル収束後すぐにX社のエンジニアたちは異動となり、保守担当として別のエンジニアがアサインされた。その保守担当も1年とたたずに異動して、稼働後3年間で3回も保守担当者が代わった。さらに、営業も毎年のように交代した。営業やエンジニアが交代するたびに、A社とX社のコミュニケーションは細くなっていった。

 それでもA社は、メインベンダーであるX社に期待していた。今回の案件でも「本命」はX社だった。そこに、見積もり未記載の提案書が出されたのである。その後、この提案について問いただしたところ、X社からは「営業が勘違いしてしまった」などと苦し紛れの説明しかなく、A社はさらに大きな失望を感じたという。

 提案の辞退はベンダーにとって難しい問題だ。下手に辞退するとその案件だけでなく、次から声すら掛けてもらえなくなると感じるからだ。ただし、ビジネスである以上、提案辞退そのものは悪いことではない。ベンダーの重要な選択肢の一つである。

 提案辞退のタイミングは、(1)RFP受領前、(2)RFP受領後、(3)提案書での意思表示─の三つある。ソリューションを持っていなければ、RFPを受け取る前に断るのが、顧客とベンダーの双方に一番負担が少ない。そしてRFPを受け取り、読み込んで無理だと判断したら、提案書を書く前に断るべきだ。今回のように、金額未記載という手段で意思表示するのはタブーである。RFPの要求やルールを踏みにじるやり方だからだ。顧客が最も不信感を持つ方法だろう。それならば見積もりを倍にして、「値段で負ける」という高等戦術を取った方がよい。

 提案辞退は勇気がいるし、次は声が掛からないリスクはもちろんある。だがそのリスクは、辞退にではなくまさにコミュニケーションにある。

永井 昭弘(ながい あきひろ)
1963年東京都出身。イントリーグ代表取締役社長兼CEO、NPO法人全国異業種グループネットワークフォーラム(INF)副理事長。日本IBMの金融担当SEを経て、ベンチャー系ITコンサルのイントリーグに参画、96年社長に就任。多数のIT案件のコーディネーションおよびコンサルティング、RFP作成支援などを手掛ける。著書に「事例で学ぶRFP作成術実践マニュアル」「RFP&提案書完全マニュアル」(日経BP社)、