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論文紹介 アメリカ軍を蝕む士官の知的水準の低下

軍隊の基礎は人であるとよく言われます。しかし、優れた人材を獲得し、これを適切に教育し、高い能力水準を維持することは容易なことではありません。世界で最高水準の戦闘能力を誇ると言われているアメリカ軍であっても、こうした問題に近年悩まされています。

今回は、アメリカ軍において人的戦闘力の劣化が知的水準の低下という形で進んでいることを指摘し、教育や人事のあり方を改革すべきであると主張した論文を紹介したいと思います。

論文情報
Matthew F. Cancian. 2016. "Officers Are Less Intelligent: What Does It Mean?" Joint Force Quarterly, Vol 81, No. 2, pp. 54-61.

アメリカ軍の士官の知的水準の実態

著者の主張によれば、アメリカ軍に入隊してくる士官候補生の平均的な知的水準は近年ますます低下する傾向にあり、将来的に高級士官として勤務できる人材が不足する可能性が出てきています。
さまざまな根拠が示されていますが、例えば第二次世界大戦に海兵隊が士官候補生に要求した学力水準を現在に適用すると、現在の多くの海兵隊士官がこれを満たすことができないことが指摘されています。
「アメリカ軍は、21世紀の戦いの複雑性に必要とされる指導者を獲得することができていない。この問題は「将来の兵力(Force for the Future)」計画において中心的な役割を果たしたが、現在はそれを裏付ける確固とした証拠がいくつかある。情報公開法の申請に基づいて得られたデータによれば、1980年以来、海兵隊の新しい士官の知能は着実に低下している。2014年に任官した新たな士官の3分の2の学力水準は、1980年の分類で下から3分の1に当たる。2014年の新しい士官の41%は、第二次世界大戦に設定された基準で士官になる資格がなかった。同様に、その人員配置の最終段階において、究極的には高級士官になるであろう極めて理性的な士官が少なくなっているのである」(Cancian 2016: 54-5)
ちなみに、海兵隊だけでなく陸軍でも同様の傾向が生じており、陸軍士官候補生に対する調査では、1990年代後半以降になって学力の低下が進行し始めていることが確認されています。

GCTによる知能検査とその結果の検討
青線が1980年、赤線が2014年に入隊した士官の一般分類検査(GCT)での点数
1980年の成績と比較すると2014年の成績は全体として低下していることが確認できる
(Ibid.: 57)
著者はこの問題をより詳細に検討するために、海兵隊でこれまでにも継続的に実施されており、かつ知能検査として一貫した判断基準が採用されている一般分類検査(General Classification Testm GCT)の結果に注目しています。GCTはかなり長期間にわたって兵士が持つ知能を定量的に把握することに役立てられており、訓練や戦闘での業績との関係についてもさまざまな方法で分析され、人事管理でも利用されています。

例えば、第二次世界大戦におけるアメリカ軍では入隊希望者に対して知能検査を行っており、基準の点数を取ることができなかった者については、新兵訓練に進む前に準備教育を受けさせるか、それとも入隊させないという措置を講じました(Ibid.: 55)。
知能検査に基づく人事管理は士官にも行われており、例えば大戦中にアメリカ軍では大学を卒業していない者はGCTの得点が110点以上でなければ、士官候補生学校への入校は認めませんでした(Ibid.: 56)。当時の海兵隊士官候補生の大部分がGCTで120点を取っています(Ibid.)。

GCTで評価される知能が兵士としての業績とどのような関係にあるのかという疑問については、すでにいくつかの研究が行われています。著者は海兵隊士官が6カ月にわたって受ける基礎学校(The Basic School, TBS)における武装障害走、教官や同期から見た統率能力、学業を総合した成績と、GCTでの点数は相関係数で0.65と強い相関があるとする研究を紹介しています(Ibid.)。

以上を踏まえた上で、1980年代と2014年の士官の平均的な知的水準の格差を見てみると、やはり以前よりも平均的な成績が低下していることが認められます。GCTの最高点は160点ですが、1980年の士官で155点以上を得点したのは14名であり、2名を除けばこの士官はいずれも佐官にまで昇進しています(Ibid.: 57)。しかし、2014年に155点以上を得点した士官は一人もいません(Ibid.)。このような士官ばかりでは将官クラスの人材を確保しようとしても、見合った能力を持つ士官がいないことになります。

GCTの評価を軽視する立場からは、若い士官に知性など必要ない、必要なのは統率と体力である、という議論も聞かれます。確かに、第一線で部隊の指揮をとる場合には、統率や体力といった要件が重要であるという見解には説得力があります。
しかし、そうだとすれば、兵卒から選抜され、体力と技能に優れた下士官に小隊や中隊、大隊の指揮が認められていないことは極めて不合理なことであり、わざわざ士官を充てることの意味はないということになってしまいます(Ibid.: 57)。

さらに批判を付け加えれば、体力と業績に相関があるという見解は科学的な根拠によって裏付けられたことがないという根本的な問題もあります。著者は、知能の検査で得られた結果と、体力の検査で得られた結果を比較した場合、体力よりも知能の方が高い相関が確認できることを指摘しており、士官の能力の多くは体力よりも知能に依存していると論じています(Ibid.: 57-8)。

知的水準の低下が組織を蝕む危険
著者はアメリカ軍の士官の平均的な知能水準が低下する前に、対策を講じるべきであると主張しています。もしこのままの状況が続けば、いずれアメリカ軍の能力の低下が引き起こされるだけでなく、高度な戦略的意思決定を下せる人材の不足に直面する可能性があると指摘しています。
「士官の知能の低下は二つのレベルでアメリカに危険をもたらす。第一に、短期的には能力が劣る下級士官を増加させ、第二に、長期的にはアメリカが必要とする戦略思想家を生み出さないのである。軍隊の大多数の感情的な反応として、同調者をかき集め、問題の存在を否定することである。しかし、我々は効率的な軍隊を真に必要としており、このような事態が起きることを許すことはできない。改革のための議論は、士官集団の知能の低下の兆候から数多くの重要性を与えられる。これは単なる危機である必要はない。それは機会ともなり得るものであり、我々はこれを完全かつ決定的に活用するものである」(Ibid.: 61)
士官の知的能力の低下は表面的には観察し得ないものです。しかし、静かに軍隊の人的基盤を空洞化させる危険をもたらしています。
この事態を放置し続ければ、アメリカ軍の能力はますます武器や装備の性能への依存を深め、戦略的に妥当な決定を下す能力は低下し、次世代の士官を適切に教育することもままならなくなるかもしれません。今後、こうした問題がどのように解決されるかは、冒頭でも言及した軍隊内部の教育訓練の改革「将来の戦力」計画がどれほど成果を上げるかにかかっているでしょう。

むすびにかえて
この論文に一つ問題があるとすれば、なぜこれほどまでに成績が低下しているのかが詳細に分析されていないことでしょう。この論点については、今後さらに検討する必要があります。

またこの論文は士官の質を高めることが非常に重要であるにもかかわらず、なかなか容易なことではないことも示しています。今後、日本で予測されている少子高齢化が進んでいけば、民間部門と若年労働力の奪い合いが激しくなり、結果として防衛部門に配置される労働力の質が低下しやすくなる可能性もあります。そのような事態が継続すれば、防衛力の人的基盤は空洞化していき、有事において深刻な人材不足に直面するという危険も考えられます。アメリカだけでなく、日本も今のうちから将来発生し得る課題の深刻さを認識し、必要な対策が何かを研究しておくことが重要でしょう。

KT

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