24ビットの音にしても利用者にはなんの得にもならない理由

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24ビットの音にしても利用者にはなんの得にもならない理由

Appleとデジタル小売各社が24ビットのオーディオを提供するらしいですね。売るのは簡単。「スタジオは24ビット使って楽曲ミックスしてるんだから消費者もこれで聴かないと」って言われたら、普通そうかなって思っちゃいますもんね? それが大間違いなんですよ。

24bitのオーディオは確かにレコーディングスタジオでは必需品かもしれないけど、スタジオどまりになっているのにはそれなりの理由があるんです。

24ビットの音は「ノイズフロア」(サイレント・アンプリフィアを無茶苦茶高くかけても聞こえるノイズ)が本当に低く、16ビットだと若干高い。音をクリアな大音量で再生するスタジオだったらコレ問題かもしれないけど、エンドユーザーはもう完全にマスターし終えたノイズのない状態で買うのだから、ノイズフロアなんて関係ないんですね。

CDの音質は消費者向けのHD並みな音の定義として一応受け入れられているわけですが、あのCDですら16ビットですし。

24ビットの音は「ダイナミックレンジ」(一番小さな音と一番大きな音の差)もベターというんですけど、ダイナミックレンジなんて既にCDので十分ですよ。今は大音量を競うラウドネス戦争のせいで、楽曲はほんの数デジベルの範囲に収まっているので、そのポテンシャルさえ生かしきれていないのです。テレビのCMがあんなにうるさいのも理由は同じ(音が大きい方が売れると思ってる)。現代の音楽は鼓膜つんざくような音に最初からミックスされてちゃってるので、昔デジタル革命で起こると約束されたダイナミックな利点なんてどっか飛んじゃってるんですね。これは音楽業界内部のカルチャーの問題なので、3月25日は「ダイナミックレンジの日」ということで反対運動も行われるようですよ。

スタジオなら楽曲ミックスでデジタルエフェクトを加える微妙な処理があるので、高い24ビットのレゾリューションのファイルの利点を活かす場もあるんですが、家で聴く人はエフェクトなんて使いませんものね。

あと24ビットだとファイルサイズもでかくなるし、携帯楽曲プレーヤーの多くは24ビットのプレイバックをサポートしていないんですね。これも忘れちゃならないポイントです。

一般消費者にとっては24ビットなんて無用の長物なんです。この先もずっと。

なのにどうして24ビットなのか?

ここで出てくるキーマンがヒップホップのプロデューサー、ドクター・ドレー(Dr. Dre)です。彼は数年前からオーディオ愛好家向けに「Beats」というヘッドフォンを出しています。彼が所属するレコード会社インタースコープのジミー・アイオヴィーン(Jimmy Iovine)会長兼CEOも、HDファイル鑑賞用のハイレベルなヘッドフォンとして宣伝すれば売れるという手応えを感じたようで、共同でプッシュしてるんですね。

24ビットというコンセプトを大手レーベルと楽曲配信サービスに持ちかけたのは、このBeats Audioのチームなんです。Spotifyみたいな楽曲配信サービスはファイル容量が大きくなればストリーミングの時間とコストが嵩むので太刀打ち出来なくなる、これで今成長中の楽曲サブスクリプション市場から既存の販売収入を取り戻せるよ、とでも進言したんでしょう。

先日開かれたHPのwebOS搭載新製品発表の場でアイオヴィーン会長は「ユニバーサルと24ビットに変更する作業を進めているところだ」ということを明らかにしました。「Appleも協力的だ。彼らと他のデジタルサービス(ダウンロードサービス)と共同で24ビットへの移行を行っている。彼らの電子端末の一部にも変更を加えることになるので、まだ先は長いけどね」

ハイファイ産業にとってオーディオ愛好家は常にカモ...気を付けないと。iPod付属ヘッドフォンで聴くより良質な機器で聴く方が音がいいのは疑問の余地もないことだけど、今の音楽産業のマーケティングに任せていたら世の中オーディオ愛好家だらけになっちゃいますよ。

CDみたいな16ビットのロスレスオーディオをiTunesで提供するんなら、レコーディング関係者も歓迎・推奨したと思うんですが、24ビットの動きは大詐欺の様相を帯びつつあるように思いますね。業界は無形のものに価値を見出して売り込む達人かもしれないけど、それで値段とストレージが嵩むんでは損をするのはまた消費者でしょう。

【筆者紹介】Tom Davenport: レコーディング・エンジニア兼ライターとして英国のSpinner、thisisfakeDIY、Antiquiet、The Ocelotに寄稿多数。ブログはtomdavenport.co.uk、ツイッターは@TomDavenport

Tom Davenport(原文/satomi)