"科学者が仏教徒になるまで"『水曜日のエミリア』


 ナタリー・ポートマンイヤー、これが三本目!


 新米弁護士のエミリアは、同じ弁護士事務所の上司ジャックと恋に落ちる。不倫の果てに妊娠、ジャックは妻と別れエミリアとの結婚を決意。しかし、連れ子である8歳のウィリアムはなかなか心を開いてくれず、生まれたばかりのイザベラが、わずか数日で突然死したことで、新しい家族はギクシャクするように……。


 予告観た感じでは大して期待してなかった……というか、予告編で筋が全部わかって、もうほとんど観たような気になっていた。ああ、これなら予告観ないでおけばよかったなあ、と思っていたのだが……。
 やっぱり先入観持つって大事だよね! 先入観があるから、それを裏切られる楽しみってのが生まれるんだよ!


 『抱きたいカンケイ』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20110428/1303909730)でも的確なキャスティングにうならされたのだが、今回もナタリー・ポートマンの熱演には驚かされた。登場シーンの眉が寄った固いイライラした表情がまずいいんだが、その後に出て来る義理の息子ちゃんのウザさに直面し、なんとか素を保とうとしたり、無理に機嫌良く振る舞ってみせようとしたり、ついに耐え切れなくなって泣いてしまったり……。不安定な精神状態になっている上に、経験のない境遇に置かれ苦しむ様がリアル。しかもキャラクターを次々と矢継ぎ早にその状態に放り込む、舞台設定、人物配置、脚本が抜群に上手いのにも驚いた。
 特に8歳の義理の息子ちゃんのキャラクターが素晴らしい。『アイ・アム・レジェンド』の子役だそうだが、全然覚えてなかった。科学オタでガキの癖に理屈っぽくて、ガキだから当然無神経なんだよね。いちいち一言余計なことを言いおる。弁護士の父親と医者の母親の、割合ずけずけと物を言う家庭環境で育ったせいか、遠慮がない。それが赤ん坊を亡くしたばかりで情緒の不安定な主人公には、いちいちグサッと来る。言う事は聞かず口答えばかり、人の気持ちもわからない……。でも、そればかりでもない。言動は人に誘導されている面もあるし、オタクだけど男の子っぽい自尊心や競争心も持っている。遠慮がないけれど、その分感情表現はストレートだし、はっきり言葉にして主張が出来る。何より、実はその理屈っぽさとずけずけ物言うところは、主人公エミリアとも共通するすごく気の合う部分でもある。無理にウエットな「母親」役を演じず、そもそも「継母」なんだからそれでいいんだよ、というスタンスもそこで生き、日常的に離婚結婚が繰り返される中、自らを「ステップマザー」と称する主人公の立ち位置から、日本の家族像を代入すると読み解けない家族観の全貌が見えて来る。


 主人公エミリアの目線でばかり観ていると、他のキャラクターに対して「おまえ、いい加減すぎるよ」「頭固いんじゃない?」「一言多いぞ」「はっきり言えよ」などと色々突っ込みたくなる。だが目線を変えて考えるとそれらは互いに矛盾していて、さらにはエミリア自身にも多くが当てはまることであるのにもやがて気づく。これらの関係に唯一無二の正答はないのだ。
 夫、元妻、両親(離婚済み)、友人、多くの人にエミリアはきつい言葉を投げかけてしまう。もちろん、言われた相手にも至らぬところ、間違ったところも多々あるのだが、それはエミリア以外の人間から見たら理解も許容もできないことではない。逆に、はっきりした物言いばかりのエミリアが、それゆえに多くの人との関係を結べている面もあるのだ。その中でも互いが変わって歩み寄り、人の過ちも受け入れなければならない。複雑な環境に見えるが、全てはつながっている。
 キャラクターの中でもリサ・クードロウの演じる元妻は、かなり嫌な面が先に立っていて、脚本上のフォローも少ないちょっと損な役回り。しかし、彼女はナタリー・ポートマンと共に製作総指揮もしている立場。一番嫌な奴を率先してやっていると言っていいのだろう。偉い!

 しかし、これ企画したの、振り付け師と会う前なんじゃないの? まるで今後の出産と「その先」まで見据えたような作り。ナタリー・ポートマンはどこへ行くのだろう? まあ次は当然監督だろうね。全体に重い話だが、ハーバード大ギャグも交えたそこはかとない軽妙さと、面倒なこともあるけれど人と関係を結び親しく過ごすことの楽しさも描く。


 『スコット・ピルグリム』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20110517/1305626160)で恋愛について考え、『ブルーバレンタイン』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20110504/1304412562)で結婚について考え、そしてこの『水曜日のエミリア』で家族について考えました。引っかかる事と言えば、こいつらとりあえず金だけはがっちり持っていることだな。切迫せずに考えるだけの余裕がある、それはとても恵まれたことだ。
 『ブラック・スワン』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20110512/1305173515)のおかげで、二年遅れで日本公開となったわけだが、寝かしておくにはもったいない秀作であった。ラストも泣いたよ。隣の席の爺さんも泣いていた。ブッディスト万歳! でも日本公開版は17分も短くなっている。いったいどんなシーンがあったのだ……?

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