Muranaga's View

読書、美術鑑賞、ときにビジネスの日々

日本から工場はなくなるのか

低コスト化による収益性を求めて、製造メーカーのファブレス化、海外への生産委託が進んでいる。この傾向が続くとどうなるか。日本から工場は全くなくなるのか。そうなったら、生産現場がわかる人が育たなくなるのではないか。生産がわからずして、商品のデザイン・設計ができるのか。

僕はもともとソフトウェア屋だが、プログラミング経験のない人には、ソフトウェアの設計はできない。これと同じようなことは「ものづくり」にあてはまらないのだろうか。

そんな素朴な疑問を持って、東大のものづくり経営研究センター長、藤本隆宏教授の講演「日本に『良い現場』を残せるか」を聴いた。藤本先生は、日本の自動車の生産現場の描いた『能力構築競争-日本の自動車産業はなぜ強いのか』や、ものづくりだけでなくサービスやソフトウェアなど非製造業もカバーした『ものづくり経営学―製造業を超える生産思想』などを著している。


能力構築競争-日本の自動車産業はなぜ強いのか 中公新書 ものづくり経営学―製造業を超える生産思想 (光文社新書)

藤本先生は今でも週3日は工場に滞在して、ものづくりの現場を見ているとのこと。その話をごく手短かにまとめると以下のようになる:

短期的な収益を求めて、生産現場を中国(などの海外)に全部移してしまう経営判断が、果たして正しいのか?長期的な市場の要求に応えられるのがよい現場。市場の審判が下りる前に、短期的な経営判断で海外に移転してしまって失敗した事例は多い。中国は米国と同様、雇用流動性が高い。「モジュラー(組み合わせ)型」製品の組み立てには向いているが、「インテグラル(擦り合わせ)型」のものづくりには向いていない。中国に出て最初の1年は収益力が回復して経営としてもよく見えるが、中国の工場では離職率が 100% に近いので継続的な「能力構築競争」を続けられなくなる。逆に日本の工場を鍛え続けることで、生産性が5倍になり、結果として中国よりもコストがよくなった事例もある。

日本は摺りあわせ型の製品、すなわち複雑なものを作るのが得意である。高水準の生産性・品質・納期を安定的に実現できる「能力構築競争」を続けられる生産の場こそが「よい現場」であり、日本に残すべきである(そうでない現場は海外に移転してもよい)。長期的にはそれがグローバルでの比較優位になる。たとえば以下のような工場を日本に残すべきである:

  • 比較優位を持ち世界で勝負できる高生産性工場
  • 国内需要に敏感・迅速に応える高感度工場
  • 国内の設計比較優位を支える開発工場(設計のための開発現場)

結局、一番大切なのは人であり、組織能力。日本が得意な組織能力としてのものづくり力を鍛え続けることが重要である。

冒頭の僕の素朴な疑問に対する答えも明快だった。「設計だけを残してファブレスにしたら、結局設計もダメになり、会社もダメになる。」ものづくりという視点では、ソフトウェアもハードウェアも同じなのだ。しかも藤本先生は現場を生産、つまり工場だけに限定してはいない。設計・販売・サービスも含めて、現場ということばを使っている。

経営者は短期的に業績を求められる。そのためにはコスト(固定費)削減という手段が有効だ。しかし一方では長期の視点に立った戦略的な判断をしなければならない。人材育成・組織能力向上には時間がかかる。雇用流動性の高い環境にある米国企業とは違い、戦略に合わせてごっそり人を入れ替えるようなことは、伝統的な日本の製造業には難しい。危機の時にこそ、耐えて、現場を鍛えて、競争力をつける。人材が動かない日本ならではの、複雑なものづくり、インテグラル型にフォーカスする。「逆転の発想」を教えられた講演であった。