"奴は常に斜め上をいく"『キラー・インサイド・ミー』


 ケイシー・アフレック主演!


 50年代のテキサス。保安官助手のルー・フォードは、町の有力者の息子が入れあげるジョイスという娼婦に出会う。有力者から、息子のために女を追い出せと命令されるルー。だが、自らジョイスと関係を持った彼は、密かにある衝動を目覚めさせ、一つの計画を思いつく……。


 サスペンス映画である。ある田舎町で起きた連続殺人が題材だ。
 倒叙ミステリである。捜査する側が顔の見えない犯人を追うのではなく、犯人の視点から物語を進行させる手法だ。


 観客は犯人の気持ちと一体になり、時に悪を為す背徳感に酔い、時に正義の審判の下る恐怖に怯える。……そのはずだ。だが、この映画は違う。何かが……狂っている。


 主人公の行動がおかしい。いくつもの揺さぶりがかけられる。金、肉体、友情、法、そして愛……。だが、それら全てに対して彼は小揺るぎもしない。いや、彼自身は十全にそれらに対する欲を持っているようなのだが、他人が示すそれらに対してほだされるところも共感するところもまるでない。友達だ、愛してる、と言いながら、それは一方的な感情であり、代償を求めもしない代わりに簡単に翻す。


 繰り返される殺人は、動機らしきものも一応提示される……のだが、とてもそれらが切実な理由のようには見えない。映画では、「主人公がかかる行動をとる」というところに説得力を持たせるために、そこまでの状況を描写していくものだが、今作はそれを逆手にとったかのようだ。状況が描写されたあとで主人公の取る行動は、そこまでの状況を裏切り、明後日の方向へと進む。主人公の心情を「説明」するはずのモノローグが、まったく説明になっていないところが面白い。「どうしても殺さなければならない」……え!? なんで!? 意味がわからない! 普通、映画見てて「わからない」と思った時というのは、何か伏線やテーマを見落としている、読み取り損ねているのかと心配になってしまうのだが、今作はこの「わからなさ」がキーだ。


 主人公はとても冷静に見える。いくつもの殺人に対し、罪を逃れるための隠蔽工作を次々と行う。自信たっぷり、完璧な計画……だが、実は工作している時点で穴だらけなのが丸わかりだ。観ながら「え? 証拠残っちゃうんじゃない!?」と何度も思ったが、事実、残っていた……。警察も着実にそれを見つけ出して行く。しかし、証拠を挙げられながらも、彼は慌てない。平然と、また無理のある言い逃れを重ねる。


 何かが「麻痺」、あるいは「壊れた」人間。他人の心が、致命的なまでに理解できない。人の心情がわからないからこそ、隠蔽工作においても行き届いた仕掛けができない。その行動には、絶望的なまでに「意味」が通らない。
 終盤に至ってもそれは変わらず、むしろ追いつめるはずの側が、主人公からなんとか「人間性」……つまり理解し得る部分を見つけ出そうとしているように見える。証拠は集まった。証言もある。犯人はこいつ、間違いない。……でもなぜ? なぜわざわざこんなことを?
 いみじくも主人公は、「不可解な事はよくある」と口にする。捏造した証拠の疑問点を物理的に突かれたあげくの言い逃れだなのだが、指し示された真犯人は物理的にではなく不可解だ。理解できないものを見ている違和感が、全編に横溢している。
 そして、自ら招いた破滅に向けて、今まさにまっしぐらに転落しているはずの彼は、一欠片の恐怖さえ示さず、平然と薄ら笑い続ける。


 上司である保安官ボブの語る「太陽は日没の直前が一番明るい」という言葉を、主人公は「間違っている」と一笑に付すのだが、このボブのいうことは科学的にそうだということではなくて、蝋燭の火の燃え尽きる直前、というのと同じく、一種の文学的な比喩のはず。こういうわかったようなわからんような例えを聞くと、普通はその意味を考え、自分の人生や体験に重ね合わせてしまうところだ。そこにまったく思い至らない、表層的な意味しか取れない、というあたりが象徴的だ。
 自分も結構ドライなところがあり、理が勝って感情的な物言いを切り捨てがちなところがある。……のだが、それは心情的にはわかりつつも迷いながら切る部分があるのに対し、この主人公の「最初からまったくわからない」ような素振りが恐ろしい。終盤で手紙を笑い飛ばすところでは戦慄を覚えたよ。


 ケイシー・アフレックの目が笑っていない無機質な演技が素晴らしい。人を安心させるような微笑も、見下したせせら笑いも、どちらも彼の本当の心情ではないようだ。ジェシカ・アルバはちょっと娼婦役はしんどい……んだけど名匠ウィンターボトムはさすがに上手く撮ってるなあ。ちょっと褪色した感じの画面で、自然とちょいうらぶれて見える。そして絶対にトップを映さない乳の隠し方は芸術的! 目の前でほにょほにょと揺れてるのに肝心なとこは見えないという。そしてケイト・ハドソン、いかにも「女教師が脱ぎました」的な下着姿のたるみ方と熟女的エロさに愕然。いや、ものすごいおばさんに見えるが、ちょっと痩せて髪型とメイク直したらまた全然違うと思うけど……つうかまだ32やがね! 『スケルトン・キー』以来に観たが、もうイメージチェンジ狙ってるのかなあ。


 サディスト&腹パン、スパンキングフェチ映画でもある。つうか、スパンキングの痕まで証拠になるとか、どんなダメな犯人なんだ! 倒叙ミステリとしてもサスペンスとしても緊迫感の出しどころが狂った作品なのだが、このおかしさとわからなさが秀逸。


 乾き切った砂漠、照りつける太陽の中、どこか静謐な肌触りと余韻のないエンディングが印象的。変な映画だが必見。

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