通州事件関連エントリー

通州事件の歴史的な意味は、日本が日中戦争にまい進していくにあたっての国民動員のためのプロパガンダとして利用されたという点にあります。正当性のない中国侵略を、どうして日本国民が支持したのか、というのは歴史研究の重要な論点ですが、(軍部の責任が大きいのは言うまでもないですが)昨今ではメディアの責任についても研究が進んでいます。その意味では通州事件歴史学上、どのようにプロパガンダに利用されたかという点に重点が置かれています。
一方で通州事件をメディアとの関連ではなく、事件そのものとして研究した成果というのは、少なくともネット上ではあまり見かけません。軍事史学会などで通州事件関連の論文もありますが、日本軍がなぜ居留民を守れなかったかというのが主眼になっており*1、事件そのものについては踏み込んだ研究がされていません。
通州事件そのものの存在については、否定するものはまずいませんので、「利用されるかどうか以前に、【虐殺の実際があったかどうか】を知りたい」とかのたまう御仁がいるのがちょっと理解できません。そもそも私は事件の経過や被害状況について相当数のエントリーを過去に挙げていますが、それらを無視して「政治利用」に関するエントリーに対してのみこのようなブクマをつけるような人は(以下略)。

通州事件は隠されている、という幻想

「消された「通州事件」」*2、「隠されている中国人による日本人惨殺事件。」*3、「そしてほんとにあった通州事件は、隠されています。」*4、「なぜかこの事件は日本の歴史書や年表に載っていません。」*5、「隠された歴史、通州大虐殺。」*6、「隠された残酷史。通州事件.」*7などなど、随分とおおっぴらに「隠されている」通州事件ですが、もちろん実際には全く隠されてなどいません。

時間的・空間的に通州事件当時を含んでいる日中戦争関連なら、たいてい通州事件の記述があります*8

発行年 通州事件の記述がある書籍名 著者 南京事件への言及
1958年 軍閥興亡史3」(単行本)※1 伊藤正徳 なし
1961年 日中戦争史」 秦郁彦 あり
1963年 「東京兵団 1 胎動篇」※1 畠山清行 あり*9
1970年 「盧溝橋事件」※1 寺平忠輔 -※2
1976年 蒋介石秘録12日中全面戦争」※1 蒋介石 あり
1978年 「日中15年戦争(中)」※1 黒羽清隆 あり
1979年 日中戦争 児島襄 否定論*10
1980年 「ニュースカメラの見た激動の昭和」 「日本ニュース」記録委員会編 あり
1989年 「天津軍司令部1901/1937」 古野直也 否定論
1996年 「日中十五年戦争史」 大杉一雄 あり*11
1998年 「新・ゴーマニズム宣言SPECIAL 戦争論」 小林よしのり 否定論
1999年 「報道戦線から見た「日中戦争」」 西岡香織 否定論

*12 *13

一体、通州事件が「隠された」のはいつのことなんでしょうか?

己の不勉強の原因を、巨大な闇の勢力による隠蔽に求めるのは恥ずかしいですよ。

  • 以下、過去記事

(+追加記事)

日本側証言(戦後)

2012-01-15 「憲兵物語」における通州事件に関する記述
2011-08-10 通州事件に関する日本側証言は正確か?(Sさんの体験談)
2011-08-10 通州事件に関する日本側証言は正確か?(Sさんの体験談2)
2011-08-13 通州事件に関する日本側証言は正確か?(Sさんの体験談3)

ところで、この「Sさんの体験談」なる記述はネット上ではよく利用されていますが、記述内容の信憑性は低く、scopedog個人としてはほとんど信頼できない、という評価です(理由はリンク先の説明を参照のこと)。

冀東暴動(通州事件とは別の事件)

2014-03-02 冀東暴動
2012-01-16 「憲兵物語」における通州事件と冀東暴動

関連資料

2016-07-30 通州周辺の地図

*1:その他に通州事件後の日本軍の民衆工作などについての研究があります

*2:www.h3.dion.ne.jp/~urutora/tushujiken.htm

*3:twitter.com/mimi_nyanko/status/117125441076207616

*4:wishcomestrue.ti-da.net/e3406594.html

*5:http://vaccine.sblo.jp/article/1004537.html

*6:deliciousicecoffee.blog28.fc2.com/blog-entry-3924.html

*7:blogs.yahoo.co.jp/jjtaro_maru/26083525.html

*8:もちろん、特定の事件や作戦、人物に特化しているような本は別ですが。

*9:東京兵団3巻に「所謂「南京の大虐殺」」と言った程度の表現で、本全体の量からすれば言及は少ない

*10:児島襄は、1980年代の家永教科書裁判で、国側証人として否定論を展開している

*11:ただし、一文のみ

*12:※1:以下から引用 http://d.hatena.ne.jp/MARC73/20110129/1296319689

*13:※2については、記述範囲がそもそも南京事件の時期・地域をカバーしていない。