パナソニックAWS活用の衝撃。勝ち残る日本メーカーはもう「モノ売り」には頼らない

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パナソニック・ビジネスイノベーション本部 PaN/Vieureka プロジェクト CEOの宮崎秋弘氏。手にしているのはVieurekaで利用しているエッジAI搭載カメラ。

パナソニックは、急速に「家電メーカー」からソリューションカンパニーへのシフトを進めている。それを象徴するような説明会が、米ラスベガスで開催中のAmazon Web Services(AWS)年次開発者会議「re:invent 2018」の会場で開かれた。

「もはやモノを売るのではない。管理を売る」

そんな発想の元に、パナソニックはAWSと提携し、AIを使った新しい企業向けサービスを展開しようとしている。「Vieureka(ビューレカ)」と名づけられたこのサービスで、パナソニックは何をしようとしているのだろうか?

パナソニック・ビジネスイノベーション本部 PaN/Vieureka プロジェクト CEOの宮崎秋弘氏に話を聞いた。

実店舗の売れ行きをIoTカメラで「計測可能」にする

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パナソニックが公開しているVieurekaの解説ビデオより。

北海道のドラッグストアチェーン・サツドラ(サッポロドラッグストア)のある店舗には、52台のカメラが取り付けられている。カメラは非常にコンパクトで、手のひら程度の大きさしかない。これが店舗内の至るところにあるのだが、目的は防犯「ではない」。

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北海道のドラッグストアチェーン・サツドラでの導入例。52台のカメラが、画像にあるように店舗内に配置され、「店内での顧客の動き」をチェックできる。

このカメラが担うのは、顧客の店内動線と消費行動の把握だ。

カメラにはプロセッサーが搭載されていて、画像認識ができる。顔などを認識することによって顧客の年齢層や性別を分析して、「どの世代の人が、どの時間に何人来場し、店内のどこで商品を手に取ったのか」が分かるようになっている。状況の把握はリアルタイムだ。

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Vieurekaで利用しているカメラ。この中にデュアルコアプロセッサーが内蔵されていて、単体で画像認識を行う「エッジAI」デバイスである。USBを搭載、ネットワーク環境がない場所への設置時にはLTE接続を含めた拡張も可能。

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店舗への来場者データを「リアルタイムに」表示。年齢層や性別などの属性で自動分類される。

同じカメラを導入した、福岡の「スーパーセンター トライアル アイランドシティ店」の例はもっと大規模だ。店舗面積が3753平方メートルと広いため、カメラは100台に増えた。店舗入り口のカメラでの結果と、店舗の奥のカメラの結果を比較することで、商品の売れ行きの良し悪しが「顧客導線の問題」なのか「商品の性質」が問題なのか……といったことを検討できる。

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九州のスーパー、「トライアル」での例。紫は入り口の、水色は奥のカメラで得られた人の動きの違い。広い店舗をどう顧客が動くのかを把握し、売り上げと重ねて活用する。

これはどういうことなのか?

簡単にいえば、「ウェブストア並みの解析を、リアル店舗でも実現する」ということだ。ウェブストアでは売り上げだけでなく、どういう人々がどこから情報を得て、どの製品を検討したのか、といった多彩な情報を得ることができる。

一方でリアル店舗では、宣伝という入り口や「買った」という行動は分かるものの、それ以外の動きを捉えるのが難しい。だが、画像解析を使うと、リアル店舗の弱みも解消できる。

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ウェブストアとリアル店舗の違い。ウェブストアは顧客の行動を解析し、ビジネス改善に生かすことができるが、リアル店舗では「売り上げ」以外の情報を生かしにくかった。

こうした話を聞くと、誰もがプライバシーのことを気にするだろう。もちろん、その点も配慮されている。

カメラで顔は撮影されているものの、顔などは一切記録されていない。撮影するとすぐに「カメラの中で」認識が行われ、その後画像は破棄される。クラウドに送られて、記録されるのは、「年齢層」「性別」といったシンプルな属性だけだ。だから、個人をトラッキングしているわけではないし、逆に、収集された情報から個人を特定するのも難しい仕組みになっている。

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カメラから得られるのは「属性」だけで、映像はアップロードされないし、個人を特定することもできない。

宮崎氏「すべての画像をアップロードするのは、プライバシー上大きな問題があります。それ以上に、これだけの量のカメラを使うなら、情報量が多くなってコストがかさみ、現実的ではありません。ですが属性だけなら、情報量の問題は出ない。管理も非常に簡単です。1店だと数十台・数百台ですが、目的は“チェーン全店”への導入です。数千・数万・数十万という台数の管理は、いままでの方法では難しい。ですが、我々の手法でなら管理ができる」

宮崎氏はそう説明する。

店舗ではカメラが置かれていること、それで何をしているのかなどが明示されている。パナソニックも導入企業も、プライバシーに関するクレームが来ることを警戒していたが、現状、パナソニックにも導入企業にも「クレームは1本もない」(宮崎氏)という。

アマゾンAWSをパナソニックが使う理由

Vieurekaの特徴は、カメラ側でAIを使う「エッジAI」という考え方と、システム全体の開発にAWSを全面的に活用していることだ。システム自体は3年前から案件の交渉がスタートしており、Vieurekaの名前では2017年から販売されている。

今回、re:Inventに合わせて説明会を開いたのは、エッジAIを使うIoT機器向け技術「AWS Greengrass」を導入したからでもある。また、画像認識などいくつかのパートでは、自社だけの技術にこだわらず、多数のパートナーとともに開発を行っている。

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Vieurekaの構造。基盤にはAWSを活用し、最新バージョンでは「AWS Greengrass」を活用。AWSを使って開発と運用を効率化している。

別の言い方をすれば、このビジネスを展開する上でパナソニックは、プラットフォームの基盤となる技術の多くを他社に依存している、ということになる。

「過去のパナソニックでは考えにくかったことですし、軋轢もありました。しかし、現在のパナソニックは大きく考え方を変えています」(宮崎氏)

どのような考え方になったのか? それは次の画像を見るのが分かりやすい。

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パナソニックの開発ポリシーの変化を解説した図。基礎基盤などに注力するのでなく、差別化できる部分へとエネルギーを注ぐ。

過去、価値はソフトウエア技術を占有することにあった。基盤(プラットフォーム)とその上に乗るソフトウエアで差別化する時代だった。

だが、いまやプラットフォームについては、AWSのようにスケールメリットがある存在にはかなわない。ソフトウエアの核となるアルゴリズムなども、オープンソース開発が広がり、短時間でコモディティ化する。

AWSを選んだ理由は、試行錯誤のための初期費用が低く、システム構築のためのコンサルテーションの協力も積極的に得られたからだ。もう、そこで独自のものを作るためにパナソニックが投資するのは意味がない。

だとすればどこで差別化するのか?

それが「ハードウエアとその管理」だ。

コンパクトで低価格かつ精度の良いカメラを、しかも大量に作るノウハウは、どのメーカーにでもあるものではない。ハードウエアはパナソニックのようなメーカーにとって大きなノウハウだ。だが、ハードウエアを売って儲けることには限界がある。Vieurekaで使うカメラにしても、単価は1万5000円ほどであり、高いものではない。むしろ仕様をオープンにし、他社が開発したものを使うことも想定している。

パナソニックは企業からシステム利用料を徴収し、それが収益となる。ハードウエアの提供を行うものの、そこから大きな収益を得る予定はない。

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パナソニックとしては、コモディティ化する部分での独自性にはこだわらず、データの活用や管理などの差別化に集中する。

一方で、そうしたカメラとデータの管理システムはなかなかコモディティ化しない。顧客側との関係とビジネスモデルに依存する部分は大きいが、現在の導入状況では、Vieurekaで得られたデータはパナソニック側に所有権があり、解析した情報は色々な形でパナソニック側で利用できる。

例えば、ある店舗から得られた顧客導線情報を採点し、他の企業の例から得られたデータをさらに匿名化して作った情報と比較して「偏差値」を出し、それを元にコンサルテーションを行う……といったビジネスも可能になる。

「IoT数百億台」時代の管理に向き合ってビジネスに

そもそも、カメラから得られたデータを統計情報として扱うには、多量のカメラを対象にする必要がある。すでに述べたように、エッジAIを使った画像認識の場合、集めるデータ量は少なくて済むし、使う機器もシンプルで、メンテナンスも簡単だ。数百台・数千台という単位で使うのはもちろん、さらに上の世界も想定されている。

「IoTが増え、世界中に数百億台の機器が広がった時の管理をどうするのか、という点に向き合った結果」

宮崎氏はそう説明する。

過去の100年、パナソニックは「モノ」を売ってきた。だがこれからは、デジタルワールドに生まれる価値や情報を大切にする。両方を組み合わせた形に、同社はビジネスモデルを「アップデート」中なのである。

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パナソニックは、これまでの100年、リアル世界に「モノを売る」ことで収益を得てきたが、これからはデジタルワールドに生まれる価値とリアルの組み合わせで儲ける形へと、体制を「アップデート」する。

「まだ公開できる状況にない」とのことだが、現在パナソニックは、大手流通に導入すべく交渉を進めている。またVieurekaはカメラ以外、例えば音声などのセンサーを扱うこともできるという。

「“これからはエッジだ”と7、8年前から社内では話していたのだけれど、なかなか理解されませんでした。軋轢もあったので、二枚舌的に交渉して進めた時期もあった」と宮崎氏は苦笑いする。

データありき・データ活用のソリューションカンパニーになるには、エッジAIと開発効率の良いプラットフォームの活用が必須だったのである。

(文、写真・西田宗千佳)


西田宗千佳:フリージャーナリスト。得意ジャンルはパソコン・デジタルAV・家電、ネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主な著書に『ポケモンGOは終わらない』『ソニー復興の劇薬』『ネットフリックスの時代』『iPad VS. キンドル 日本を巻き込む電子書籍戦争の舞台裏』など 。

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