楽天のkoboは本当に挑戦的な価格だったのか? 専門家が分解して調査

岩佐琢磨 (Cerevo代表取締役)2012年08月10日 13時02分

楽天代表取締役会長 兼 社長の三木谷浩史氏曰く、「挑戦的」な価格とされた7980円のkobo Touch。家電メーカーを経営する専門家が実機を分解し、内部で使われている部品や形状などから設計方針を推定。本当に“挑戦的な価格”だったのかどうかを探った。

どこにでもある一般的なEブックリーダーのメカ構造、金型費も安そう

 まず前提条件から整理していこう。初回出荷で10万台いったという数値を真に受けるのであれば、10万台以上は当然仕込んでいたと考えるべき。組み込みソフトウェアとサーバ側の開発費は一発の費用であり、100万台ぐらいのトータル出荷数を見るのであれば1億円かかっていても台あたり100円程度になる。しかも、ここは楽天がKobo社を買収していることから実質固定費であると見るべきなので、本稿では見ないことにしたい。重要なのは楽天(またはKobo社)がEMS(受託生産サービス)に対して支払っている「出金(デガネ)」がいくらかというところ。

 筐体を分解して得た結論は「どこにでもあるフツーのEブックリーダー」である。勘違いしないでほしいのだが、価格を抑えることは大変重要であり、設計者としてはポジティブ評価のポイントだ。Kobo社が海外でも販売している実機を手にしたことはないが、写真などから推察するに金型はKobo社既存のものをそのまま使っていると見える。トップキャビ(前面のプラスチック製外装部品)には楽天ロゴが入っているが、シルクスクリーンと呼ばれる印刷なので版代と呼ばれる初期費がかかる……といっても10万円前後の話なので、ということはイニシャルフィーとして300万〜800万円はかかる金型代がほぼゼロということだ。

 スライドスイッチやボタンのカバー、内部でいくつかの押さえ部品などがあるが、実質プラパーツは大物が2点(トップキャビ、ボトムキャビ)。仕上げもシンプルなラバーペインティングの1発処理なので、ひんやりした質感がいいと評判だがコストはうまくおさえている。多めに見積もって外装用プラスチック部品の価格は4ドルといったところだろう。

 さらに見てみると、剛性を確保するためだろうかアルミのような軽量金属の鋳造で作られた剛性保持パーツが含まれている。これもKobo社の金型を流用したのだろうなと推察するのが妥当であり、キャスティング金型費も0円と置こう。この部品は価格はいくらだろうかと考えると、マグネシウムは少々高価すぎるのでダイキャスティング用アルミニウム合金であると見ておく。とすると2ドルといったところか。

主要電子パーツを眺める 台湾・中国EMSが扱うベーシックなハード構成

 正直、中身に驚くような点は何もない。逆に言えば、これだけベーシックなハードウェアであれだけの話題を取れるのだから、楽天の営業力はすごいねと見るべきなのかもしれない。もしくは、電子ブックというコンテンツの力である。

 EPDパネルはKindleなどと同じ台湾PrimeView製の6インチEPD(電子ペーパーディスプレイ)で、ソニーのPRS-T1で使われているものとまったく同じ。Wi-Fiモジュールは台湾CyberTan製。パッケージにMade in TAIWANとあるので台湾EMSでの製造であることがわかる。ちょうど6月に行われたComputex TaipeiでEbook端末を作っている複数のEMSからおおまかな価格を聞き出しておいたので、そのとき聞いた数値感を基準として価格を試算してみよう。

 まずは高級品から。パネルが25ドル、Wi-Fiモジュールが6ドルといったところだろうか。もちろん展示会での一見さんに雑談レベルで伝える価格だから、実際に何十万台コミットするよと楽天の役員クラスが折衝に赴いたら、この8掛けぐらいの価格が出ておかしくない。(25+7)×0.8×80という単純な計算式でパネルとWi-Fiモジュールの価格としようしよう。

 次に高そうな部品といえばメインSoC(註1)。KoboではEbook用に特化したフリースケールのiMX507/508シリーズを積んでいる。Ebookリーダーにおいて重要となるEPDをコントロールする部分はこのメインSoCに内包されていて、コストダウンに貢献している。そのため周辺チップはサブSoCとしてTIのMSP430F2272がある程度とシンプル。電源管理とスリープ時の処理はこいつが担っているのだろう。メインSoCの価格はFindchipsで見てみると100個価格で9.9ドル。サブSoCは同じく2.25ドルだ。どちらも10万個レベルで買えば8掛けはいくだろうと予測してみたい。なお、2台の異なるKoboを分解してみたところ、片方はiMX507だったが、もう片方はiMX508を積んでいた。508はグラフィックアクセラレーターを搭載している分だけ少し価格が高いICなのだが、こういう使い方をするということは507想定で作っていたけど数を揃えられないなど何らかの理由があって上位互換品である508を投入した個体がある、ということだろう。
(註1:System on Chipの略で、パソコンにおけるCPUのようなもの。パソコンではCPUの他にマザーボードに搭載されたさまざまなチップを協力させることで音を鳴らしたり、SDカードを読み取る機能を備えたりしているが、家電用CPUであるSoCはオーディオやSDカード読み取り機能などただの演算以外のさまざまな特定用途機能を1チップの中に盛りこんでしまうことで低価格化と小型化を実現している)

 ほかに大物電子部品といえるものはバッテリー(5ドル)、DDRメモリー(3ドル)、NANDフラッシュの代わりに搭載されている主記憶領域である内蔵SDカード(4ドル)ぐらいだ。EPD搭載デバイスならではの温度センサーが積まれているのは見逃せないが、NXPのLM75Aと標準的なIC。

 1枚仕立ての基板(PCB)は特にビルドアップ等特殊な加工をしているように見えず、安めの設計。部品実装密度もそこまで高くない。


  • PCB表面。99%の部品はこちらの面に集約され、薄型化に貢献している。裏面側に部品を実装すると、その部品の分だけ厚みが増してしまうからだ

  • PCB裏面。DDRメモリの配線がこちら側にも多数出ているのがよくわかる。メインSoC裏にはテスト用のパットが多数、結構スペースに余裕をもった作りだ。右端の黒い部品がWi-Fiのアンテナ(チップアンテナ)

 ポジティブに言えば、価格を安く抑えるために台湾で考え抜かれた設計をそのまま使っている。ちょっと刺々しく言えば、台湾EMSのリファレンスモデルそのままでソフトだけ入れ替えたモノ、である。個人的にはこのやり方は理にかなっていてすばらしいと思う。なぜなら、楽天が想定する主たるユーザー層にとって最大のメリットは価格、だろうから。

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