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12月24日(金)

酔って記憶をなくします (新潮文庫)
『酔って記憶をなくします (新潮文庫)』
新潮社
464円(税込)
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 8時過ぎに家に帰ると食卓の上に晩ご飯の用意がしたあるだけで誰もいなかった。その晩飯も肉じゃがでクリスマスらしさは皆無であった。

 そういえば今夜は近所の家に集まってクリスマス・パーティをするとか言っていたのだ。そのために昨日はプレゼント交換用の文房具を買いに行かされたのだった。

 もちろん私はパーティに出る気はなく、風呂を沸かしてゆっくりと浸かり、ご飯を温めて食事をした。その後は、コタツに入ってみかんを食べながら、撮り貯めていたプレミアリーグの試合を見る。

 なんて素敵なクリスマス・イブなんだろうか。

 しばらくすると玄関が開く音がしたが、それに続いてゾウアザラシの雄叫びような音が聞こえてくる。
「オエーーーーー」
 バタンとトイレの扉が乱暴に開かれると立て続けにまた雄叫びだ。
「オエ、オエ、オエーーー」

 そして娘の「ママー」とすすり泣く声がし、息子はそんなお姉ちゃんに対して「ねーねー泣かないで」と必死に慰めている。

 これは面白い展開になったではないか。

 いつもは鉄壁の女で、私のやることなすこと厳しく問いただす妻が、今、階下で、酔いつぶれゲロを吐いている。一年間のマイナスポイントを取り返すチャンスが、今、まさにクリスマス・イブの夜にやってきたのだ。

 笑いを堪えながら下に降りていくと、そこは阿鼻叫喚の修羅場で、娘はトイレの前で泣き崩れ、息子はお姉ちゃんの頭を撫で撫でしている。そしてトイレの向こうでは、いまだに続くゾウアザラシの叫び声。

 酒、コワイネー。

 このゾウアザラシの叫び声が子どもたちのトラウマになって、将来、娘と息子がゾウアザラシやオットセイやセイウチを虐待するようになっては大変なので妻を見捨てて、まずは風呂に入れることにした。私はすでに一度入っているのでまったく意味がないのであるが、これも後に妻を攻める大事なポイントになるであろう。

 風呂から出てもまだゾウアザラシはトイレにおり、娘と息子を2階に連れて行き、寝間着を着させる。娘と息子は私に「ママ、死なない?」と聞いてきたが、「あんなのは今頃、新宿の路上にいっぱいいるから大丈夫だ」と落ち着かせる。

 布団を敷いて、頭を乾かしているところへ、やっとトイレから出てきたゾウアザラシこと妻が、四つん這いになって這い上がってきた。

「ひやー、しいません」

 そう言いながらもズボンが腰まで脱げているではないか。あの鉄壁の妻がこんな醜態を晒すとは......。

 ヤッパリ、酒、コワイネー。

 私はあわててコタツの上にあった娘のニンテンドーDSを手にすると、カメラモードを起動し、その妻の姿を撮影する。これで証拠も揃ったわけだが、そんな私を娘と息子が不思議そうに見ている。

「パパ、どうしてこんな大変なのに、笑っているの?」
「大変なときこそ笑うんだよ」

 なんだか人生に大切な25の言葉のうちの一つを言っているような気がするが、本心は腹の底から楽しいので笑っているだけだった。

 腰パンの妻を布団まで引きずり、枕元にサンタクロースの靴下の代わりにエチケット袋を用意した。

 明日、来年の浦和レッズの年間チケットの申請の話を妻にしよう。
 なんて素敵なクリスマス・イブだ。サンタさん、ありがとう。

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