”あしたのためにそのいち”『英国王のスピーチ』


 本年のアカデミー賞受賞作!


 後に英国王ジョージ6世として知られるヨーク公アルバート王子は、幼児期からの吃音によって、王族たる責務の一つであるスピーチがうまくできない。医者にかかってもうまくいかない現状に、妻のエリザベスは夫に黙って、業界から異端で知られる言語聴覚士ライオネル・ローグにリハビリを依頼する。王族に対しても対等に振舞わないと治療にならない、と言い、愛称のバーティと呼ぶローグに対し、アルバートはつむじを曲げてしまう。だが、治療に確かな効果を見出したことによって、下町の診療所に通い詰めるように。一方、ヨーロッパはナチスドイツが台頭し、戦乱の危機がすぐそこまで迫りつつあった。


 ほぼスポ根もの。定型を外さない作りであった。もうべったべた。
 そもそも演説に関してが、アドリブ一切なしで原稿をただ読み上げるだけ。中身には一切ノータッチ。決まったルール通りに物事を進められるか否か、という話なのである。30秒から始まり、生の式典、最後は9分、と段々長くなっていく。名文を書くとか、人の心を感動させるとか、そういうことは一切求められない。これはそういう役割の選手が挑むスポーツなのだ。
 だが、それに最も不向きな人間が、血筋ゆえにそれに挑まなければならなくなる……。


 とにかく前半が素晴らしい。周囲の期待と圧力によって、ハードルがガンガン上がっていくのに押し潰されそうな次男坊の悲哀。根が生真面目で、それに応えようとするばかりに苦しむ。父へのコンプレックスと恐怖、母も甘える相手ではなく、兄も兄らしい頼りがいなど欠片もない。父親と王位に嫌気さしてるのは彼も同じだ。嫁がまともなのが唯一の救い。


 ジェフリー・ラッシュ演じる言語聴覚士によって、それこそジャブのレベルから猛特訓を受けるのだが、主人公は最初は彼を野蛮なオーストラリア人と馬鹿にし、王族であることを振りかざしている。が、その権威をものともしない彼こそが、自分の中にある父や王の権威への恐れを取り除いてくれるということも、やがてわかってくる。
 しかし、スピーチが上達するということは、それは自らが王という地位に近づいていくことに他ならない。スピーチして、兄にからかわれず父にも褒められる人間になりたいという願望と、こんなスピーチ程度でつまずいている自分が王に相応しいはずがない、というジレンマ。
 さらに時代は風雲急、次男坊にかかる期待はどんどん大きくなり、彼はそれに押しつぶされてしまいそうになる。権威を馬鹿にするオーストラリア人さえもが、つい彼に立派な王たることを求めてしまう。果たして、乗り越えることができるのであろうか……? わずかな練習時間しかなく、やがてスピーチの本番が……。


 わかりやすいな〜。全然ひねりのない話。
 しかし、ものすごくステレオタイプなキャラクターが揃っているように思えるが、それは周囲が王室に求めるステレオタイプな役割りを各人が演じさせられているからであるようにも取れるところが面白い。王室に反発する兄でさえ、その役割からの逸脱ぶりに芝居がかったものが見て取れるのである。彼は本当に、かの女性を愛したのか? 彼女に「二度の離婚歴」がある故にわざと求めたのではないか? 自らの地位を放擲するために……。そんな裏も想像すると面白い。「舞台」に立つ権力者は、常に何かを演じていて、言語聴覚士の「元役者」というプロフィールも、それを理解するための設定だ。


 生まれ持った役割なんてものはなく、人は自らの道を自ら選ぶ。背負わされた責務を、王は自ら負うことを選ぶ。しかし彼は一人ではない。妻がいて、子がいて、友がいる。自分と同じ苦しみを背負った人間がいることにも気づく。彼を孤独にさせた本当の敵は、単に制度ではなく(無論、制度上の問題もあるが)、そこに関わり彼を一人の人間として見ない者たちであるのではないかな。


 しかし、ちょっとアカデミー賞を争った『ソーシャル・ネットワーク』と似てるよね。

参照記事:「うろおぼえ日常」さんの「アカデミー賞おめでとう『英国王のスピーチ』と『ソーシャル・ネットワーク』の共通点」(http://d.hatena.ne.jp/yosinote/20110228/1298902578

 メディアのもたらした革新、というところもそうだが、片や創作と才能によって躍進し、企業のトップに立った男。片や血筋によってトップに選ばれ、才能のなさに悩む男。対照的ながら自らにそぐわぬ境遇を抱え、それと自分自身のギャップに悩まされる構造が近い。どっちに共感するか、というあたりに観る人の人生観も見えてくるように思うね。
 ちなみに嫌われ者のくせに大金持ちの映画の中のマーク・ザッカーバーグルサンチマンを抱く向きもあるようだが、オレはむしろ、世界中に植民地作りすぎな大英帝国にむかついたね。えらそうにしてんじゃないよ!

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