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【解説】ワタミが36協定の不正手続き!……でも、ワタミだけじゃない

◆ワタミが36協定で不正な手続き

東京新聞の今朝の報道は、非常に良いものだったと思います。過労死を出したワタミの店舗で、36協定の不正な手続きが行われていたというものです。まずは記事をご覧ください。

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残業で不正手続き ワタミ過労死 労使協定形だけ
2012年5月17日 毎日東京(2012.5.28 修正)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2012051702000216.html

居酒屋チェーンを展開するワタミフードサービス(東京)に入社二カ月後に自殺した森美菜さん=当時(26)=が、長時間労働などを理由に過労死と認定された問題で、同社が労働基準法で定められた労使間の手続きを踏まず、従業員に時間外労働をさせていたことが、会社側への取材で分かった。手続きが形骸化すれば、経営者側の思うままに従業員側に長時間労働を強いることも可能だ。同様の違反はほかの企業でもみられ、専門家は「適正な手続きが担保されないと、過労死を助長しかねない」と警鐘を鳴らす。 

この手続きは「時間外労働・休日労働に関する協定(三六(さぶろく)協定)」。厚生労働省労働基準局監督課は、ワタミフードサービスについて「適正なやり方とは言えず、労基法に抵触する」と指摘している。

(略)

親会社ワタミの法令順守部門を担当する塚田武グループ長は「店長がアルバイトの中から代表を指名し、協定届に署名させている」と、手続きが形骸化していたことを認めた。

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厚生労働省やワタミのグループ長からコメントをとってきたのは、なかなか大変だったのではないかと推察します。記事を見ると、過労死を出した店舗だけではなく、ワタミ全体の問題であったようです。

しかし、この問題は決してワタミだけのものではありません。この記事ではそのことを確認していきたいと思います。


◆36協定とは何か

そもそも36協定って何だろう、と思われる方も多いと思いますので、その概要を説明しておきましょう。

日本の労働基準法は、1日8時間・週40時間を労働時間の上限にすると銘記しています。ただし、特別な労使協定を結べば、この上限時間を超えて働くことが認められています。その規定が労働基準法36条にあるため、この労使協定を「36協定(さぶろくきょうてい)」と呼ぶわけです。36協定が締結されると、そこに定められた限度時間が労働時間の新たな上限となります。労働時間規制の適用除外の仕組みじたいは、たとえばイギリスにも個人ベースで存在します(オプトアウト)が、少なくない日本の職場で、本来は例外であるはずの適用除外がむしろ無前提に社会規範であるかのようになっています。

制度的に36協定が過労死を容認しているかというと、そう単純でもありません。36協定で延長してよい労働時間の限度にも定めがあります。しかし、この限度は実際にはほとんど機能しておらず、素通りになることも多いようです(後述の新興プランティックの過労死事件を参照)。

更に、36協定の特別条項を設けて、上記の上限の範囲内に収めながら事実上恒常的に長時間労働を行わせる場合もあります。特別条項を適用できるのは年に6回までという定めがありますが、これも多くの職場で無視されているように思います。

24歳の男性が入社直後に亡くなった「日本海庄や」では、特別条項で月100時間までの残業が認められていました。ワタミにしても、過労自死事件が起きる前から、36協定の特別条項で月に120時間まで働かせてよいと定めていることを指摘されていました。厚生労働省の定める過労死ラインを超える36協定が受理されることを通じて、死なない限りはどんな長時間労働も違法だと言えない状況になっています。日本の労働時間規制が「ザル」と揶揄される由縁です。

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先進国なのに……24時間働かせても合法
2011年8月10日 産経
http://sankei.jp.msn.com/economy/news/110810/biz11081013390009-n1.htm

裁判の過程では、労務部長が「残業時間は青天井だった」と証言して物議を醸した。それでも、三六協定があることから、労働基準法違反には問えなかった。

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今朝の報道で明らかになったのは、この協定を結ぶ手続きをワタミが不正に行っていたということでした。働かせ方に対する責任意識の希薄さが、端的に現れていると言ってよいでしょう。


◆ずさんな手続きはワタミだけではない

36協定は労使協定の一種です。労使協定は会社で働く人々に適用されますから、協定を結ぶ労働者は会社で働く人を代表する人でなければなりません。過半数を組織する労働組合が社内にある場合は過半数組合がその当事者となり、組合がなければ過半数を代表する労働者が協定を締結する当事者になります。

ところが、過半数を代表する手続きが、正当な手段で行われていない場合があります。今回のワタミもまた、その一例にすぎません。最近では、三重県の「戸田屋」という会社が代表者でない従業員に三六協定を押印させ、129時間の残業をさせていたことが内部告発で明らかになり、顧問社労士ともども書類送検されたという事件がありました。

また、協定を結ばないまま働いていた、というケースもあります。2011年9月には、島根県安来市から光回線の工事を請け負った会社が協定を結ばないまま最長で1日13時間の残業をさせていました。これは違法残業を終えた帰り道に23歳の男性が交通事故で亡くなったことで明るみになったものです。氷山の一角だろうと思います。

東京新聞の報道も、「ワタミ叩き」にとどまらない、広い射程を持っていました。

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中小で目立つ違法手続き 協定届ねつ造も2012年5月17日 毎日東京(2012.5.28 修正)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2012051702000215.html

 名ばかりの三六協定を交わしている企業は、ワタミフードサービスに限らない。

 労働基準監督官OBでコンサルタントの原論(さとし)さんは「年間約百件を監督する中で二割程度、手続きに不正があった。労働組合のない企業では特に、不正に代表者を選出している例は多い」と話す。

 森さんの代理人の堤浩一郎弁護士が以前に手掛けた例では、会社が協定届をねつ造。本人に無断で代表にして署名押印していた。

(略)

 代表の選出方法について、中小企業を対象にした独立行政法人「労働政策研究・研修機構」の二〇〇六年の調査では、会社側が指名した企業が28・2%、親睦会などの代表者を自動的に代表とした企業が11・2%。中小企業の約40%で違法な手続きが行われている実態が明らかになった。

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この記事で紹介されているのは、労働政策研究・研修機構(JILPT)の「労働条件決定システムの現状と方向性」[1]です。過半数組合が協定を交わした部分が除かれた上でのパーセンテージであるということに注意が必要ですが、過半数代表者が36協定を交わした場合、4割が会社の恣意的な指名や適当な選抜によって当事者が決まっていたことが明らかとなりました。

#1 「労働条件決定システムの現状と方向性」(2006)
http://www.jil.go.jp/institute/project/series/2007/02/index.htm

過労死ラインを超える働き方を容認する36協定の締結手続きがここまで適当に行われているということは、労働問題に関心を持つ人の間では常識になっていますが、驚いた人も多いのではないでしょうか。

しかも、この調査は企業に聞き取ったアンケート調査の結果を集計したものです。違法な手続きを締結していることについて、無警戒に回答した会社が4割あったという読み方をすることもできます。それだけ、人間を長時間働かせることは軽々しく行われているということです。私たちも、36協定の手続きが適当に行われていることにもっと目くじらを立てるべきなのかもしれません。

この調査は中小企業を対象にしたものです(中小企業においては、労働法規範を遵守する意識が比較的低いということを示した調査もあるので、興味のある方は参考にしてください[2])が、今回のワタミのケースで明らかになったのは、むしろ大企業でもずさんな手続きが横行しているということでした。

#2 村中孝史・Th=トーマンドル編著[2000]『中小企業における法と法意識』東京大学学術出版会


◆適正な手続きをとっていさえすればいいのか?

36協定については、適正な手続きをとってさえいればいいのか、という疑問もあります。この点も東京新聞が言及していて、返す返すもいい記事でした。

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 一方、労働組合があっても、労使協調から協定締結を拒否する例はほとんどない。システム開発会社「エスシーシー」(東京)で過労死した男性システムエンジニア=当時(30)=の両親は〇四年、「会社と協議もせず、長時間労働を避ける義務を怠った」として組合も訴えた。翌年、和解が成立し、組合は労働条件の向上に努めると約束した。

 入社二年目の〇八年十一月、過労自殺した男性=当時(24)=が勤めていた大手石油プラント「新興プランテック」(横浜市)では、月の時間外労働の上限を二百時間とする三六協定を労働組合と結んでいた。

 男性は亡くなる四カ月前、月二百十八時間も残業。遺族は昨年、「会社への適切な指導を怠った」として労基署も相手取り、提訴した。代理人の原宏之弁護士は「労基署や労働組合が守らずに、誰が労働者を守るのか」と憤る。

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過労死をしかねない働かせ方を容認する労使協定に労働組合がサインし、労働基準監督署が見逃しているという実態が、「適正な」手続きのもとで行われているわけです。組合員の健康や生命を守るという当たり前のことを自ら放棄してしまった労働組合が日本には多々あるというのが、ここまで問題が深刻化してしまった本質的な要因ではないかと思います。


◆底抜けなのにあった“底”

以上のように、労働組合や行政の加担もあって、日本の労働時間規制は事実上底抜けの状態にあります。しかし、36協定にさえ縛られたくないと思う経営者もいるようです。

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経団連「災害に強い経済社会の構築に向けて」(別紙2)
2012年3月5日
http://www.keidanren.or.jp/policy/2012/013_honbun.html

○災害対応に伴う長時間労働への対応
・所定時間外労働は特別条項で定めている時間までは延長が可能であるが、回数は年6回以下(年の半分まで)の制限がある。災害時においては、事業継続・再開に向けての緊急対応のために、これを緩和できる仕組みが望まれる。

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我々からすれば無限に思える合法な労働時間の長さでも、まだ足りないと思う経営者は多いようです。こうした経営者に対抗するためにも、今よりもきちんとした規制を職場に根付かせていく必要があります。


◆おわりに

「ワタミが36協定で不正手続きをした」という東京新聞の報道は、記者の狙いは知りませんが、ある種の象徴であるワタミを切り口に36協定問題に対する認知を高め、しかもそれがワタミだけでなく日本全体の問題だったということを気付かせる作りになっているように思います。

個別の事例を丹念に検討し、個別の事例が含む特殊な問題ではなく普遍的な課題を提示していく仕事は、POSSEが相談事業で目指しているものとも重なるでしょう。

というわけで、良い記事でした。

NPO法人POSSE(ポッセ)事務局長・川村遼平

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NPO法人POSSE(ポッセ)は、社会人や学生のボランティアが集まり、年間400件以上の労働相談を受け、解決のアドバイスをしているNPO法人です。また、そうした相談 から見えてきた問題について、例年500人・3000人規模の調査を実施しています。こうした活動を通じて、若者自身が社会のあり方にコミットすることを 目指します。

なお、NPO法人POSSE(ポッセ)では、調査活動や労働相談、セミナーの企画・運営など、キャンペーンを共に推進していくボランティアスタッフを募集しています。自分の興 味に合わせて能力を発揮できます。また、東日本大震災における被災地支援・復興支援ボランティアも募集致します。今回の震災復興に関心を持ち、取り組んで くださる方のご応募をお待ちしています。少しでも興味のある方は、下記の連絡先までご一報下さい。
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