ソーシャルメディア(笑)

ツイッターやFacebookの普及をまとめて「ソーシャルメディアの時代」と呼ぶようになってしばらく時が過ぎました。エジプトや中東を席巻した「ジャスミン革命」により始まった混乱はいまだ終息を迎えず、ツイッターは芸能人のプロモーション以外での活用を耳にしません。Facebookは株価の低迷も影響したのか、いまひとつ盛り上がりに欠け、国内では韓国系企業が提供する「LINE」にその地位を脅かされつつあります。

そもそも「ソーシャルメディア」をひとことで述べれば

「ネットで個人が情報発信」

することですが、それは「インターネット」の効能そのものです。インターネットを使えば個人と世界が繋がることができ、個人が世界に情報発信ができると大騒ぎしていたのは20世紀の終わりごろ。つまり、ソーシャルメディアとは「野菜ジュース」を「グリーンスムージー」と呼び替えたような「インターネット」の別称に過ぎません。新しい名前をつけることで、「革命」がおこったかのようにみせるのはWeb業界の悪弊で、そこに0.2が生まれます。

職人が消えていく国

大手IT企業をスピンアウトしたS社長も「ソーシャルメディア」に魅了されたひとりです。情報が人と人を通じて広まっていく仕組みにより、マスコミや大企業に匹敵する発信力を、個人が手に入れることができたと興奮気味に語ります。これを「プロモーション」に活かせば、どんなビジネスも成功は約束されたも同然とベンチャー企業を立ち上げます。

日本のものづくりの危機は職人の急速な減少に現れます。機械化に伴い仕事を奪われた職人はもとより、生き残った職人も高齢化により引退し、いまこの瞬間も失われている技術があるのです。例えばものづくりを支える「ヤスリ」も機械による製品が大半を占め、手打ちで仕上げる「ヤスリ職人」は日本全国で10人もいないのではないかと囁かれるほどです。技術を持つという意味での職人の数はもっと多いのでしょうが、安価な機械製ヤスリに顧客を奪われた上に、製造業の海外移転に伴う国内需要の低下、そして窓口となっていた問屋や卸しの廃業が相次ぎ、事実上の引退生活にはいっているケースが多いのです。

こうした職人を世に送り出し、ものづくりJAPANの復活を目指すという大目標を掲げて動き出したのがS社長の「職人百貨店(仮称)」、職人による手作りの工具や工芸品をあつめて販売するショッピングモールです。出品やサイト管理などを請負、販売に応じたマージンを受けとるというビジネスモデルです。初期費用や月額費用がなく、純粋なマージンだけでネットショップが運営できることをセールスポイントとして、S社長は職人集めに奔走します。

10人での船出が…

職人集めと平行して「職人百貨店」のFacebookページを立ち上げます。ソーシャルメディアの利点とは初期費用がほぼ不要で、不完全な準備中でも訪問者が許容してくれることです。訪問者にとっては舞台裏を見ることができ、立ち上げに参加できることが醍醐味でもあります。Facebookでつながる「友達」が「いいね!」とクリックし、「友達のともだち」も訪れてくれ、S社長はソーシャルメディアの可能性を確信します。ツイッターとも連携し、サイト開設までの日々の動きをリアルタイムでつぶやけば「頑張って」と励ましの言葉があり、そのやり取りを見たIT系情報サイトの編集者が「プレオープン」として好意的に報じてくれます。

発表から半年後「職人百貨店」がオープンします。満を持すといきたいところですが、不完全でも「サービスイン」を優先するのがネットビジネスの定石です。出品してくれる職人をソーシャルメディアでも呼びかけましたが、こちらは思うに任せず、学生時代も含めた友人知人を総動員して集めた10人の職人からの船出となりました。そして半年後に座礁…閉店を宣言した「ソーシャルプロモーション0.2」です。

閉店の表向きの理由は職人を増やすことができなかったことです。職人に高齢者が多いことも理由ですが、ネットを利用している職人はすでに、ソーシャルメディアの一翼を担う「ブログ」で情報発信を行っており、わざわざS社長の手を借りる必要はなかったのです。

いいね!と購入の関係

しかし最大のつまずきは「ソーシャルメディア」の特性を見落としていたことです。ソーシャルメディアは出身大学、職種、年収などが近い「同じ属性」でコミュニティを作る傾向があります。つまり大手IT企業出身のS社長がもつ「人脈」は広くても、学歴不要の「職人」の階層との接点は少ないのです。顧客対象にならない層へのアピールを徒労と呼びます。また、あえて「ソーシャルメディア」の特徴を挙げるなら、個人と個人の結びつきが「可視化」されることです。S社長もそこに可能性を感じたのですが、つながりが見えるということは述べる感想や褒め言葉が、「お世辞」や「気遣い」であることも見透かされてしまいます。そこから利益該当者が正体を隠して宣伝をする「ステマ(ステルスマーケティング)」も疑われてしまいます。つまり、可視化された人間関係を利用したプロモーションは両刃の剣となるのです。

そしてそもそも「いいね!」をどれだけ集めても、「金を払う客」を増やさなければ商売は成立しません。実例は割愛しますが、100万単位の「いいね!」を誇る企業が事業を停止し、数百万をあつめるページでも「事業化」できていない事例もあります。「いいね!」の交換レートはいまだ発見されていません。S社長の失敗をひと言で語るなら「売れなかった」です。

エンタープライズ1.0への箴言


「ソーシャルメディアの商用利用は層と質が鍵」

宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。

筆者ブログ「マスコミでは言えないこと<イザ!支社>」