震災による甚大な被害、原発事故による経済の混乱などに直面し、日本企業は正念場を迎えている。一方、米国企業は急成長するソーシャルメディアなどを活用し、経営をさらに高度化させようとしている。日本企業が苦境を乗り越え、再び輝きを取り戻す道はどこにあるのか。知識経営の第一人者として世界的に知られる野中郁次郎 一橋大学名誉教授に聞いた。
ソーシャルメディアがビジネス分野でも急速に普及しています。どのように見ていますか。
米シスコシステムズのジョン・チェンバースが「これからはコラボレーションとチームワークの経営だ」と言い出しました。YouTubeやTwitter、Facebookといったソーシャルメディアの仕組みを、シスコ社内に持ち込もうというわけです。
それにより、全世界の従業員が自分の得意分野を発信することで、世界に散らばる人材の英知を瞬時に結集できるインフラを作るとしています。社員一人ひとりの立場で、最適な判断をタイムリーに下せる俊敏さを目指そうということです。
こうした取り組みは、我々が知識創造理論で提唱してきた「ミドルアップダウン」、つまりトップダウンとボトムアップの融合を、ITを使って支援する試みと言えます。組織における新たな知識の創造は、まずフェース・ツー・フェースの共振、共感、共鳴から始まります。ソーシャルメディアが扱うのは過去のデータではなく、「今、ここ」です。その意味で、フェース・ツー・フェースに限りなく近いと言えます。
トップダウンとボトムアップの融合は、日本的な経営の良さでもありますが、それをITを使って実現できる可能性があるわけです。これは面白いと思います。
ソーシャルメディアとの関連で、最近「キュレーション」という言葉も出てきました。単なる検索ではなく、「新しい視点や意味をつくって提供する」といった概念ですが、そのためには人の主体的なコミットメントが必要です。そういう意味で、日本経営の特質である「衆知経営」、つまり衆知を結集する経営を、IT面から支援できるのではないかと、非常に関心を持っています。
CEOに頼らない組織に
ソーシャルメディアを使ったシスコのような取り組みは、そうした衆知経営と同じものだとお考えですか。
トップダウン型の経営というのは、一人の知識創造モデルです。一方、コミュニティーによる創造モデルでは、個人の暗黙知を形式知化して組織で共有していかなければなりません。
ジョン・チェンバースが非常に面白い言葉を使っていますよ。「distributed idea engines」という言葉です。シスコではリーダーたちが中央の統制から自由になり、自律分散的にアイデアをつくり出すエンジンになる、という意味です。したがって、もうCEO(最高経営責任者)に頼る必要はないというわけです。
つまり、衆知経営に極めて接近してくるわけです。不確実性の高い時代になればなるほど、トップ一人の知識に頼るのでは限界が出てきます。環境がダイナミックに変動するなかで、その文脈を読みながら賢いジャッジメントをする能力のことを、我々は実践知と言っています。その実践知を組織に組み込むことに成功すると、何が起こっても現場の最前線で問題解決ができるようになります。
しかも実践知は、コミュニティーの「共通の善」に向かって、熟慮し断行していく知なのです。これは、大きな志に向かって、現実のただなかでその関係性を読み取りながら、適宜、適切に判断し行動することを意味します。
そうした実践知を組織に組み込んでいることが、日本の企業経営の強さでした。ただ、それが内に向かうと、日本的な悪さが出てクローズドなサイロ状態になってしまうわけです。
日本企業が復活するためには、もっとオープンになる必要があるわけですね。
それはバランスの問題です。知識、特にその創造の場はどこかで境界をつくらないとシェアできません。皆がコミットして実現に向かって進むためには、どうしてもいったんクローズドにしなければいけない。
しかし、場を固定した途端に知の創造はストップします。閉じてばかりではダメで、より大きな関係性を入れ込むべく、いろいろな異なる意見を持った外部の人間をオーケストレート(組織化)していくことが重要です。
さらに、先ほど述べた「共通の善」をどの範囲までで考えるかということも重要です。それは職人道と言えるものです。職人道というのは損得を超越することがあります。例えば本田宗一郎、井深大は大学出ですが、基本的には職人ですよね。盛田昭夫、松下幸之助、早川徳次もそうです。基本的に、日本のイノベーターはみんな職人だったのです。
そういう意味で、職人道は日本のDNAだと思っていましたが、考えてみるとスティーブ・ジョブズやビル・ゲイツもみんな職人なのです。今ふうに言えば、プロジェクトリーダー、あるいはプロデューサーですね。
野中 郁次郎(のなか・いくじろう)氏
(聞き手は、木村 岳史=日経コンピュータ)