杉江松恋です。
このエキレビでは豚を焼いたり東方をしたり穴に入ったりしているので、私のことを色物ライターと思っている人もいると思うけど、本当は書評家なんだよ(知ってた?)。

今回は自分の原点に戻り、まもなく2次投票が締め切られる(2月28日までらしい)本屋大賞の候補作をすべて読んで自分なりに受賞作の予想をしてみた。以下、私自身の「評価」で、それとは関係ない投票の「予想」である。当てにいくぞ!

『キケン』有川浩
(内容紹介)
成南電気工科大学には「機械制御研究部」が存在する。略称は「機研」だが、それを「危険」の意で発言する者が学内には多かった。部長の上野直也は「成南のユナ・ボマー」と呼ばれる若きマッド・サイエンティスト、副部長の大神宏明は「大魔神」の仇名のとおり、そこにいるだけで周囲に威圧感を与える男だ。本書は、この二人の危険人物に率いられ、「キケン」が黄金時代を迎えた日々のことを描いた連作短篇集である。
新入生歓迎会やロボコン、学園祭など、さまざまなイベントがエピソードとして描かれ、中心となる人物は毎回変わる。群像劇を意図した構成で、ギャグも豊富である。
(評価)
本書を読んで真っ先に思い出したのが、ゆうきまさみ『究極超人あ~る』だった。私と同じように、学園漫画を連想した読者は多いはずである。社会人となった登場人物の一人が過去を連想する形式で書かれており、大人が読むと郷愁回路が働いて、自分の学生時代を作品に重ね合わせてしまう(特に大学の文化系サークル出身者)。なかなか心憎い仕掛けである。
特に戯画化された形で書いてある文化祭のエピソード(「三倍にしろ!)は、きちんと卑劣な敵役まで設定され、主人公の目標達成イベントに仕立て上げられている。エンターテインメントとしての作りこみの濃さは、この作者の特徴であり、目だった弱点はない。私が違和を感じたのは、物語の結びだけ。文化系サークル出身者って、もっと大学時代のことを引っぱると思うんだよなー。
(予想)
書店員の中に多数存在すると思われる文化系サークル出身者には好意的に迎えられるだろう。あ、工学系の大学が舞台なので、「理系になんとなく憧れをもっている人たち」の点も集めるか。
今回2作が候補になっていることでも判るとおり、有川に本屋大賞授賞式にきてもらいたい人は多いはずだ。その期待値から、高得点をマークするものと予想。ベスト3には入る?

『ストーリー・セラー』有川浩
(内容紹介)
デザイン事務所に勤める「俺」は、同僚の女性が小説を書いていることを偶然知ってしまう。「俺」はその作品に魅せられ、「彼女」のファンとなり、次いで恋人となった。最愛の人であり、好きな作家NO1である「彼女」を守ろうと「俺」は決意、その勧めに後を押されて「彼女」は新人賞に応募し、見事にプロデビューを果たす。しかし不幸なことに、「彼女」は難病に侵されてしまうのだ。
複雑な思考をすることにより脳の組織が死滅していってしまうという奇病。作家という職業を持つ人間にとっては、残酷すぎる病気である(「SideA」)。もう一篇、小説家の「あたし」側から「彼」を描写した書き下ろし作品の「SideB」
を収録。
(評価)
有川浩の得意芸の一つにあま~い恋愛小説がある。本書はその範疇の作品なのだが、そこに「小説家である自分の全面肯定」ととられかねないフレーバーがかかっている点が不思議である。「彼女」が昔の文芸部仲間と思われる人間に悪質な批判記事を書かれると、「俺」は担当編集者にそのことを通告し、メインストリームで仕事をできないようにさせるのだ。
「少なくとも彼らは自身の手で住む世界を狭くした」だって。こえー! こうした箇所が私は気になった。いや、俺得設定の小説を私は否定するものではない。しかしアマチュアである「彼女」の小説を読んだ「俺」が「俺、今までずっと本読んできて、君の書いた話が一番好きだと思った」と言い出すあたりは、ちょっと付いていけなかった。そういうことも世の中にはあるんだろうけどね。
(予想)
恋愛小説としては王道の「だって、○○が死んじゃう!」(by森雪)展開なのだが、上で指摘したような部分が、敬遠される可能性はあるだろう。
いや、いったん目がハートマークになってしまえば、そうした臭みも芳香に変わったりするのかな? いずれにせよ、『キケン』と票の取り合いになったときは損をする。二者選択になったら『キケン』が残るのでは。

『シューマンの指』奥泉光
(内容紹介)
学生時代の友人から手紙をもらった「私」は、文面の中に不審な記述を発見する。指に致命的な怪我を負い、演奏家としての命を絶たれたはずの永嶺修人が、再びピアノを演奏しているのを見たというのだ。その手紙が「私」を高校生時代の追憶へと誘う。「私」は当時、音楽大学受験をめざしていた。そこに転校してきたのが、1学年下の永嶺修人だった。修人は高校生ながら、すでに天才ピアニストとしての名声を得ていた。彼と意気投合した「私」は、修人からシューマンについて教えられ、その音楽理論に薫陶を受ける。シューマンに倣い「ダヴィッド同盟」を結成した2人の交際は、次第に深まっていくのだ。
(評価)
奥泉光がこれまでに書いたミステリー系統の作品としてはもっとも単純な作りであり、「普通のミステリー」として読んで十分におもしろい。かつての新本格ミステリーを思わせるような青春小説の要素と謎風味とが融合された箇所もあり、読者を選ばない作風だ。それでも作者の主眼はミステリーの部分ではなく、「シューマンの音楽理論」を書く方にあったはずで、読むとシューマンに詳しくなったような気分にしてくれる。音楽理論の中には文学論として転用可能な部分も多く(『シューマンは切り取ってみせる。だから実際に聴こえてくる音楽は、全体の一部分にすぎないんだ』)、無限に引用を繰り返したいという気持ちにさせられる。外面は易しく、内部に深度を持つ、理想的な小説であると私は思う。
(予想)
もっとも予想が難しい作品がこれだ。この小説を読んで素直に感心しない人はまずいないはずだが、べたべたと寄り添ってくるようなうっとうしい小説(別名:『私のことを書いてくれたような』小説)ではないので、この作品に過剰な愛を注ぐ投票者は、それほど現われないのではないか。上位は難しいかな。

『悪の教典』貴志祐介
(内容紹介)
蓮実聖司は晨光学院町田高校に勤務する英語教師だ。パフォーマンス豊かで退屈しない授業や、生徒に適切な距離をとって接する態度から人気も高い。だが彼には、他人に見せていない裏の顔があった。同学年の中で才能がある生徒を自分のクラスに集め、問題行動の多い生徒が自滅して学校を去るように仕向け、先輩の教員たちを巧みに舌先三寸で操る。蓮実は、学校を自分の王国として支配しようとしていたのだ。その目的を阻もうとする者が現われれば、彼は躊躇せず死刑執行のボタンを押す。蓮実によって学校の実権が完全に掌握され尽くしたとき、生徒たちにとっての悪夢が始まった。
(評価)
上巻のじわじわサスペンスが高まる展開と、下巻の風雲急を告げるスリラー展開。どちらも芸があり、大部な内容にもかかわらずすぐに読み終えてしまう。最大の特長は蓮実聖司という怪物キャラクターを創造したことで、非道な行為を繰り返す彼に、なぜか読んでいて感情移入をさせられてしまう。そうやって読者の心を操り、自分の中にもある背徳的な部分に目を向けさせるのが作者の狙いの一つであったはずだ。謎解きのミステリーではないが、伏線が効果的に使われているのも美点の一つで、ネット用語を使っていえば「あれはフラグだったのか!」と驚かされることが読んでいるとしばしばあるはずだ。貴志の最高傑作は『新世界より』だと思うが、これも読んでまったく損をしないレベルの作品だ。
(予想)
ネックは年末の各種ランキングで軒並み1位を獲得し、第1回の山田風太郎賞を受賞した作品であるということだ。すでに高い評価が出ているので、何も今さら、という気持ちが投票者に働く可能性はある。寡作な作家にしては珍しく、次の『ダークゾーン』も刊行されているので、今回の投票はいいや、と見送るファンもいるのではないか。上位は難しい。

『ふがいない僕は空を見た』窪美澄
(内容紹介)
高校生の斉藤卓巳は、アニメ好きな主婦・あんずと不倫関係にある。セックスをするときは、あんずは卓巳にコスプレを要求し、自分もアニメ作品の登場人物になりきる。自分の書いた脚本の台詞を卓巳に言わせることで、興奮するようなのだ(「ミクマリ」)。そのあんずには、極度のマザコンの慶一郎という夫と、二人の生活に過干渉する母・マチコとの生活に縛り付けられ、そこから抜け出せずにいるという裏の事情があった。卓巳との肉体交渉が頻繁になったことが、ある事態を引き起こしてしまう(「世界ヲ覆フ蜘蛛ノ糸」)。「女による女のためのR18文学賞」受賞作の「ミクマリ」を起点とする5篇の物語。
(評価)
「ミクマリ」は、「新人にしては巧い」というレベルから脱していない作品だと思う。ちょっと毛色の違った官能小説にすぎない。しかし、素晴らしいことに窪は、それに続く作品で驚くほどの進化を遂げた。ドアの向こうにある家庭の悲劇を描いた「世界ヲ覆フ蜘蛛ノ糸」、振り向いてくれない男を追う少女の満たされなさが、ある天変地異と重ねあわされて抜群の効果を生む「2035年のオーガズム」、どちらもよいが、極めつけは「セイタカアワダチソウの空」である。これを読んで、完全に参った。住んでいるのは低所得者ばかりだと、いわれのない差別を受ける団地の少年少女を主人公とし、世界の不平等さ、残酷さを描いている。救いのない話であるのに、きらめく光輝があるのは奇跡のような作者の手腕だ。この作品だけで、本を買う価値があると私は思う。
(予想)
とても好きになったので、個人的には受賞してほしい小説だ。ほとんど無名の状態から、口コミで広まって高い評価を得たという事情もあり、好意を持っている書店員も多いと思う。本来なら「対抗」以上のマークをつけたいのだが、『ペンギン・ハイウェイ』の愛らしさ、『謎解きはディナーのあとで』の話題性に負けてしまう可能性はある。予想は4位。

以上、5作でした。残りの作品と、10作すべての順位予想は、また明日。(杉江松恋)