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―ついに電通に立ち入り調査―人はなぜ過労で死ぬのか

渡辺輝人弁護士(京都弁護士会所属)
過労死・過労自死は後を絶ちません(写真:アフロ)

「電通過労自殺(自死)事件」は、過労死や過労自死(自殺)問題に取り組む弁護士にとっては、特別な響きのある事件です。

この事件は、1990年4月に電通に入社したAさんが、翌年の1991年8月27日に自宅で自殺した事件です。ご遺族は、Aさんの死は電通に責任があるとして、損害賠償請求訴訟を提起しました。以下は、地裁、高裁の判決文等から、いくばくか、事件の事情を紹介したいと思います。なお、判決文を引用する場合でも、すべて、西暦に転換して引用しています。

はじめに書いておきますが、本稿、結構長いです。1991年の電通過労自死事件の概要→なぜ過労死は発生するのか→2016年の電通過労自死事件と労基署の立ち入り調査、という順番で論じます。

電通過労自死事件とはどういう事件だったのか

Aさんの人柄

地裁、高裁判決で認定された事実を読むと、Aさんはスポーツが得意で、中学時代にマラソンで一位、高校時代はテニス部の部長を勤め、アメリカンフットボール、スキューバ-ダイビングやスキー等もたしなんでいたようです。会社側は、主張が要約された判決文を読んでも、(法律ではなく)文学的とも思える、Aさんのプライベートな事情から自殺に至った可能性を主張していましたが、最終的にはすべて排斥されています。この記事には書きませんが、それらの事情を読む限り、私生活も若者らしく充実しており、今風に言うならいわゆる「リア充」に属する方で、自ら死を選ぶような要因は見当たらないように見受けられました。

電通の社風の一端

電通という会社は、この事件との関係では色々と語り継がれている事情があるのですが、中でも有名なのは「鬼十則」(公益財団法人吉田秀雄記念事業財団のホームページに今でも誇らしげに掲示してあります)と言われる社訓の類です。特に5項目の「取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは...。」は有名です。「殺されても放すな」です。

会社の上下関係は厳しいように思われます。地裁判決では、以下のような事実認定がされています。

Aは、新入社員として、午前九時までに出社して机の雑巾掛けをすること、ホワイトボードの書換えをすること、コピー機等のスイッチを入れたり切ったりすること、すぐに電話を取ること、出前を取ること、部費、局費を集めること、ラジカセ等の部品管理をすること、ゴルフ・コンペの賞品を手配すること、一時間に一回はファックスが来ていないかどうか確認して、来ていれば配ること等の作業をすることを求められていた。

また、地裁判決の認定によれば、広告代理店らしく、いわゆる「飲みニケーション」重視です。

Aは、酒を嗜まない方であったが、スポンサーとなる会社や、営業局との間で酒の席が設けられることも多く、また、一月に一度は、班の飲み会があり、酒を無理強いされて醜態を演じたこともあった。また、酒の席で、訴外○○から靴の中にビールを注がれて飲むように求められ、これに応じて飲んだことや、同人から靴の踵部分で叩かれたことがあった。1990年10月ころの時点では、ラジオ局員の中には、他の部署に移りたいと希望する者が多かった。

・あまり飲めないのに飲酒強要

・靴にビールを注がれ飲まされる

・靴のかかとで叩かれる

バブル真っ盛りの時代の華やかな大手広告代理店の裏側で、こういうことが行われていたのですね。なお、このように会社の部署ぐるみの飲み会で断りづらい雰囲気がある場合でも、労働時間として認定されることは、原則としてありません。認定されている労働時間の外側にも、このような事実上の拘束時間があることも重要な事情なのです。

労働時間の把握の問題

電通は、Aさんもそうですが、従業員が休日出勤したりすることもあり、地裁判決によると、Aさんの元同僚は、Aさんと同様、休日にプライベートな用事を済ませてから夜に出社して翌日に退社したこともあったようです。この同僚は、時間外労働時間が90時間を超えると、上司からどういう作業をしているのか質問されるため、上司に説明しきれない自信の無い作業については、残業時間として申請をしていなかったようです。

Aさんについても、電通に申告していた残業時間と、「監理員巡察実施報告書」「深夜退館記録簿」など、電通が社内警備用などのために作成していた文書に残されたAさんの在社時間は大きく異なるものでした。代理人弁護士の推計では「1991年1月から8月までの一カ月当たりの平均残業時間は147時間に及ぶことになる」結果となりました。

自死に至った経過

このような状況でAさんは疲弊していきます。地裁判決では以下のような認定をしています。

Aは、前記のとおり、入社した1990年当時は明るく積極的であったが、1991年春から初夏にかけての午前二時ころ、訴外××が帰ろうとしてAを探したところ、Aは雑誌局の真っ暗なフロアで目を開けたままぼんやり横になっており、訴外××が何か悩みがあるのかと尋ねたところ、まあなというような返事が帰ってきたことがあった。

同年七月ころから、Aは、元気がなく、暗い感じで、うつうつとして、顔色が悪くなり、目の焦点も定まっていないことがあるようになった。訴外××は、Aの顔色が悪いことと目の焦点が定まっていないように見えることがあったことから、Aの様子がおかしいと気づいた。××は、Aから、プライベートな問題での悩みを聞いたことがなかったため、仕事で追い詰められているのかと思った。訴外××も、そのころ、従来服装もきちっとしていたAが、ネクタイを緩めた状態でいるようになり、また、顔色が悪くなったため、Aの健康状態が悪いのではないかと気が付いた。Aは、訴外○○に対し、自分がたまに何をしているかわからないとか、どうしていいかわからない、七月ころから二時間くらいしか寝れない、寝ても二時間くらいで目が覚めてしまう、八月に入ってそれが一層ひどくなった、その原因はわからない旨話すようになった。Aは、帰宅時は、汗ばみ、疲れ切って、眼が飛び出しそうな感じであった。

地裁判決に現れたその後の1991年8月のAさんの足取りは、もはや、涙無しには読めません。

徹夜勤務明けの8月3日から5日まで休日・休暇をとったほかは、電通社内での連日のような徹夜勤務や深夜~早朝までの勤務が続きます。休日に友人にあった後に出社するなどもしています。そして、Aさんは、8月24日から26日まで、クライアント企業が後援した有名歌手の番組に関連するイベントのため長野県に出張しました。その間、24日(土)の終業後に休暇を取っていた先輩の別荘に遊びに行くなどしましたが、その際に車の蛇行運転をするなどの行動が見られました。25日(日)は朝早くからクライアント企業の関係者とテニスをしたものの思うようにできず、午後8時にイベント終了、午後9時頃からはスタッフの打ち上げで飲酒をしたが嘔吐するなどしたようです。26日(月)もイベントの関連行事に随行し、午後5時頃に車で帰宅の途につきました。イベント期間中、Aさんと一緒にいたTBSの社員は、Aさんが、従前とはイメージが変わって、きつい感じがなくなり、優しくなっており、従前の大声で笑う笑顔がまったくなかったと感じていた、とのことです。

そして、8月27日(火)。Aさんは、午前6時ころ、自車で帰宅しましたが、無口な感じで、弟に、「会社に行かないで、医者に行く。会社から電話があったら病院に行ったと言っておいて。」などと話し、午前9時ころ、同僚に電話して「体調が悪いので会社を休む。」と告げたものの、午前10時ころ、自宅において自殺していることが確認されました。

結論を先取りすると、長時間労働の末に発症した、うつ病の症状である「希死念慮」(自分は死ななければならない、と思う気持ちのことです)によって、自殺に至ったものです。この種の事件にかかわる弁護士が「過労自殺」ではなく「過労自死」という言葉を使う場合があるのも、決意の自殺ではなく、このようなメンタル疾患の症状として死に至ってしまうことを念頭に置いたものです。

ここでは、要約して経過を記載しましたが、大きな図書館や大学の図書館では裁判例が掲載された雑誌が備えられている場合も多いです。裁判例の原典に当たれる条件のある方は、以下の各判例雑誌に東京地方裁判所の判決文(東京地判1996年3月28日)が掲載されていますので、一読をお奨めいたします。本当に、涙無しには読めません。判決文なのに。

判例タイムズ906号163頁

判例時報1561号3頁

労働判例692号13頁

労働経済判例速報1599号3頁

労働法律旬報1386号33頁

電通事件最高裁判決

1996年の東京地裁判決は、原告(遺族)の請求を全面的に認める判決を出しましたが、翌年の東京高裁判決は、電通が支払うべき損害賠償金を3割減額しました。とても乱暴に要約するなら、Aさんの、真面目で責任感が強く几帳面かつ完璧主義で仕事を抱え込む「病親和性ないし病前性格」、それによる長時間労働、自分に責任のないことについて責任を感じる性格、残業時間を過少申告したことによる会社の労働時間把握の困難化、知的・創造的労働であり労働者に労働時間の配分がゆだねられているところAさんが時間の適切な使用方法を誤り深夜労働を続けたこと、などを理由としています。真面目で几帳面な性格の人が、真面目に几帳面に働いて過労死したことを理由に会社の責任を減じてしまったのです。

これに対して、遺族が上告。最高裁は2000年3月24日に判決を出しました(電通事件最高裁判決は裁判所のホームページで閲覧できます)。

最高裁判決は、

労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして、疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると、労働者の心身の健康を損なう危険のあることは、周知のところである。労働基準法は、労働時間に関する制限を定め、労働安全衛生法六五条の三は、作業の内容等を特に限定することなく、同法所定の事業者は労働者の健康に配慮して労働者の従事する作業を適切に管理するように努めるべき旨を定めているが、それは、右のような危険が発生するのを防止することをも目的とするものと解される。これらのことからすれば、使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当であり、使用者に代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は、使用者の右注意義務の内容に従って、その権限を行使すべきである。

とした上、要旨にも書いてありますが、概略以下のように述べて、3割の相殺を認めた高裁判決を否定し、電通に対して満額の損害賠償を命じました。

1 Aが長時間にわたり残業を行う状態を一年余り継続した後にうつ病にり患し自殺した場合において、Aは、業務を所定の期限までに完了させるべきものとする一般的、包括的な指揮又は命令の下にその遂行に当たっていたため、継続的に長時間にわたる残業を行わざるを得ない状態になっていたものであって、Aの上司は、Aが業務遂行のために徹夜までする状態にあることを認識し、その健康状態が悪化していることに気付いていながら、Aに対して業務を所定の期限内に遂行すべきことを前提に時間の配分につき指導を行ったのみで、その業務の量等を適切に調整するための措置を採らず、その結果、Aは、心身共に疲労困ぱいした状態となり、それが誘因となってうつ病にり患し、うつ状態が深まって衝動的、突発的に自殺するに至ったなど判示の事情の下においては、使用者は、民法七一五条に基づき、Aの死亡による損害を賠償する責任を負う。

2 業務の負担が過重であることを原因として労働者の心身に生じた損害の発生又は拡大に右労働者の性格及びこれに基づく業務遂行の態様等が寄与した場合において、右性格が同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでないときは、右損害につき使用者が賠償すべき額を決定するに当たり、右性格等を、民法七二二条二項の類推適用により右労働者の心因的要因としてしんしゃくすることはできない。

電通は、Aさんの「性格」、プライベートの「悩み」、Aさんの遺族の「責任」まであげつらって責任を逃れようとしましたが、この最高裁判決によりAさんの死について電通に責任があることが確定したと言えるでしょう。電通は、その後、遺族に1億円(遅延利息を含む)を遙かに超える賠償金を支払うことになりました。しかし、Aさんが遺族の元に帰ることは、もちろん、ありませんでした。

そして、Aさんの命という取り返しのつかない代償のうえに出されたこの最高裁判決により、使用者が、労働者の長時間労働による疲労や心理的負荷の蓄積により労働者が心身の健康を損なうことがないように注意する義務を負うことが明確になりました。この判決は日本の労働判例の歴史に、とても、とても、大きな足跡を残し、その後の労働行政、労務管理、裁判実務に多大な影響を及ぼすことになりました。

(傍論)使用者による労働時間適性把握義務について厚生労働省が通達を出す

やや脇道にそれますが、電通で採用されていた残業の「自己申請制」は、使い方を誤ると労働時間を適切に把握できない可能性が高いものです。そこで、電通事件最高裁判決後の2001年になって、厚生労働省が「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準について」(原文はこちら)という通達(通称「4.6通達」)をつくりました。ここでは、タイムカード等による労働時間把握を原則としつつ、やむなく自己申告制を採る場合でも

ア 自己申告制を導入する前に、その対象となる労働者に対して、労働時間の実態を正しく記録し、適正に自己申告を行うことなどについて十分な説明を行うこと。

イ 自己申告により把握した労働時間が実際の労働時間と合致しているか否かについて、必要に応じて実態調査を実施すること。

ウ 労働者の労働時間の適正な申告を阻害する目的で時間外労働時間数の上限を設定するなどの措置を講じないこと。また、時間外労働時間の削減のための社内通達や時間外労働手当の定額払等労働時間に係る事業場の措置が、労働者の労働時間の適正な申告を阻害する要因となっていないかについて確認するとともに、当該要因となっている場合においては、改善のための措置を講ずること。

という三つの要件を満たすべきことを求めています。

今でも、労働者の残業申請を阻害する目的でこの制度を採用していることが疑われる事例は、散見されます。もちろん、このような場合、労働者が自分でメモ等を作成していれば、裁判所はそのメモが客観的事情(ごく一例を挙げればパソコンのファイル保存時刻、メール送信時刻等)と付合していれば、申請できなかった残業も残業と認めます。

人はなぜ過労で死ぬのか

以上、1991年の電通過労自死事件についてまとめましたが、次は、人はなぜ過労で死ぬのかについて、法律・医学的知見にまたがる話を書きます。もっとも、筆者は医学については素人ですが。

大ざっぱに過労死という場合、脳・心臓疾患など循環器系の疾患を中心とする原因で亡くなる「過労死」と、メンタル疾患になった後、自殺(自死)に至る「過労自殺」(過労自死)の二つがあります。

過労死の場合

過労死については、電通事件最高裁判決後の2001年に、他の最高裁判決を踏まえ、厚生労働省がようやく認定基準を作成しました。ここでは、週40時間労働制との関係で被災前に月80時間を超える時間外・休日労働がある期間がおおむね2~6ヶ月続いた場合や、被災前にひと月100時間を超える時間外・休日労働がある場合には、過労死と認められやすい傾向があるとされます。詳しくは「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について」(リンクはこちら)をご覧下さい。

よく、「100時間くらいの残業で死ぬわけがない」という類の言説を耳にすることがあり、直近にも、東京大学の教授や武蔵野大学の教授がネット上でわざわざそれに類する発言をして物議を醸しました。後者については発言が行き過ぎ、大学から処分を受ける可能性もあるようです。

しかし、この「80時間」「100時間」という基準は、単純に残業時間に着目したものではなく、それだけの残業をするようになると疲労が蓄積した上、通勤時間や私生活との兼ね合いを考えると、睡眠時間すら圧迫するようになり、蓄積した疲労を回復することが困難になっていき、いわば、雪だるま式の疲労蓄積を招いて、循環器系の疾患を発症しやすくなることに着目したものなのです。

従って、長時間労働をしたとしても、労働の質が比較的軽く疲労蓄積が過度でない場合や、ストレスを気にせずにすぐに寝ることができる性格・家庭責任がない(果たさない)・通勤時間が短い場合などの要因で睡眠時間を確保できる場合や、体が丈夫な場合など、過労死しないこともあるのです。実際、過労死ラインを超えて残業をしてもただちに死なない方は沢山います。むしろ多数派かもしれません。ただし、その場合も、高血圧の原因になったり、様々な病変の原因ともなり得、長期的には寿命を縮める可能性があります。

一方、多くの人がただちに死なないからといって、そのような過重労働の末に亡くなった方について自己責任とはいえず、やはり、過労死として認めるべきなのです。そもそも、長時間労働で人が死ぬようなこと自体、あってはならないのです。

なお、過労死認定基準の策定については、専門家が集団で作成した「脳・心臓疾患の認定基準に関する専門検討会報告書」(PDFなので注意。リンクはこちら)が作成されているので、そちらもご参照ください。医学的知見を踏まえながら、日本人の平均的生活像などにも言及して基準を策定していることが分かります。

過労自死の場合

電通事件最高裁判決にも現れていますが、例えば長時間労働やパワハラによる精神的なストレス、その他の業務上のストレス要因は、うつ病等のメンタル疾患の原因になります。そして、うつ病等の症状として「希死念慮」といわれる、死ななければならない衝動が発生し、自死に至るのです。そうであれば、そのような業務上のストレス要因と死の因果関係を認めるべきであり、その場合、労働災害(労災)となるのです。

現行の基準ではうつ病等のメンタル疾患発症直前のひと月に160時間の残業をした場合や、発症直前の2ヶ月に平均120時間以上の残業をした場合に、労災認定することとしていますが、実際には、これより相当少なくても、他のストレス要素(業務の責任の重さ等)も総合考慮して、労災認定する場合があります。それにしても、この認定基準は労働時間単独で労災と認めるために必要な残業時間が長きに失すると思われます。

余談となりますが、2014年に発生した「STAP細胞」を巡る騒動のなかで、理化学研究所の研究者が自殺した件が大きな話題になりました。もちろん、筆者がものごとを断定する立場では全くないことは前提ですが、上記の意味での労災性のメンタル疾患に起因する自死である可能性は排除できないように思います。

拙稿:人はなぜ自殺に至るのか-労災認定基準の観点から

企業責任

くり返しますが、これらの過労死認定基準は、必ずしも機械的な数値ではなく、他の諸事情を考慮して、これらよりも短い残業時間である場合でも労災認定される場合があります。そして、そのような労災の発生について、使用者が「業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務」を怠った結果として発生した場合は、企業責任が追及されることとなるのです。

その後の「日本海庄や事件」(大庄事件)では、ついに、企業責任のみならず、経営者個人の賠償責任まで言及されるようになりました。

2016年に再度起きた電通過労自死事件

先週、またしても電通が過労自死(労災)を発生させてしまったことが判明しました。この件については、既にニュースでご承知の方も多いかと思いますが、1991年の電通過労自死事件をおさらいした後だと、なにやら既視感があります。コンプライアンス部門を持ち、他の企業の範となるべきリーディングカンパニーで、二度までもこのような事態を招いたことについて、批判は避けられないでしょう。なお、遺族の代理人弁護士は、1991年の電通事件の地裁、高裁の代理人を務め、急逝された藤本正弁護士の遺志を引き継ぎ、最高裁判決を勝ち取った川人博弁護士、新進気鋭の蟹江鬼太郎弁護士(誤植ではありません)のようです。記者会見の写真を見る限りは。

(朝日)「死んでしまいたい」 過労自殺の電通社員、悲痛な叫び

(産経)「24歳東大卒女性社員が過労死 電通勤務「1日2時間しか寝れない」 クリスマスに投身自殺 労基署が認定」

上記朝日新聞の記事を引用すると

電通では、社内の飲み会の準備をする幹事業務も新入社員に担当させており、「接待やプレゼンテーションの企画・立案・実行を実践する重要な訓練の場」と位置づけている。飲み会の後には「反省会」が開かれ、深夜まで先輩社員から細かい指導を受けていた。上司から「君の残業時間は会社にとって無駄」「髪がボサボサ、目が充血したまま出勤するな」「女子力がない」などと注意もされていたという。

とされています。この件では、メンタル疾患発症前の1ヶ月の時間外労働が105時間と認定されたようですが、すでに述べたように、これらの飲み会や反省会は、労働時間とは認定されていない可能性が高いと思います。しかし、これらのイベントが心身の健康を損なうことにつながったことは、想像に難くないでしょう。また、セクハラ的、パワハラ的な「指導」が精神的なストレスにつながった可能性も高いと思われます。やはり、「100時間の残業くらいでは死なない」という決めつけは浅薄と思わざるを得ません。

そして、ついに、昨日、電通に労働基準監督署の立ち入り調査があったようです。

(朝日)電通に労働局が立ち入り 長時間労働、全社で常態化疑い

労働基準法違反とのことなので、違法残業などで使用者が起訴される可能性があります。大企業で労基法違反が見つかった場合には、労働者の数が多いだけに、犯罪の成立件数が膨大な数になるはずです。例えば「六箇月以下の懲役又は三十万円以下の罰金」が定められている違法残業については「労働者一人」「一日あたり」「一件の犯罪」が成立し、すべてが「併合罪」の関係になります。10人の労働者に10回の違法残業をさせれば、100回の犯罪が成立するのです。その場合、刑法45条以下の条文により、懲役刑の上限は9ヶ月となり、または、罰金の上限は30万円×100=3000万円になります。経営者の個人責任のみならず、企業そのものも責任追及されます(両罰規定)。労働基準法は本当は恐ろしい法律なのです。実際の運用が甘いのは、労働基準監督官の絶対数の不足(これは元々足りないのと、あまり根拠のない公務員バッシングの「成果」でもあります)、検察庁がこの種の事件にやる気を出さないことなど、様々な要因によるものです。

この種の犯罪には、一罰百戒が肝要です。一度ならず二度までも過労自死を招いた電通で、重大な労基法違反が見つかった場合、使用者個人も、企業そのものも、厳しく罰することが必要ではないでしょうか。

そして、最後に。過労死は、絶対に、根絶すべきです。筆者はこの種の事件にもかかわるので、遺族の方にも面談しますが、どの案件でも、遺族は凄惨な現場を目撃し、自らを責め、大きな苦悩の中に投げ込まれます。一方、過労死や過労自死につながる長時間労働は、政府が断固たる姿勢を取れば、無くすことが可能だと思います。法律を変え、そういう社会を作っていくべきではないでしょうか。本稿ではこの点には触れません。この点については、佐々木亮弁護士:「電通過労自死事件から真の「働き方」改革を考える」をご参照ください。

弁護士(京都弁護士会所属)

1978年生。日本労働弁護団常任幹事、自由法曹団常任幹事、京都脱原発弁護団事務局長。労働者側の労働事件・労災・過労死事件、行政相手の行政事件を手がけています。残業代計算用エクセル「給与第一」開発者。基本はマチ弁なので何でもこなせるゼネラリストを目指しています。著作に『新版 残業代請求の理論と実務』(2021年 旬報社)。

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