「居座るのも困るが、すぐいなくなるのも困る。ええっ次郎さんよォ、任期てェのは、一体、どのくらいが適正なんだろうナァ」。部長が変なことを聞いてきます。「どうしたのサ。任期って、どこの誰の任期だィ」。「いや、業界の会合で立ち上げた研究会。知ってるだろう、次世代製品を考えるてェ、そのメンバーだった会社の担当者がコロコロ変わるのサ。せっかく、気心が知れて、さあこれからという時に、いつも決まって異動になって、次の人が来る。そして、また最初から説明しなくちゃあいけねェ、こんなことやってられねえ!」。

 確かに、業界の将来のために、自社の都合を差し置いて立ち上げた研究会。そこに参加する担当者は、ある期間は同じじゃなくちゃいけませんヤネ。それを、クルクルと猫の目のように代えるとは、そりゃあ、部長としてもやってられませんヨ。「大体、研究会を立ち上げようって、最初の言いだしっぺは、その会社なんだぜェ。それなのに、ほとんどの参加企業は、立ち上げてからずっと同じメンバーなのに、その会社の担当者だけがコロコロ代わる。これじゃあ、なめてると思われても仕方ないよナァ」。その研究会、もう3年目になるのだそうですが、もう4人も代わってしまったようでして、ウチの部長だけではなく、みんなが不評タラタラ、そんな感じらしいのです。

 「何がやってられねえって、新任の担当者に、研究会の設立趣旨から、参加メンバーの選出のいきさつや勧誘した時の事情、今までの議事について、最初っから説明するんだぜェ。しかも、どいつもこいつも、『何も分からないもので、よろしくお願いします』って。ちゃんと引き継いで、勉強してから来いってんだィ!」。部長も怒り心頭ですよ。まあ、他社の事情ですから、人事についてアレコレ言っても仕方ありませんが、よその会社も巻き込んで進めている研究会、そのご担当を自社の都合だけで簡単に代えるのはいただけませんナ。一体、この任期てェのは、どれくらいが適正なんでしょうか。

 「そうそう、研究会だけじゃないぜ、コロコロは」。「おいおい、コロコロって、すぐ代わるてェことかい、ちゃんと最後まで言えよ」。「はは、その任期コロコロ、役所もそうなんだ」。そう言われれば、お役所のご担当もよく代わってますヨ。「そうだよナァ、アタシの知っている、あのキャリア官僚。局長になったと思ったら、一年いたかどうかで、すぐいなくなっちまったし…」。そうなんです、経済産業省の地方局の局長は、たったの一年ですぐ代わるのがほとんどです。どうも、それが慣例らしいのですが、着任してやっと挨拶回りが終わって、やっと慣れたと思ったらすぐ異動。これじゃ、じっくりと仕事ができるわけがありませんヤネ。

 いやいや、行政は一貫性があるから、担当者や管理者が、いくら頻繁に代わっても、業務は変わらないとおっしゃる方もおられましょうが、やはり、短すぎますヨ。「いつか聞いたが、何でも特許庁の長官も一年で交代。これだけ国を挙げての知財戦略だ、知財大綱だ、国家戦略だと言ったって、そのトップがたったの一年でコロコロ。国際会議に出ていっても、10年、20年トップを張り続けているツワモノ相手に、新任の挨拶だけで終わっちまうなんて、これじゃあ国益を損ねるてェことじゃないか」。部長が特許庁に噛みつきました。

 よく考えると、こんな話は特許庁だけではありません。政治を見れば分かりますが、政局がらみで大臣や政務官、つられて委員長も何もかも、一年も続けば長い方なんて、多分、この日本だけじゃありませんかねェ。業界の研究会のご担当の任期から出たこの話、結構、深いものがありますゾ。

 「ところで、俺たちの任期はどうなんだろう。次郎さんはいつまで室長なのサ」。直球ストレートで部長が投げてきます。「おいおい、俺の任期なんて、そりゃあ社長が決めるんだろうけど、アタシとしては、まだしばらくはやっていたいナァ。いやいや、最初、開発から経企に異動になった時は、ホントはイヤだった。だけど、それなりに奥も深いし、何より、アタシの発案で会社の方向が決まることもあるし、ある意味、会社の開発をしているようなもの。気に入ってんだぜェ」。「そうか次郎さん、そりゃあいいなあ。それで、やりたい期間も自分で決められたら、もっといいだろうに…」。

 お局、乱入です。「何言ってんのよォ。第一、次郎さん、『自分の発案で会社の方向が決まる』って言わなかった? 冗談じゃないわよォ! アタシのアイデアがほとんどなのに、パクリはダメよ! それに、任期なんてのは、『自分で決めるといいな』と思っている輩が出ないように、短くするのが原則なのよ。いつまでも、自分のペースでヌクヌクとやってるんじゃ、居心地だけが良くなって、淀むのよ、何もかもが。だから、人心を一新することは、絶対に必要なのよ」。う~んお局、仰せの通りなんですが、それでも短すぎるのは困りますワナ。てなわけで、場所を“代えて”いつもの赤提灯…。

 「キャリア官僚の任期が短く、しかも移動を繰り返すのは、ある意味、帝王学なのよ。あえて任期を短くして、いろいろな経験をさせたその上で、官僚のトップになる。それがキャリアの条件なのよ」。お局、詳しいですナ。「でも、弊害って言うか、マイナス面もあって、ポストに留まる期間が短いので、本腰を入れて仕事をする時間がないのよね。だから、部長が言うようなことが起きるのよ」。そうか、キャリアを積むための短任期、そういうことなんですナ。

 そこに、中国から来ているO君、「中国では、ある程度の仕事ができたかできないか、つまり、任期は達成度で決めることが多いように思います。逆に、早いうちからできないと分かると、アッサリと交代、それが当たり前ですよ。それに比べて日本の、特に官僚の任期を見ていると、お飾りポストにちょこっといたり、あがりポストって言うのでしょうか、仕上げみたいに昇格して、これまたちょこっといて終わり。そんなふうに見えるのです」。しっかりと見ていますヨ。

 「じゃあ、くだんの研究会の担当者、ちょこちょこ代わって、結局は出世するてェことかナァ? どうも、そんな感じじゃないようだぜェ。その後、出世したって話、聞いたことァないし。ここだけの話、そんなに優秀には見えないぜェ」。やれやれ、部長も本音を言いますヨ。すかさずお局が、「ダメダメ部長、そんなこと言うと、あっちも言うかもしれないわよ『鈴木さんも長いだけが取り柄で、いつも一緒』なんてネ」。「おい、そりゃあないだろう! それじゃァ俺がバカてェことか?」。マアマアとなだめながら、未だ合点がいきません。任期って、何なんでしょう。

 飲むほどに酔うほどに…。「ところで、ボクはいつになったら異動になるのかなあ」。ポツリとアスパラがつぶやきます。「あら、いたのねアスパラ。ホントに目立たないんだから」って、そりゃあないぜと思ったら、その上、「心配しなくていいのよ、アタシがアンタの好きなようにしてあげるから。納得がいく仕事ができるようになるまで、じっくりと経企でやればいいのよ。そして、実力がついたら他の部署にいって、また経験を積む。それがキャリアになるのよ。ちゃんとアタシが見ていてあげるから大丈夫」って、オイオイ、アタシの部屋の人事はアタシが決めるのに…。「でも、決めるのは次郎さん。ね、そうでしょう。トップは次郎さんだから」って、ははは、分かってるじゃありませんか。

 これで楽しく飲めると思うと、またアスパラが、「それじゃ余計に心配です。確かに、表向きは次郎さんが決めるのかもしれないけど、実際は先輩じゃないですか。経企室、影の室長は誰かって、みんな知ってますよ」って、ナンテコッタ…。あっ、部長まで、うなずくんじゃないよ!