12音階が誕生するまで


最近、私は太古の音楽のことに想いを馳せる。
原始時代において、音程のある音楽は声楽だろう。楽器が無かったのだからそのことは疑いようもない。


では、その次は何だろう?木を削って木琴のようなものが作れただろうから、これがその次じゃないかと思うんだ。



うまく木を削ればいくつかの音高が出せたはずだ。


倍の周波数(1オクターブ上)などは同時に鳴らして共鳴するようにチューンすればいいので整数倍の周波数の音とその周波数を整数で割り算したいくつかの音も導き出せただろう。*1


それらをさらに音の高さごとに並び替えれば、ド・レ・ミ・ソ・ラのようなスケール(≒音の集合)が得られる。この五音から成るスケールは「ペンタトニックスケール」と呼ばれる。ペンタトニックスケールはいまでも多くの民族音楽で確認できる特徴で、実際このようにして得られたものだろう。



それでは、いま、当時の原始人にでもなったつもりで、「ドレミソラ」だけが鳴る木琴が得られたとしよう。「ドレミソラ」とそのオクターブ違いの音は鳴らすことが出来る。


原始人は「これを使って何か曲を作ろう!」と思うわけだ。
もちろん、鳴る音は「ドレミソラ」しか無い。手持ちのカードがそれだけなのだから。


木で作られたペンタトニックスケールだけの楽器でどんな音楽が作れるかというのはとても興味深いところだが、これについて書きだすとキリがないので今回は割愛する。*2



そして、この原始人はある程度、曲作りに励むことになると思うのだが、この原始人はあるとき気づくんだ。



「ミとソの間とかラと(高いほうの)ドの間、妙にすかすかしてなくね?」と。
確かに低い音から順番に木片を叩いていくと、そこで音が跳んでいるように聴こえる。



手持ちのカードが少なすぎるので、もうちょっと音を増やそうと考えた彼は、次にドの木片を手に取り、その音を基準にして、(いままでやってきたのと同じ手順で)その2/3の周波数であるファをスケールに追加した。



ファを導いた原始人は、ここで偉大なる発見をする。



隣接音であるドとレ、レとミ、ファとソ、ソとラの距離(音程)は同じ感じなのに、ミとファだけが違うのだ。それも全く違うというわけではなく、他の音程のちょうど半分ぐらいの狭さなのだ。


もしかして、このミとファの距離をちょうど倍にすれば、ドとレの音になるか?と思い、ドの木片をもうひとつ作り、それを削って(削ったほうが周波数は高くなる)ドとレの間の音を作るんだ。これをド#と書くことにする。#は「ちょっと削ったよ」という記号だと思うといい。



ここで特筆しておかなければならないが、「ドとレの木片から、正確にその中間の音の鳴る木片を作る」というこの作業は、実はそんなに難しくはないんだ。



木片を加工しやすくするため、すべての木片の厚みと縦幅を一定にしてあり、横幅だけで音高を調整しているとしよう。


弦の固有振動数はその長さに反比例するので、つまりこのとき、木片の横幅をドとレの木片のちょうど中間の長さにするだけでドとレのちょうど中間の周波数の音が得られる。


より正確に書くと、十二平均律においてド#はドとレの中間の周波数ではなく、ドの21/12倍(≒1.059463倍)の周波数であるべきで、レはドの22/12倍(≒1.122462)だから、ドとレの周波数の中間 = (1 + 22/12) /2 = 1.061231は、本来のド#より3セントほどずれているが…。まあ、この原始人がそこまで正確に知覚できたかどうかはわからないので、その部分はこれ以上突っ込まないことにする。



ともかく、こうしてド#の木片を作ってみると、なんとその原始人の予想は正しく、ドとド#との距離は、ミとファとの距離とそっくりなのだ。同じようにしてレ#、ファ#を作り、ラ#、シも作ってしまう。そうすると隣接する音同士の音程がすべて等しい12から成るスケールが出来る。



原始人はここで歓喜の声を上げる。


「俺は音の最小単位を発見した!ミとファの距離。これこそが音の最小の距離だ。これ以上分割できない。いや分割できるけど、分割すべきではないと俺は思う。」



つまり、ペンタトニックスケールを導けた原始人は、12音階も容易に導けた。
「ドレミソラ」までを導けた原始人が12音階を導けないと考えるほうがよほど不自然なのだ。


しかし、木で作られた楽器は長い歳月のなかで腐ってしまうので、私のこの仮説を裏付ける証拠は残念ながら何ひとつ現代に残されていない。


仮に原始人が石碑に記すなどして12音階という偉大な発見を後世に残していたとしても、円環が12に刻まれた文様*3を見た現代の学者はそれが子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥のような方角を指すものとぐらいにしか思わないだろう。


案外、時刻や方角、星座などに出てくる12という数字は、このようにして原始人が残した12音階の石碑をメソポタミア文明の人らが間違って解釈した結果なんじゃないかなと私は思うんだけど…どうなのかな。



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このあと、ここで出てきた原始人がスケールを獲得するまでの話。


12音階誕生後の世界
http://d.hatena.ne.jp/yaneurao/20110513

*1:ここではドの3倍音と1/3倍音である、ソとファ、そして、ソとファの3倍音と1/3倍音であるレとシbが得られ、ここで得られたシbドレファソの5音をそれぞれ全音上にずらして、ドレミソラのペンタトニックスケールが得られたとして話を進めている。ドと、ドの3倍音,5倍音,7倍音,9倍音だと、ド,ソ,ミ,シb,レの5音が得られる。全音上げるとドレミファ#ラ。そういう音階もアリだとは思う。

*2:ペンタトニックスケールによる作曲について、より専門的な興味のある人は、ペンタトニックの筒(→ http://park11.wakwak.com/~ioxinari/ )などをご覧いただきたい。

*3:例えば、楽典によく出てくるcircle of 5thのようなもの。