カダフィ大佐が死亡 ロイター通信報道
BBCは「遺体」写真放映
【チュニス=花房良祐】リビアの反カダフィ派を束ねる国民評議会の幹部は20日、42年にわたり最高指導者だったカダフィ大佐が中部シルト付近の潜伏先で拘束され負傷が原因で「死亡した」と話した。ロイター通信などが報じた。大佐は銃撃されたとの情報もある。カダフィ政権はすでに事実上崩壊しているが、死亡が事実なら中東随一の長期独裁体制は名実ともに幕を下ろす。半年以上に及んだリビアの内戦は終結に向けて大きく前進した。
英BBCなどは大佐の遺体とみられる写真を放映したが、真偽は不明。遺体の行方も明らかになっていない。大佐の出身地シルトでは同日、カダフィ派の残党が最後の抵抗を続けていたが国民評議会側の攻勢で陥落。西部バニワリードや南部セブハも制圧され、同派のリビアにおける掌握地域はほぼなくなったもよう。評議会はリビアの「全土制圧」を宣言した後に暫定政権の樹立や議会選挙の実施など民主化プロセスを実行に移す見込み。
報道が事実なら、独裁者として民衆蜂起の末に殺害されるのは1989年のチャウシェスク・ルーマニア大統領以来となる。カダフィ大佐の死亡は、シリアなど反政府デモで揺れる他のアラブ諸国の指導部の判断にも影響を与える。
大佐とその一族は逃亡中にテレビなどを通じて支持者に戦闘を続けるように呼びかけていた。中東衛星テレビ局アルジャズィーラなどは20日、大佐の4男ムタシム氏や政権報道官だったイブラヒム氏が拘束されたと相次いで伝えた。
リビアではチュニジアやエジプトの政変に触発され、2月中旬に反カダフィ派が蜂起。大佐は武力弾圧を続けたが、欧米が3月に軍事介入して国民評議会に肩入れ。大佐は徐々に追い詰められていったが、最後までリビアにとどまって戦う姿勢を繰り返し表明していた。