こんにちは、総合南東北病院外科の中山祐次郎です。

 私の住む福島県では日に日に冬が近づいています。朝7時ごろに家を出ると吐く息は白く、通勤用の車には霜が降りるようになりました。こちらではそろそろ車のタイヤをスタッドレスに換えなければならないそうです。東京から新幹線で80分しかかからないのに、気候はぜんぜん違うものですね。

 さて今回は、ほぼ連日新聞やテレビで報道されている「座間9遺体事件」について医師の視点から分析し、さらには27歳の容疑者とそれほど歳が離れていない立場から現代の若者の闇を見つめてみたいと思います。

 この事件についてご存知ない方はいないでしょうが、念のため簡単におさらいします。事件現場は神奈川県座間市のあるアパート。警視庁は、「10月下旬に行方不明になった東京都八王子市の女性(23)を捜索していた際に白石容疑者のアパートを訪問。玄関にあったクーラーボックスから2人分の頭部が見つかり、事件が発覚」(日本経済新聞の記事より)したのです。そして女性8体、男性1体の遺体が発見されました。

(写真:AFP/アフロ)
(写真:AFP/アフロ)

 初めに、被害者の方々とそのご家族へ心からの哀悼の意を申し上げたいと思います。2度とこのようなことが起きてはなりません。

 この事件はいくつかの「違和感」を私たちにもたらしました。そこで、初めにこの事件の特徴的な点を挙げましょう。

  • ツイッターで自殺願望者を募集
  • 遺体の処理は一人で実に「手際よく」行われた
  • 2カ月で9人という早すぎるペース
  • 意外と「普通」そうな容疑者像

 これらについて、順に解説していきたいと思います。

ツイッターで本音をもらす若者たち

 第1の違和感、それはツイッターで自殺願望者を募集していたという点です。インターネットを使って自殺願望者を募り、その人たちを殺害した事件は過去にもありましたが、ツイッターでかなり効率良く願望者を集めた点はこの事件に特徴的です。はたしてツイッターで自殺願望者を募集するなんてことができるのでしょうか?

 その問いに答えるために、まずツイッターについておさらいしましょう。ツイッターはもともと「tweet(つぶやく)」という意味の単語からきたもので、文字数上限があるという特徴があります。ちょっと前まで140文字、今は280文字(現時点で日本語は対象外)です。米国発のサービスですが、漢字文化のおかげか世界中でもっとも流行っているのは日本です。漢字は視認性がいいので短文でも内容が豊富になるのですね。中国では使用できず、代わりに微博(ウェイボー)という似たSNSがあります。

 そして、現代の10歳代、20歳代前半くらいの若者は、このツイッターで多数のアカウントを持っています。これはつまり、複数の偽名を使っていろんなつぶやきやコミュニケーションをしていることにほかなりません。アカウントは2~3個ではなく、5~6個持っている人も全く珍しくないほどです。そのアカウントの中には「捨てアカ(ウント)」「裏アカ」などというアカウントがあります。「捨てアカ」は本気度の低い適当な発信とコミュニケーションをするもの、「裏アカ」は匿名化することで誰にも気を遣わない好き勝手な発言をしたり、売春相手を探したり差別発言をしたりと文字通り「裏」の活動をするためのアカウントです。こういう背景があります。

ツイッターでの自殺願望者は今もゴロゴロいる

 私もツイッターは使っています。そこで、試しに「死にたい」や「自殺願望」でツイッター内を検索してみました。すると驚くべきことに、あの事件が起きたあとでも、かなりの頻度で本気度の高い書き込みがありました。

 いたずらの可能性もありますが、ここに載せた以外にも多数の「死にたい」発言が見られました。このように、事件後の現在でも自殺願望者をツイッターで見つけるのはそれほど難しくありません。そしてツイッターでは他人に見られることなく直接メールを送り合うやりとりが可能なので、コンタクトを取り、会うこともそれほど難しくないのです。

 「いやいやそうは言っても、知らない人とツイッターだけで知り合って会うことは無いだろう」とお思いの方。そんなことはありません。今の若者は、ネット上だけでのつながりから実際に会うことは実に簡単にやっています。学校ではそういうことをしないよう指導しているそうですが、残念ながら心理的ハードルは低く、若者は見知らぬ人とかなり簡単に出会っているようです。

 このような状況ですから、容疑者は比較的容易に「死にたい」という若者と会っていったのでしょう。

遺体の処理なんて素人にはできません

 第2の違和感、それは遺体の処理は一人で実に「手際よく」行われたという点。

 これについての詳述は避けますが、医師としてはっきり言っておきます。人間の体を処理するという行為はかなり大変で、体の構造をよく知っているか、別の要素がないととてもではありませんができません。人間の皮膚や骨は大変に頑丈ですし、その体液や消化管の内容物、血液などをうまく処理するのは至難の技です。報道によると、容疑者は被害者の頭部と200本の骨を保存していたようです。頭部だけを外すのは大変ですし、骨だけにするのもかなり難しい技術が必要になります。やり方によっては腐敗を起こしますから、匂いでアパート住民などから通報があり事件がもっと早く発覚することになったでしょう。

 別の要素と言ったのは、そこに快楽が介在していた場合です。本件が「快楽殺人」であった場合、犯人はその行為を楽しむことがありますから、一人で行うことは可能ですし上達もするかもしれません。想像もしたくありませんが。

なぜ発覚リスクが高まるのに毎週殺人を犯したのか?

 さて、次の違和感です。2カ月で9人という早すぎるペースについて、私は強い違和感を覚えました。2カ月で9人というと、だいたい週に一人というペース。金銭目的ならそこまでハイペースでなくてもいいはずです。こんな違和感を感じたのは私だけではないようで、犯罪心理学者の方がこんな風に書いていました。引用させていただきます。

 「供述通りであるなら、毎週のように殺害、遺体損壊を続けたことになる。これは、連続殺人としてもペースが早すぎる。(中略)楽しい殺人を短期間に行いすぎるのはもったいないし、あまりに急いで殺害をすれば、普通は逮捕される危険性も高まる」(「座間9遺体発見事件(9人ネット連続殺人事件?)の犯罪心理学」より)

 考えるに、最初の殺人を金銭目的で犯したところ、その殺人という行為の快楽に目覚め、計画性もなく毎週その行為に及んでしまった、とでも言えばいいのでしょうか。このあたりも供述が進むにつれ明らかになってきそうです。

虐待歴や変わったエピソードを血眼に探すマスコミ

 そして第4の違和感はこれです。報道が進むにつれ、どんどん意外と「普通」そうな容疑者像が明らかになってきました。普通の家庭、普通に過ごした学生時代、そして証言は友人や元恋人からのものも。近所の人にも普通に話しかけるほどのコミュニケーション能力を持っていたようです。ま、歌舞伎町でスカウトをして売春の道に引っ張っていたことがあるくらいですから、すごく真っ当で真面目な人というわけではありません。それでも、このような猟奇的な事件を起こすほどの反社会的、あるいは病的な人格が形成されるようなエピソードとは思えません。

 病院で医者をやっていると実にいろんな人に出会います。(すべて噂で聞いた話ですが)人の良さそうな80歳超の高齢男性を診察したら背中に実に立派な入れ墨が入っていたとか、「階段から落ちた」と言って自分の小指を袋にいれて持ってきた若い男性とか、意識が悪いと救急車で運ばれてきたら薬物反応(違法薬物です)がバッチリ陽性で退院後即逮捕されていった10歳代の女性とか、娘の制汗スプレーを肛門に入れて出せなくなった50歳代の男性とか。医者ならこの手の話はゴマンと知っています。

 こんな、実に多様な市井の人々と相対している医者の感覚で考えると、本件の容疑者はこれほどの事件を起こす病理を持っているエピソードがあるとは言い難いのです。どうやらそう感じたのは新聞やテレビなども同じようで、血眼になって「猟奇的殺人を犯しそうな生い立ち」を探し、ちょっとでもおかしいエピソードがあったら「やっぱりね」と大合唱をする寸前のようです。類型化して腑に落ちるストーリーを作るのは、マスコミの得意技ですしイコール人々の潜在的な願望でもありますから。

 しかし、私はこう疑っています。この事件は、限りなく普通の人が起こした事件なのではないかと。もちろん事件を起こしたという行為自体が十分に世間の平均から大きくずれていますが、それ以外に容疑者の精神や人格になんら説明のつく原因はないのではないかと。

 そう認めるのはとても苦しいことですし、決めつけるのは現段階では拙速です。が、今一度「人は誰しも悪の芽を持っている」という自覚を持つ必要があるのではないでしょうか。

 こんな考察をせねばならない悲しい事件が起きぬことを祈りつつ、今回は筆を擱きたいと思います。

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