杜の都のSF研日記(アーカイブ)

旧「杜の都のSF研日記」http://d.hatena.ne.jp/sftonnpei/ 内容を保管しております

クリストファー・ノーラン「インセプション」

私たちは列車を待っている。
列車は遠いところへ連れて行ってくれるが
それがどこへ行くかは知らない。

主人公であるコブ(レオナルド・ディカプリオ)は寝ているターゲットの夢の中に侵入し、アイデアを盗みだす新手の産業スパイ。ある日彼はとある日本の大企業要人の夢へ潜入するが、突如現れた「かつての妻」のために潜入は失敗する。だが、これは企業側のテストだった。彼は逆にその潜入相手だったサイトーから、対立グループをつぶすため相手に思想を植え付ける「インセプション」ができないかと依頼してくる。コブは相棒、夢の「舞台」を作る建築士・夢の中で様々な人間に化けてターゲットを騙す詐欺師・昏睡状態を保たせるための調整をする調剤士などのその道のエキスパートを集め、一人の御曹司の夢の中へと潜入する。


夢の中でまた夢という複雑な構成にもかかわらず、ルールはシンプルであり非常に理解しやすい展開にしてあるのがノーランの凄いところ。描かれ方はこれまでの「夢」を扱った作品と違い、いうなればサイバーパンク的。構成も、難攻不落のセキュリティに挑むクラッキングチームと言った趣。しかしそこに対して侵入してくる異物であるコブの奥さんであるモルの存在から、古典的だが今でも色あせることのない「夢と現実の境界って何だ?」という問いかけが徐々になされていく。夢を扱った他作品と比べている人も多いようだけど、こっちは罠を使って待ちかまえる「作戦」で、あっちは「治療」だからベクトルも解決策も異なっており、必然的に着地点も違う。でも、この技術使い方次第では治療に使えなくもないよね?セコい産業スパイより、ストレスフルな現代社会ではずっと出番がありそうな気もするが。


第一階層の激しいカーチェイスバトル、第二階層では「007」などを思わせるホテルバトル、そして第三階層ではコールオブデューティーもかくやの雪山現代戦(MW2はまだやってないけど)、という構成もまた夢らしくないとは思いつつも、ゲーマー的には見どころ。冒頭と第三階層、消音器付きでバスバス護衛を倒しながら進むディカプリオがスタイリッシュ。さらに「どうせ夢なんだ、派手にいこうや」と、市街戦に回転式グレラン持ち出すイームスとか素敵。でも、せっかくなのであの列車にランチャーブチ込んだり、追跡者たちがヘリや装甲車持ち出したりという展開には(夢だからってやめなさい)。 夢の崩壊と同時に弾け始める都市の描写、壮大な廃墟やクリーンで無機質な都市もその筋の人にはたまらん。
マニアな人には第9地区でも使った武器データベース「IMFDB」をどうぞ。
http://www.imfdb.org/index.php/Inception
上の台詞はコブとモルの間の重要なキーワードだが、個人的には第二階層で孤軍奮闘するアーサー(ジョゼフ・ゴードン=レヴィット)の「無重量状態でどこへ落とせって言うんだ?」という台詞が好き。スマートで落ちつき払ってて、それでいて地の利とパラドックスを駆使して戦う姿がカッコいい。
欠点をあげるならカメラか。ところどころ「ビギンズ」ぐらい寄り気味になってごちゃごちゃした印象はあった。あと第四階層こと「Limbo」を「虚無」と訳してたけど、もうちょっと分かりやすい概念にできなかったかな。自分はヱヴァ破冒頭のシーン「辺獄エリア」で覚えてたけど。


最後の階層で明かされる真実がなかなか強烈。主人公はある「インセプション」を実は成し遂げていた。それが、毎回入る邪魔の原因でもあった。一階層降りるごとに長く引き伸ばされていく時間。夢の世界で誓った永遠、それは本当に正しいことなのか。夢に閉じ込められているのは彼女か、それとも自分か。
ラストの視聴者に選択を任せるトーテムのアップも最近では少なくなった趣向であり好きだ。コブさん勢いよく回し過ぎですよ、なんて言わないように。


というわけでこの夏の洋画ではかなりおすすめ。頭を使わなくても楽しめるし、頭を使えばさらに楽しめる一品というわけで絶対見逃すな。

外部リンク

Wikipedia「インセプション」
設計士である「アリアドネ」が迷宮脱出の象徴なのは分かったけど、他の人物の名前もそれぞれ役割や背景の象徴なのか。アリアドネのトーテムであるチェスの駒の特徴はなんだったんだろう。
本作は脚本もノーランだが、ボルヘスの短編『The Circular Ruins(円環の廃墟)』や『The Secret Miracle(隠れた奇跡)がアイデアのきっかけだそうで。
流石シミュレーテッドリアリティの祖。邯鄲の夢の方が早い?まぁ確かにそうだが。

伝奇集 (岩波文庫)

伝奇集 (岩波文庫)

インセプション』の音楽に「植えつけられた」秘密 - YAMDAS現更新履歴
http://d.hatena.ne.jp/yomoyomo/20100729/inception
これはマジでビビった。
エンドクレジットであの音楽が「また」鳴るのは「熟睡中の皆さん、映画は終わったからキックの時間ですよー」という意味では無いのだ(爆)


あと、これから「キック」は流行る。幼馴染にキックされて浴槽に突き落とされ、起きたつもりがまた夢だったり(しねーよ)
(ちゃあしう)