未来のいつか/hyoshiokの日記

hyoshiokの日々思うことをあれやこれや

アート・オブ・コミュニティを読んだ

コミュニティを管理することははたして出来るのだろうか。そんなことをふと思うことがある。コミュニティの成り立ちは10あれば10の特殊な要因があり、一つとして同じものはない。それがコミュニティの個性だし存在価値でもある。RubyのコミュニティはPythonのそれとは違うし、PerlPHPのそれとも違う。Linuxのコミュニティは、BSDのそれとも違う。UbuntuSuSEのそれも違うだろう。

一方で、各コミュニティ共通の普遍的なものもきっとあるような気がする。コミュニティと言うのが人の集まりだから故の古来からあるような知恵の結集みたいなものがきっとある。

アート・オブ・コミュニティは、オープンソースのコミュニティ運営についてUbuntuのコミュニティ・マネージャーが記したものである。日本においては企業の中にコミュニティ・マネージャーなるタイトルを持つ専門職というのはほとんどいないと思うが、欧米においてはそのような専門職が存在するようである。

「職業としての」コミュニティ・マネージャーの指南書というのが本書の体裁だ。

コミュニティ・マネージャーという仕事をして給与をもらっているわけではないので、わたしはアマチュアであることは間違いないのだけど、長いことカーネル読書会を主宰してきたし、勉強会勉強会などというコミュニティの立ち上げ運営に関わってきているので、アマチュアなりにコミュニティ運営(?)の経験値はある。

社内においては、縦割り組織、横割り組織だけではなく、社内コミュニティを意識して創るというような活動をしているので、仕事半分コミュニティ・マネージャー的な立ち位置もある。

まるっきり趣味でやっているコミュニティにおいて、コミュニティの計画を書き上げる(2.4)、ミッションステートメントを作るというような作業はいささか大げさ過ぎるような気がする。カーネル読書会のミッションステートメントってなんだろう?それを書き上げてから自分はカーネル読書会を立ち上げたかというともちろんそんなことはない。面白そうだから始めてみて面白かったから続いた。だけど、ミッションステートメント的なものがまったくなかったかと言うとそんなこともなくて、カーネル読書会の前説でよく言う「日本語で技術的な与太話をしたかった。Linuxに貢献する。…、Linusを呼ぶ。技術者がゆたかで生き生きとした社会を創る」なんていうのは自分にとってのカーネル読書会の価値でありミッションステートメントのようなものである。

勉強会カンファレンスをまさに企画している最中に、本書を読みながら、イベントをうまく回すためには、スケールする方法論(誰かがボトルネックにならないで、自律的に独立して動く)が必要で、それを言語化しておくことは、コミュニティの運営コストを下げるために役にたつなあなどと感想をもったりした。

このコミュニティ的方法論でイベントをやったりするのは、コミュニティの経験値が高い人が集まると驚くほどスケールするということは経験値として分かっている。勉強会カンファレンスに参加する勉強会の達人たちはそれを実践してきた人たちである。

その人たちの暗黙知言語化して形式知化できれば、コミュニティ運営についてのノウハウが流通して、よりコミュニティを活性化、永続化、持続可能な運営ができるようになる。

本書の目的もまさにそのようなところであり、われわれは様々な実験、試行錯誤を繰り返しながら、本書でのメソッドを実践し、批判的に検証し、ベストプラクティスを発見していく。コミュニティのマネジメント方法論の一つとして利用したいと思う。

勉強会にまつわるキャズムを越えたのか

先日、会社の新卒エンジニア100名くらいに話をする機会があって、ハッカー中心の企業文化を創るというような話をしたのであるが、その中でIT勉強会カレンダーを知っているか聞いてみた。慶應義塾大学の学生、60名くらいにも話す機会があって、同じ事を聞いてみた。

ほとんどの新入社員、学生はIT勉強会カレンダーのことを知らなかったし、ましてや「伽藍とバザール」を読んだことがあるなんていう人は皆無だった。日頃勉強会に出まくっているわたしの半径5メートルのエンジニアをみているとIT勉強会カレンダーは当たり前なのであるが、そのちょっと向こう側には、まったくそれとは違った風景が見える。

カーネル読書会で見えた光景はカーネル読書会の半径5メートル程度にしか過ぎなかった。そして自分にはまだまだやることがいっぱいある。その向こう側にIT勉強会カレンダーを知らない人たちに代表されるプログラマに語るべき言葉を探し、彼らに届く言葉を紡ぐ。そして、それが自分にとって心地よい社会を作るために必要だから、ちょっと向こうまで行ってお節介かもしれないけど話してみる。

勉強会はまだまだキャズムを越えていない。

われわれがやることは沢山ある。

そのようなことを気づくとともにアート・オブ・コミュニティのベストプラクティスをいくつか実践してみたいと思った。

訳者の渋川さん献本ありがとうございました。