考察



1.抑うつ傾向と攻撃性の関連

1-1.抑うつ傾向と攻撃性の各方向の関連について

 本研究の目的は、抑うつ傾向の高い児童が、仮想的フラストレーション場面で内的反応・外的反応それぞれにおいて攻撃性をどこへ向けるのかを検討することであった。仮説は、以下の3点であった。1.抑うつ傾向の高い児童は、抑うつ傾向の低い児童よりも、内的反応のみ、あるいは内的・外的反応ともに他責傾向が高いだろう。2.抑うつ傾向の高い児童は、抑うつ傾向の低い児童よりも、内的反応のみ、あるいは内的・外的反応ともに自責・無責傾向は低いだろう。3.抑うつ傾向が高い児童は、抑うつ傾向の低い児童と比較すると、敵意が明確な場面よりも敵意があいまいな場面の方が他責傾向は高いだろう。なお、調査の都合上、本調査では場面を1つとしたため、敵意の明確な場合とあいまいな場合は比較できず、仮説3.は検討できなかった。
 主な結果は次の3点である。@高抑うつ傾向群は、低抑うつ傾向群と比べて、自責・無責反応において内的・外的反応どちらも低かったが、他責反応においては群間で差はなかった。A高抑うつ傾向群は、内的・外的反応どちらも他責反応が自責・無責反応より高かった。一方、低抑うつ傾向群は、内的・外的反応どちらも、無責反応が自責反応より高かった。B自責反応において、内的反応の得点が外的反応の得点より低い児童が高抑うつ傾向群で有意に少なく、低抑うつ傾向群で有意に多かった。また、内的反応の得点と外的反応の得点が同じ児童が高抑うつ傾向群で多く、低抑うつ傾向群では少なかった。以下、これらの知見について、それぞれ考察をしていく。
 
 
1-1.抑うつ傾向と攻撃性の各方向の関連について
 仮想的フラストレーション場面における反応得点について、群(高抑うつ傾向群・低抑うつ傾向群)×条件(内的反応・外的反応)ラ方向(他責・自責・無責)の3要因分散分析を行ったところ、群と方向の交互作用、条件と方向の交互作用が有意であった。
 群間の差に注目すると、他責反応については、内的反応・外的反応ともに高抑うつ傾向群と低抑うつ傾向群の間に差はなく、仮説1は支持されなかった。自責・無責反応については、内的反応・外的反応ともに高抑うつ傾向群は、低抑うつ傾向群よりも低く、仮説2は支持された。この結果は、P-Fスタディ標準法を用いた武田(2000)の結果と部分的に一致している。群内の差に注目すると、高抑うつ傾向群は、内的・外的反応どちらも他責反応が自責・無責反応より高かった。この結果は、児童・思春期発症のうつ病の臨床症状とも一致する。例えば、傳田・佐々木・朝倉・北川・小山(2001)によると、本研究の高抑うつ傾向群に近いと考えられる、気分変調性障害(10.8%)または小うつ病性障害(40.5%)では、怒り・イライラ感はそれぞれ33.3%、44.4%に出現していた。しかし、罪責感はそれぞれ0%、2%と低く、低い自己評価も、それぞれ33.3%、11.1%であった。一方、低抑うつ傾向群は、内的・外的反応どちらも、無責反応が自責反応より高かった。これらの結果から、抑うつ傾向の高い児童は、抑うつ傾向の低い児童よりも、相手の意図があいまいな場面で、状況を仕方のないことだと捉えたり相手を許容したりする傾向や、自分にも何か原因がなかったかと思う傾向、またそのように相手に伝える傾向が低いといえるだろう。児童期は、友人から意図があいまいな被害を受ける葛藤場面(水をかけられる、工作を破壊される、ボールをぶつけられる)において、相手に自分の状況を伝えたり注意を与えたりする(注意)傾向は学年が上がるにつれて低くなり、代わりに自分の気持ちを伝えて相手を安心させる(許容)傾向が高くなる(一前,2000)。しかし、上記の結果より、高抑うつ傾向群は、高学年でも他責反応の抑制にとどまり、許容して相手を安心させるような発言はできにくいと考えられる。そしてその傾向は、無責反応で条件間に差がなかったことから、どのように対応したらいいのか分からないなどの理由ではなく、被害を偶然と捉えたり相手を許容したりする気持ちが低いためといえるだろう。また、自責反応に関しては、全体的に低抑うつ傾向群の方が得点は高かったものの、内的反応より外的反応の方が高い者が抑うつ傾向の低い児童で多く、逆に抑うつ傾向の高い児童では少なかった。これは、抑うつ傾向の低い児童は、相手から被害を受けて不快になる場合でも、自分に原因帰属する発言をすることで、相手とのネガティブな相互作用を避けようとするが、抑うつ傾向の高い児童はそうではないことを示していると考えられる。以上のような結果となった考えられる要因として、うつ病に特有な認知のゆがみと言われるものの中の、恣意的推論と二分割思考(傳田,2002)がある。恣意的推論とは、根拠が少ないのにあることを信じ込み、思いつきで先走り、勝手に独断で物事を判断してしまうことをいう。例えば、仲のよい友達が別の人と楽しそうに話していたとき、「あの人は、私より別の人と話している方が楽しいんだ」「仲間はずれにされてしまった」と思い込んでしまう場合などが当てはまる。また、二分割思考とは、何事も「白か黒か」「○か×か」「全か無か all or nothing」「成功か失敗か」というように、あいまいな状態を許さず、物事を両極端に分けてしか考えられないことをいう。少しでも満足できないことがあると、すべてが失敗したように感じられてしまう。本研究で使用した仮想的フラストレーション場面は、加害児童の意図があいまいであるが、そのあいまいさを受け入れにくいことに加えて恣意的な推論が行われたことで、高抑うつ傾向群は他責のみが高く、自責・無責は低かったとも考えられる。一方、低抑うつ傾向群は、いろいろな可能性を考えることができるために、他責・自責・無責どの方向においてもある程度の得点があるという結果になったのではないだろうか。
 
 1-1.で明らかになったように、他責全体では群間で有意な差はなかった。しかし、項目ごとに分析すると、群間に有意な差がみられたものがあったため、項目ごとの分析結果は、特に他責反応に注目して考察する。他責反応の中では、高抑うつ傾向群は、項目「せっかくの絵が台なし」が条件に関係なく高かった。これは、高抑うつ傾向群は、被害を受けたことへの単純な不満が高く、またそれを口にする傾向が低抑うつ傾向群より高いことを示していると考えられる。これは、武田(2000)の結果と一致する。この項目は条件の主効果も有意であり、条件の主効果のF値が他の項目と比べて高いこと、「言われたら傷つくと思う」と自由記述で書いていた児童がいたことからも、児童が相手を傷つけないように考えてかなり抑制しているといえる。また、高抑うつ傾向群は、項目「片づけて欲しい」が内的反応で得点が高く、相手に物理的な補償を求める気持ちが高いことを示していると考えられる。一方、項目「もう少し気をつけて」は、有意傾向ではあるが、低抑うつ傾向群の方が高かった。これより、抑うつ傾向の低い児童の方が、相手に自分が不快であることを示しながらも穏やかに注意することができると考えることもできる。
 
 
鈴木・安齋(1999)は、P-Fスタディ質疑法を用い、一般大学生を対象に抑うつ傾向と攻撃性について検討している。その結果、抑うつ傾向の高い者は、内的反応では非抑うつ者より他責が高く自責が低いが、外的反応では他責・自責ともに抑うつ者と非抑うつ者に差はなかった。つまり、抑うつ者は表面的には適度に自責的な態度で人と接しているが、それが内面からあらわれたものでないことがうかがえる。調査方法が異なるため、比較できない部分もあるが、本研究の結果では他責反応は群間で差は見られず、自責・無責は低抑うつ傾向群が高かった。抑うつ傾向の高い児童は、大学生と異なり自責・無責反応を装う傾向はないが、成長する過程で内面の他責傾向は高くなっていく一方、気持ちを抑えて表面的には友好的に振る舞うスキルを徐々に身につけていき、内面と外面の差が広がっていくのかもしれない。
 
 
 本研究の結果から、抑うつ傾向の高い児童は、あいまいな場面で他責的反応は適度に抑制できるが、状況を仕方のないことだと捉えたり相手を許容したりする傾向や、自分にも原因がなかったかと思う傾向、またそのように相手に応答する傾向が低いと考えられる。他責の抑制から、攻撃的な表出をすれば相手児童とのトラブルに発展し、関係が悪化する可能性があることを高抑うつ傾向群も理解していると思われる。被害を仕方ないこと、不可抗力だったなどと捉えられるようにするような介入が考えられるが、一般に、認知変容は行動変容などに比べ困難であることが予想される(坂井・山崎,2003)ため、攻撃的でない主張方法を教えることで、より効果的な介入ができると思われる。児童期のアサーショントレーニングの抑うつ予防の有効性については、武田(2003)も考察している。アサーショントレーニングは、誰でも自分の思いを主張する権利があることを初めに丁寧に理解させ、その後実践の中で、思いを抑えて周囲とコミュニケーションをとろうとするのは不自然であることを実感していく。自分も相手も大事にできるような主張の仕方を徐々に考え、実践できるようになっていくことで、ネガティブな感情も適切に表現できるようになれれば、他者とより良好な交互作用を展開できるようになり、関係も深まっていくだろう。
 今回得られた結果では、抑うつ傾向に関わらず児童は他責反応を抑制していた。ネガティブな感情の抑制は適応のためにはある程度必要で、アサーションも少なからず感情の抑制を含んでいるが、より適切な主張法を考える機会を与える意味で、トレーニングは抑うつ傾向の高い児童だけでなく、全員を対象に行ってもよいだろう。
 しかしながら、認知面へのアプローチもやはり重要であると思われ、それを考える際には、うつ病の代表的な治療方法である認知療法が参考となる。認知療法では、ある感情が生じた出来事について整理し、そのときの自分の感情や思考に目を向け、偏った自分の自動思考に気づくとともに、適応的思考(別の見方・考え方)ができるようにしていく(傳田,2002)。うつ病になると、集中力や思考力が低下するために、通常通りの思考は困難となるが、自分の思考の癖に気づいたり、他の可能性を考えたりする力を高める取り組みを行っておくことは、抑うつの予防につながると思われる。具体的には、ネガティブな感情を経験した出来事や仮想的な葛藤場面を用いた練習が考えられる。同時に、日常の生活場面でも、子ども同士でトラブルがあったときなどに、状況を整理させ、そのときの感情や思考を振り返らせ、他に可能な見方はなかったか、さらにはどのようにするのが最も望ましいか、を考えさせることで、子どもたちが自分の感情に気づきコントロールする力や問題解決能力を養っていけるように積み重ねていくことが大切だろう。このような介入を行っても幼い子どもにはなかなか難しいことと思われるが、小学校3・4年生以降、メタ認知が発達していく(上淵,2004)につれて徐々に可能となっていくと考えられる。
 
 最後に、本研究の課題を述べる。まず、児童の抑うつ傾向については、他者評定も合わせて行うなど、より正確に抑うつ傾向児を抽出できるようにしていく必要がある。自己記入式評価尺度を用い、一定のカットオフ・スコアを設定して疾患のスクリーニングを行う場合、false positive(偽陽性)が増える(染矢,1997 [傳田ら,2004より])こと、臨床症例では、行為障害(25.0%)、行為/情緒障害(40.7%)、情緒障害(13.8%)、適応障害(28.6%)、発達障害(14.3%)など、他の疾患の者もカットオフ・スコアを超える場合がある(Birleson, Hudson, Buchanan et al., 1987 [傳田ら,2004より])ことが指摘されている。そのため、高抑うつ傾向群は抑うつ以外の疾患を持つ児童も含まれている可能性がある。
次に、フラストレーション場面については、対象児が加害児童の意図をどのように認知しているかまで踏み込んで検討することが必要だろう。今回使用した場面は、P-Fスタディとは異なり状況の説明はされているが、被害児童Aの視点のみであり、加害児童Bの意図や加害行為が行われた経緯は明示されていない。それらについては、なお対象児がそれぞれ判断する余地があるが、今回は測っておらず、対象児がどのように認知したかは推測にとどまるためである。
 また、応答のバリエーションを増やしたり、自由記述や観察などの質的なデータから検討したりする必要もあるだろう。加害児童の意図認知の他にも、加害児童の性格、加害児童の表情、登場人物同士の親密さ、被害の大きさの認知など、応答に影響を及ぼすと考えられる要因は多い。例えば、加害児童が攻撃的な子どもの場合、相手の意図があいまいな場面で相手に敵意があると推測する傾向が強くなる (一前,1997、濱口,1996)という。応答についても、口調や語気、表情の違いで相手に与える印象は異なり、その後の交互作用の展開が変わってくると考えられるし、泣く、何も言わない、立ち去るなど、言語を伴わない反応も現実場面ではあり得るためである。