Devil's Own

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『スプライス』(ヴィンチェンゾ・ナタリ)

"Splice"2009/カナダ・フランス

 カナダスリラーの異能、ヴィンチェンゾ・ナタリの最新作。『キューブ』は私が中学生のときに話題になり、私も当時は熱狂した。『スプライス』はその次作として既に構想されていたものらしいが、必要な技術と予算を得て10年ごしの実現となった。よくもこれだけ異形な物語を続けざまに考えつくものだ。『キューブ』以降のナタリの仕事にはそこまで注目していなかったが、本作ではそのゆがんだ想像力が発揮されている。
 科学者カップルのクライヴ(エイドリアン・ブロディ)とエルサ(サラ・ポーリー)は遺伝子交配による新生物の開発に成功する。ふたりはこの新生物に、知的生命体(つまり人間)の遺伝子を組み合わせることで研究が完結すると考えていたのだが、さすがに企業側からストップをかけられる。しかし、科学者としてのエゴを抑えることができずに禁断の合成生物を生み出してしまうのだった…。マッドサイエンティストが新生命を生み出す基本プロットは現代版『フランケンシュタイン』といったところだろうか。私なんかは『帰ってきたウルトラマン』の名エピソード「許されざるいのち」を思い出したりもした。そこに、『エイリアン』や『ザ・フライ』などに通底する妊娠恐怖のモチーフ、『イレイザーヘッド』や『エレファント・マン』を思わせるフリークスの悲哀が掛け合わされ、作品それ自体が怪奇映画のキメラのようでもある。生物学的なグロテスクさとエロティックさを兼ね備えたクリーチャーの造形や、悪趣味かつスラップスティックな「発表会」シーンも最高だが、特筆すべきは「子育て」が孕む危うさを描いている点だろう。主人公ふたりは、自ら作り出した生物をドレン(NERDの逆読みという安易なネーミングセンスからしてどうかしている)と名づけ、育てることにする。ここではごく一般的な「子育て」イベントを踏襲することで、ふたりの「親」としての未熟さと無責任さが露呈していく。エレンが妊娠・出産を望んでいないことが序盤で示されているため、ドレンを育てる彼女の執心ぶりにはつねに「飼育」の薄ら寒さがつきまとう。明らかにドレンへの殺意を持った行動をとりながら、失敗するやいなや「助けようとしていた」と居直るクライヴも恐ろしい。部屋の内装やジャンクフード、カスタム白衣などによって、ふたりの幼稚な人間性がさりげなく描きこまれているところにも好感が持てる。こういうディテールって本当に大事よね。クライマックスの展開がやや平坦すぎるが、ムードは出ていたのでいいとおもう。珍妙な題材を純古典的な怪奇映画の手法で描き切る。ダークキャッスルの真骨頂ともいえる快作だ。
余白
・エレンと母親の関係性についても具体的な説明は一切ないが、悲劇を引き起こす背景として大きな説得力を持っていた。エレンは『キャリー』の少女が成長した姿ともいえるね。
エイドリアン・ブロディのフィルモグラフィが最近おかしなことになってきている気がするが大丈夫だろうか。特定の層にとっては、ニコラス・ケイジクリスチャン・ベイルと並び信頼できる俳優になりつつあるかもしれない。
・ドレンを演じたデルフィーヌ・シャネアックの演技が魅惑的で、(性的な意味も含めて)フリークス好きは必見。『エイリアン4』好きにも必見。デルフィーヌ・シャネアックは素顔からわりとビョーク似ですね。