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アニメの「声」も「人種」どおりキャストせよ……俳優も謝罪。過剰反応? 今のアメリカでは当然の流れか

斉藤博昭映画ジャーナリスト
ベトナム系アメリカ人の役の声を担当し、後悔と謝罪を明かしたアリソン・ブリー(写真:ロイター/アフロ)

今この時期、「人種」に絡む問題に、どれだけ人々が敏感になっているか。その状況を端的に示すのが、アメリカでのアニメの「声」に関する問題だ。

人種差別への湧き上がる反発に伴って、アメリカのアニメ作品では、「非白人」のキャラクターの声を「白人」の俳優が担当するという状況を完全に変える。そんな動きが加速している。

Apple TV+の「セントラル・パーク」では、混合人種の役を演じていたクリステン・ベルが降板することをプロデューサーが発表し、「ファミリー・ガイ」の製作と声の出演を担当したマイク・ヘンリーや、あの「シンプソンズ」のプロデューサーたちも、今後は白人が演じている非白人キャラクターの声優(ボイスキャスト)をすべて入れ替えると声明を出した。

これまで実写映画では、たとえば「攻殻機動隊」のハリウッド実写化で、草薙素子にあたるヒロインを、白人のスカーレット・ヨハンソンが演じたときに批判が起こり、「ホワイトウォッシング」なる言葉が広まったし、人種ではなくセクシュアリティという点でも、トランスジェンダーの役は、実生活でもトランスジェンダーの俳優に演じさせるべきだという論議も起こったりしてきた(この時もスカーレットが槍玉に上がり、役を下りた)。

ただ、これが「声の演技」に、それも隅々にまで広がるとは、今回の人種差別問題の根深さを実感する。つまり徹底的にこの問題に向き合い、批判のない、ある意味で健全なあり方を目指しているようでもある。歴史を振り返って何度も巻き起こった人種問題を、今度こそ本気で根本から解決しようとする、ショービジネス界の「意地」を感じられる。

たしかにメジャーな映画作品、たとえばディズニーの長編アニメなどは特に近年、役の人種に合わせたボイスキャストが選ばれている。これがTVなどのアニメシリーズにも波及してきたということだ。

では今後、たとえば海外のアニメをアメリカで英語吹替版を作る際には、どうするのか。『君の名は。』や『天気の子』のアメリカ公開版では、当然のごとく、白人を中心としたキャストが英語の声を担当している。明らかに日本を舞台にした日本人の物語の場合、これからは日系アメリカ人のキャストに声を任せる方向へいくのか。他の海外アニメ作品も含め、そんな想像力もはたらいてしまう。

よりキャラクターに近いボイスキャストということなら、人種だけでなく性別や年齢も問題になる、というのは考えすぎ? 日本のアニメでは、性別や年齢の枠を超えて歴史に残るキャラクターが次々誕生してきた。それも声優の実力でもあると思うのだが……。

その『天気の子』の英語版で夏美の声を担当し、「マッドメン」「GLOW:ゴージャス・レディ・オブ・レスリング」で知られるアリソン・ブリーが、先日、非白人の声を演じ続けたことでの後悔と謝罪をインスタグラムで表明したことは、この問題の深刻さを物語る。『天気の子』ではなく、Netflixの人気アニメシリーズ「ボージャック・ホースマン」に関してだ。アリソンが声を担当していたのは、ダイアン・ニューエン。主人公を助けるゴーストライターという重要キャラで、ベトナム系アメリカ人という設定。

「今さらですが、ダイアンの声を担当しなければよかったです。特定の人種のキャラクターは、その人種の人の声が当てられるべきだと、今は理解できますから。ベトナム系アメリカ人社会の人たちの貴重なチャンスを奪ってしまったことを、心から謝りたいです。このような理由で声の仕事から降板している人を尊敬するし、私も彼らからいろいろ学びました」

出典:アリソン・ブリーのインスタグラムより

アリソンのこのインスタには「たしかにダイアンの声はアメリカ人そのものだったけど、アリソンの演技はすばらしかった」と、彼女に励ましを送りつつ、その言葉に賛同する声が目につく。アリソンのこの告白は、現在の状況を考えれば「炎上を予防する対応」かもしれないが、それだけ人々がこの問題に敏感になっている証拠だろう。

「ボージャック・ホースマン」のクリエイターであるラファエル・ボブ=ワクスバーグも、ツイッターで「アジア人のキャラクターに白人の俳優の声を当てることの必要性と理由を、そのうち説明しようと思ってきたが、いろいろ考えるうちに、そしてまわりの意見を聞くうちに、この判断が間違いだったと気づき始めた」と告白している。

さらにボブ=ワクスバーグは、「アジア系アメリカ人女性のステレオタイプから離れるようにして、人種だけで定義されないキャラクターを作りたかった。でも私は別の方向にむかって書いてしまったようだ。われわれは、どこかで必ず人種で決まる『何か』を持っている」と書いている。

「ボージャック・ホースマン」はすでに全シリーズを終了しており、今から改めてダイアンの声を変更する予定はないそうだが、こうした問題から、アニメ作品でのボイスキャストにおける人種問題は今後、より慎重に、繊細に取り組まれていくだろう。実写映画でもここ数年、アフリカ系、アジア系のキャラクターが意識的にメインとなって登場するケースが増え、ドラマや映画を観る側も、それを歓迎する状況が自然となりつつある。

「声」の人種までとことん意識することは、われわれ日本人にとって時に「過剰」のようにも感じられる。しかし今のアメリカでは、過剰とも思える判断こそ「健全」なのかもしれない。

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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