夫の会社が妻の会社の育児支援にタダ乗り——カネカショックで露呈した現実

育児 母親

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育休復帰直後の男性に転勤を命じたのはパタハラか —— 。

夫側が育休明けすぐに転勤を命じられたとしてこれは「見せしめではないか」と批判を浴びていたカネカは、6月6日に会社ホームページで公式見解を発表し、対応に問題は無いとした。

筆者は15年以上、共働き家庭を取材してきた。カネカの事例は仕事と家庭を巡る日本の常識を変えるきっかけになると思い、注目している。

特に大きな変化を感じたのは、当事者であるご夫婦とメディア・世論である。また、こうした社会規範の変化についていけていない企業の実状が浮かび上がったところも興味深い。

今回、多くのメディアや性別を問わず有識者が会社に対して批判を寄せたのは、法的な観点からではない。男性も自らの選択に沿って家庭参加できることが望ましい、という価値観が共有されつつある中で、新しい社会規範を理解しない会社のありようが時代遅れとみなされたからである。

この点、適法性に焦点を絞ってホームページで理解を求めた会社とは認識のずれが生じている。

「もう帰るの?」と上司から嫌味

通勤電車

ある大手銀行の元男性社員は、家事育児をするため残業せずに帰宅したところ、「もう帰るの?」と嫌味を言われたという。日本企業の現実だ。

撮影:今村拓馬

ところで、パタハラは今に始まった話ではない。以下は私が取材した事例だ。

ある大手銀行の元男性社員は、産後の体調がすぐれなかった妻をサポートし家事育児をするため残業せずに帰宅していたところ、その状況を知っていた上司からねぎらいの言葉をかけられるどころか、あからさまに「もう帰るの?」と嫌味を言われたそうだ。

予定されていた海外赴任が立ち消えになったこともあり、この男性は同業の外資企業へ移った。転職先は厳しい成果主義である一方、家族の必要があれば早く帰るのは当たり前という文化があり、非常に働きやすいと話していた。

ちなみにこの男性の上司はワーキングマザーだった。

他の業種でも育休を取った男性が「帰ったら君の席はないと思った方がいい」と言われた事例など、数えきれないほどパタハラの事例を聞いている。

男性が育休を取得しない理由としては「言い出しにくい」とよく耳にする。実際に起きているパタハラ事例を知れば、理解できる。

支援制度整っている会社で偏る負担感

育児 男性

恐れを理由に男性が家庭責任を果たすことを控えていては、現状は変わらない。

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しかし、恐れを理由に男性が家庭責任を果たすことを控えていては、現状は変わらない。

女性活躍推進法が施行されて3年が経ち、女性を管理職に登用する企業は増えている。中途採用市場では、役員候補になりうる管理職経験のある女性を探している、とよく聞く。

企業の女性に対する見方は変わってきたように思えるが、変わらないのは、男性労働者の働き方と、その働き方を家庭内で支える存在として女性を想定していることだ。

同じような学歴と職歴を持つ夫婦を見ていると、出産後に女性が仕事をペースダウンしたり、最終的には辞めたりするのは、まだまだ当たり前の風景だ。

妻の職場が大企業であれば育児支援制度が充実しているせいで、育休や時短をフル活用し、平日の家事育児全般をこなす。結果、子どもを持って働く女性が増えるほど、その職場では独身や子どものいない既婚者の負担が増える構図が生まれる。

「家事育児は女性」という価値観変えるべき

資生堂 ショック

2015年、子育てしながら働く女性が増えた資生堂では、美容部員の働き方が問題になった。

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行きついた先が2015年に話題になった「資生堂ショック」だ。女性活躍が進み、子育てしながら働く女性が増えた資生堂で、美容部員の働き方が問題になった事例である。

家族形態の違いによる働き方の違いが不公平感を生むようになり、会社は子どものいる女性社員も、できる人は夜間や休日のシフトに入ってほしい、とアナウンスした。

これが「ショック」と呼ばれたのは、子どものいる女性社員に対する同情ゆえだろう。

私は会社のアナウンスは合理的だと思った。「女性を夜働かせるのは可哀想」という発想の根本にある「育児家事は女性がやるのが当たり前」という価値観こそ、変える必要があるからだ。

ワーキングマザーのワンオペ育児が社会全体にもたらす構造を俯瞰して見ると、この時の資生堂の対応はむしろ、日本社会全体で考えるべき大きな問題提起であった。

女性雇用の会社の制度にフリーライド

オフィス 女性 活躍

日本では、女性を多く雇用している企業の育児支援制度に、男性を多く雇用している企業がフリーライドしている形だ。

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想像してみてほしい。

ある女性Aさんが育児支援制度を目一杯使い、家事育児をひとりで引き受けているさまを、ミクロな視点で見れば「大変だね」「頑張っているね」ということになる。少し引いた目線で見ると、夫であるBさんは平日の家事育児を妻に任せられるから、子どもができる前と同じように働ける。

時間を気にせず働ける夫Bさんは、時短で働く同僚女性Cさんの仕事を肩代わりしているかもしれない。そしてCさんは、Aさんと同じく家事育児をワンオペで担っているだろう。それができるのは、Cさんの仕事をBさんが引き受けてくれるからだ。そしてCさんの夫Dさんは、家事育児を妻に任せられるから、長時間働いている。そして、Dさんの職場には……。

こうした連鎖が企業を超えて続いているのが、今の日本だ。これを企業単位で見れば、女性を多く雇用している企業の育児支援制度に、男性を多く雇用している企業がフリーライドしていることになる。

転勤3週間前通告は働く妻が想定外

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日本の企業は、転居を伴う転勤を命じるとき、その配偶者が働いているかもしれないことは基本的に考えない。

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家庭内の性別役割分業、つまり妻が夫のキャリアを優先しサポートすることを前提とした人事マネジメントは、今も根強く残っている。

だから、今回のカネカを見ても、そもそも育休の“見せしめ”かどうか以前に、3週間前の通告で転居を伴う転勤を彼に伝えることができるのだ。彼の配偶者が働いているかもしれないことは、基本的には考えない。子どもの転校や転園に伴う手続きのコスト、精神的なケアにかかる負担は「誰か」がやってくれる暗黙の前提がそこにある。その誰かは一部の例外を除けば女性である。

この前提を打ち破らない限り、企業内だけで完結する女性活躍施策の効果は限定的だろう。日本の企業には、カネカの事例を他人事と思わずに自社内で起きていることを知ってほしい。

そのため、最後にお伝えしたいケースがある。

家庭内の男女平等を求める人事

共働き

女性に人材育成の投資をしている企業にとっては、家庭内の男女平等を求めることが合理的だ。

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15年ほど前、筆者が20~30代を対象とするビジネス誌の記者をしていた頃「女性が働きやすい会社は男性も働きやすい(と私たちは思う)」と題した特集を担当した時のことだ。多くの企業にアンケートを行い、女性管理職比率や育児支援制度、男性育休取得者の数を調べた。

特集の中では男性育休取得者と人事担当者に取材し、好事例として掲載した。ここで取り上げた大手電機メーカーには、すでに何人も男性育休取得者がいた。第一子の時は妻が育休を取得、第二子の時は夫が育休を取得した夫婦の夫側に話を聞いた。この夫婦は社内結婚であり、妻はSEとして働いていた。

人事担当者は男性育休を明確に肯定していた。「女性だけに家事育児の負担がいくと、女性のキャリア形成にマイナスになる」ことが理由だ。

SEや営業職など女性も活躍していたこの企業では、女性が育児を理由に仕事を辞めたり、マミートラックにはまったりすることは企業にとっても得策でない、という意識が根づいていた。女性にも人材育成の投資をしている企業にとって、家庭内の男女平等を求めることが合理的なのである。

印象に残ったのは、この人事担当者は「ワークライフバランスは子育て層だけのものではない。子どもが大きくなった中高年男性こそ、私生活のために休みを取ってほしい」と話していたことだ。

今、読み返しても先進性を感じる発想である。

今回、カネカの対応を批判したメディアや世論は、15年前、私が先進事例として紹介した企業や夫婦の価値観に近づいている。

企業の実状は、まだら模様だ。変化に気づき変えようとしているところと、いまだに古い価値観に引きずられているところが混じっている。

各企業人事部の方には、カネカの事例を他人事と思わず、自社の制度と実態の乖離について調査することを強くお勧めしたい。変化に対応できない企業は若い労働者から見放されてしまうだろうから。

治部れんげ:ジャーナリスト。昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員。1997年一橋大学法学部卒業後、日経BP社入社。その間、2006~07年ミシガン大学フルブライト客員研究員としてアメリカの共働き子育て先進事例を調査。2014年からフリーに。国内外の共働き子育て事情や女性の働き方に関する政策について調査、執筆、講演などを行う。

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