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ニートが10万円で映画を作ったら、全国上映が決まった話

現在、映画監督・脚本家村上リ子です。

この度、私が初監督・脚本を務めた短編映画が、イオンシネマを中心に全国50館以上の映画館で上映されることになりました!

実は、私は去年の10月まで映画と無関係な人生を送っていました。

そして、映画学校に通ったことも制作会社で働いたこともない完全未経験で制作資金も人脈もない状態で映画を作り始めました。

結果的に、かかったお金はたった約10万円
巻き込んだ人数はなんと約30名
始動から完成までの期間はたった4ヶ月

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「短編映画とはいえ、未経験なのに10万円で映画館で上映できるクオリティのものを作れたのは凄いね!」
「どうやって作ったの?」

と言っていただくことが多いので、どのようにして短編映画を作ったのかを書いていきたいと思います。

・映画の作り方が知りたい方
・やりたいことはあるけど踏み出せない方
・ニートで絶望してる方
・監督を探している映像関係者の方

などに読んでいただけたら嬉しいです!

起業失敗!ニートになる

事の発端は去年の4月。
大学を卒業後、「起業するぞ!」ということで就職せずにせっせとアプリのモックを作る日々を送っていましたが、気付けば共同創業者との連絡が途絶え、なんやかんやあり起業失敗

周りの友人の多くが大企業でキラキラ働く中、見事ニートが爆誕しました。
うちは実家も田舎で裕福ではありません。
周りが立派に「ボーナスをもらった!」とか「初任給で親に〇〇あげた!」と言っているのを横目に、「何かしないとやばい…」と焦っていました。
大学時代の貯金も底をついてきてじりじりと貧乏になっていきます。
自分だけ取り残されたようで辛い日々を送っていました。

1回就職するか〜と思い中途採用でデザイン会社を受けてみるも、スキルがなさすぎて不採用。テレアポをすれば1ヶ月で突発性難聴になり、スーパーのバイトに応募するも落とされる。
チャレンジ精神と勤労意欲だけはあるのですが現実は甘くありません。社会不適合者すぎて泣けてきます。

これはもうフリーランスで頑張るしかないと思い、映像編集が趣味だったので映像制作の仕事を始めることに。
なけなしのお金で30万のカメラを買い、営業・企画・撮影・編集など全部自分でやることにしました。

早速、ある1人の女性経営者のところに商談に行きました。
料金説明をすると、「ポートフォリオを見ても、1回やってみてもらわないとどんなものかわからない。今回が良ければ次回は必ずちゃんとお金をお支払いするから、初回は無料でお願い!」と頼まれました。
次回からお客様になってもらえるなら…ということで、時間を費やして撮影・編集をしました。
「素晴らしい出来で感動しました!」とご連絡をいただき、嬉しいことに動画をHPにも使っていただきました。
しかし、結局2回目も「私の知り合いはもっと安く友達価格でやってくれる〜」などとおっしゃられ、結局有償での依頼はありませんでした。
(後でフリーランスあるあるだと知りました)
そんなこんなで、なかなか思うように稼げるようにはなりませんでした。

映画監督になることを決意する

しかし、2020年も10月にさしかかろうとしていたある日、Instagramを観ていて気付きます。
「私より撮影・編集が上手い人って、山ほどいるな…!?」
当たり前ですが、このとき私はまだ撮影・編集を始めたばかりで、スキルも素人に毛が生えたようなもの。最近は映像クリエイターもとても増えていますし、YouTubeやInstagramを見ても私より綺麗な映像を載せている人がたくさんいます。さらに、撮影のクオリティを上げるためには撮影機材への課金も必須です。

そこで、「自分の強みはなんだろう?」と考え始めます。
自分の人生を振り返ると思い当たることが1つだけありました。「物語を作ることだ!」と。
実は12歳から小説を書いていて、田辺聖子賞という賞をいただき全国2万点中最優秀賞になったことがありました。

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完全に過去の栄光ですが、幼少期から自然とやっていることは、やはり自分が本当にやりたいことであることが多い気がします。
そこで、物語のある映像…映画なら自分の強みを活かせるのでは?と思い立ちました。

とは言っても、私は大学卒業後の23歳まで全く映画制作に触れたことがなく、映画監督志望の人の中ではかなり遅い滑り出しと言えます。
不安もありましたが、こんなときは、できない理由ではなくできる理由を探すようにしていました。
私は映画の中でクリストファー・ノーラン監督の『メメント』が一番好きなのですが、調べてみると、ノーラン監督が初めて長編映画を監督したのは28歳のとき。私は当時23歳だったので、「今から急げば追いつけるんじゃないか!?」と思い、映画監督になる決意を固めました。
我ながらポジティブすぎて怖いですね。

カンヌ国際映画祭を目指すことに

調べてみると、映画監督になるにはいくつかの道がありました。
テレビ局でドラマのディレクターから映画監督になるパターン、映画の制作会社で助監督を務めてから監督になるパターン、広告代理店でCMを作りそこから監督になるパターン、自主制作映画を作り映画祭で賞を獲り監督になるパターン、などなど…。
ニートの私が目指せそうなのは一番最後の道くらいなので、とりあえず短編映画を作ることにしました。

短編映画を一本作ってしまう

賞に選ばれる

長編映画を作らせてもらう

というルートを目指すことに。

そうとなれば、次に必要なのは何でしょうか。
脚本?スタッフさん?俳優さん?
いいえ、締め切りです!
人生で数多こなしてきた夏休みの宿題や大学のレポートの経験上、私は締め切りがないと頑張れないので、締め切りを先に決めることにしました。
自分で締め切りを決めても拘束力が弱いので、こんなときは他の人が決めてくれた締め切りを利用しましょう。
=応募する賞を決めるのです。

そこで、ネットで色々な賞を調べてみると、あの有名なカンヌ国際映画祭の短編部門は誰でも無料で応募できるというじゃないですか!すごい!心広い!
しかも締め切りも3月と、絶妙に急がないと間に合わなさそうで丁度良い!
というわけで、カンヌを目標にすることにしました。

振り返ってみると、カンヌを目標にしてよかったなと思います。
メンバーを募集する際に、自然と本気度や作りたいもののクオリティの高さが伝わり、結果的に沢山の方が応募してくれたり、メンバーの方々も「カンヌに出すなら〜」と制限の多い中でクオリティを上げようとしてくださったからです。

さて、そうとなれば次は映画を作るのに必要なものを用意していく作業になります。

・脚本
・スタッフ
・キャスト
・機材
・ロケ地
・諦めない気持ち

このnoteでは、特に脚本・スタッフ・キャストをどのように用意したかをお話していきたいと思います。
ちなみに、最後まで読んでいただけるとわかりますが、一番大事なのは最後の諦めない気持ちでした。冗談抜きで。

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↑主人公の部屋として使わせていただいたお部屋です!素敵すぎる…!

脚本を書く前に 〜傾向と対策〜

①賞を獲った短編映画の研究

まずは脚本です。脚本はもちろん自分で書きます。
ところで、皆さん短編映画って観たことありますか?
ほとんどない、っていうかどこで観れるの?という方も多いのではないでしょうか。私もそのうちの一人でした。
なので、まずは敵を知ろうということで、賞を獲っている短編映画をなるべく沢山観てみることにしました。
↓このサイトを中心にネットで公開されている作品を30本ほど観ました。
Brillia Shorts Shorts Theatre Online
YouTuneにも意外と沢山載っています。
ただ観るというよりは、どんな作品が賞を獲っているのか共通点を見つける気持ちで観ました。赤本で言う傾向と対策です。
今回の脚本は、ここで見つけた共通点を取り入れて書きました。

②低予算で何ができるのか?

賞を撮った短編映画を観ていくと、思うことがあります。
「お金かかってそうだなあ」ということです。
それもそのはず、短編映画といえど世界的な賞を獲っている作品は、すでに活躍しているプロが作ったものが多いのです。
予算がない私には到底真似できません。

そこで、次は評価の高い低予算映画をリストアップして研究していくことにしました。
中でも特に参考になったのは、ロバート・ロドリゲス監督の『エル・マリアッチ』。77万円の制作費で2億円以上の興行収入を出した作品です。

エルマリアッチ


歌手がギャングと間違われ、敵から逃げるアクションムービーです。本編も面白いのはもちろん、DVDの特典にロドリゲス監督の音声解説が入っているのですが、これがめちゃくちゃ面白い!
なんと、本編よりも長尺で「低予算にするためにやった工夫」を語ってくれているのです!

・銃は警察に借りたからタダ
・セットを作るお金はないので、牢屋も本物を使わせてもらう
・地元の名士に俳優として出演してもらう→自然と飲み会などで宣伝してくれる
・十分なギャラが払えないことを理由に、出演俳優の負担を減らすために、練習してこさせないよう予め台本は渡さずセリフはその場で伝える
・十分なギャラが払えないため、劇伴の作曲家一人当たりの負担を減らそうと、5人ほどの作曲家に分割して依頼する

などなど…。
途中でロドリゲス監督が陽キャすぎることに気がついたり、法律上現代日本では真似できないことも多いのですが、とても参考になりました。
何より、ロドリゲス監督の「何としてでも映画を完成させる」という熱意と創意工夫に強い影響を受けました。

③どんでん返しの勉強をする

私は人にサプライズをするのが大好きで、今まで小説を書くときにも必ずどんでん返しを入れるようにしていました。
今回もどんでん返しを入れたいということで、『シックスセンス』『ファイトクラブ』『ピエロがお前を嘲笑う』『鑑定士と顔のない依頼人』など、どんでん返しで名高い名作を復習し、どんでん返しのパターンを勉強しました。
また、脚本術の名著と言われる本も何冊か読みました。


実際に脚本を書く

まずは人集めのために先にプロットと企画書を作り、他の準備と並行しながら脚本を完成させていきました。
設定はすぐに決まりましたが、どんでん返しのオチがなかなか決まらず、何週間も悩みました。
悩みに悩んでいたある日、オチが舞い降りてきたときの喜びは今でも鮮明に覚えています。
その後、様々な方から意見をいただき、脚本の改稿は撮影前日まで続きました。最終的には第9稿まで達しました。

撮影現場に潜入する


私は映画制作のイロハも知らなかったので『映画制作の教科書』という本を読みました。本当に何もわからないという映画制作初心者の方にとっってもおすすめです!


しかし、やはり本だけではわからないことも多いので、次に映画の撮影現場に潜入することにしました。
目的は、撮影現場の様子や段取りなどを知るためです。

経験がなくスタッフとして入ることは難しかったので、ネットで主に自主制作映画にエキストラとして応募しました。セーラー服を着て女子高生役をやったり、公園で走るランナー役をやったりしました。

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↑この撮影楽しかったな〜。中高ブレザーだったので生まれて初めてセーラー服を着れました。エキストラ同士で仲良くなったりもしました。

実際、これはとても役に立ちました。
百聞は一見に如かずで、撮影現場は専門用語や独特な慣習も多いので、初回からその情報量に圧倒されました。

ちなみに、初めて行った現場がまさかのいわゆる「荒れている」現場でした。(上の写真とは別の現場です)目の前でスタッフさん同士の大喧嘩が起こっており、怖すぎて震えました。こういうこともあるのかと勉強になりました。

ネットで30名のメンバーを集める

映画は1人では作れません。
映画制作には、脚本・監督・俳優・撮影・照明・録音・ヘアメイク・衣装・編集・劇伴作曲・助監督・制作などなど、沢山のセクションの方々が関わります。

自主制作映画だと、脚本・撮影・編集・照明・録音などを監督が全部自分でやる人も多いです。
しかし、私は他の方をメンバーに引き入れて分担してもらおうと決めました。
理由は、

①私のリソースを絞って集中させるため
②映像の質を担保するため

です。
①は、私が全部をできるようにしたらそれだけ時間がかかってしまうからです。
脚本・監督・撮影・編集を極める時間を、脚本・監督に集中することで、短い時間で脚本のクオリティをより上げられる可能性が高いと考えました。

②は、カンヌが目標だったからです。やはり大きな映画祭に選ばれている映画は映像が美しいです。プロの方にプロの機材で撮っていただかないと厳しいと感じました。

というわけで、お金もなかったので私は30万のカメラを売りました。
このお金が制作資金になりました。
結果的に、この作戦が映像のクオリティを上げてくれることになりました。
(※今は映像編集やスチールのお仕事もお受けしております!)

どこでメンバーを集めるか?

ここで問題になってくるのが、私は映画学校にも通ったことがなく業界未経験のため、1人も映画関係の知り合いがいないということです。
どこで探そうかなと思っていたとき、とあるサイトの存在を知ります。
シネマプランナーズ」です。

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映画・演劇のキャストさんやスタッフさんを募集できるサイトです。なんと手数料はかかりません。自主制作映画や小規模の商業作品などの募集が多い印象です。
「カンヌ国際映画祭応募作品 スタッフ募集」というタイトルで、募集記事を投稿しました。
十分な報酬はすぐにはお渡しできないため、「賞金が出たら分配いたします」という形にさせていただきました。
すると…
想像以上の応募が!!泣
トータルで60件ほどのご応募がありました。
ひたすら毎日Zoom面接を行いました。
熱い思いを語ってくださる方もいました。
しかも、中には有名な映画やドラマを編集されている方や、乃木坂やハロプロの作曲家の方も!
私が選考させていただくなんて大変おこがましいですが、20名ほどのスタッフさんを確定させていただき、グループラインなどを作りました。
しかし、それも束の間、事件が起こります。

6名いた助監督さんに5名飛ばれてしまう

ショッキングな事件が起こりました。
助監督・制作セクションの方を6名お願いしていたのですが、グループラインで自己紹介などをしていただいた後、「これこれをお願いします」というご連絡を差し上げると、5名と連絡がつかなくなっていました。

「あんなに意気込みを語ってくれていたのに…」
「狭い業界なのでまた会う可能性も高いのに…」
と悲しく思いましたが、十分なお支払いもできていない状態なので「んーなんか入ってみたらやっぱめんどくさいな!」と思われても仕方ないかなと思いました。
報酬が発生しているバイトですら、飛ぶことはありますもんね。

しかし、困ることには変わりありません。
助監督さん・制作さんの仕事は、めちゃくちゃ多いのです。撮影前だけでも、香盤と呼ばれるスケジュール表を作ることや、ロケ地の選定、小道具の用意、外部との交渉などなど、もう無限にあります。
あるスタッフさんは、助監督さんと制作さんは何人もいても撮影前は全員ボロ雑巾のようになるのが普通だとおっしゃっていました。
私はひとまず、自分含め7人で分担しようと思っていたこれらを、全部自分1人で抱え込んでしまいました。

地獄の子役探し

何より大変だったのは、俳優さんを見つけることでした。
というのも、私の脚本は登場人物が全員外国の方。

・60歳以上の欧米人のおじいさん
・10歳くらいのアジア系の女の子

など設定も独特で、東京近郊在住で、しかも演技も上手い方なんて、そうそう見つかりません。
先述のシネマプランナーズや、SNS、Tinderなど色んな手を使って探しましたが、なかなか見つからず…。
撮影予定日はどんどん近付き、このまま見つからなかったらどうしよう…と毎日死に物狂いで探していました。
Facebookの外国人のアクターのグループで探すことをご助言いただき、おじいさんはなんとか見つけることができました!

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しかし、子役はやはり見つからず…。
探し続けること約3週間、ようやくイメージ通りの子役が見つかったのです!
リアルに「よっしゃああああああ!」と叫びました。
そこから、子役の保護者様とのやりとりが始まりました。

しかし、ここから最も過酷な3週間が始まりました。
毎日毎日メンタルのHPが削られていきました。
先述の助監督・制作の件でやることは死ぬほどあるのですが、1日のほとんどが子役の保護者様への返信で終わってしまうこともありました。
もちろん私にも落ち度があります。ケアが足りず、先方のご希望に添えず大変申し訳なく感じました。
先方にも配慮しここには詳しく書けませんが、最終的な結果だけお伝えします。

撮影6日前に子役の保護者様に降りられてしまう

朝起きたらグループから既にご退会なさっていました。
撮影6日前、かつその方が来られるように日程調整してセッティングした顔合わせ・稽古日の前日でした。
明日までに他の子役を探さなければ他の方にも迷惑がかかってしまいます。でも、その方ひとりを見つけるのにも大変な時間がかかっています。
さすがの私も心が折れそうになりました。
成り行きを知っていた友達に無言でLINEを見せると、「かわいそう」と言って代わりに泣いてくれました
一方私は、毎日起こる事件によりメンタルが鍛えられていたのか、その1時間後にはビラを作って新大久保の路上で子役を探していました

「賞を獲るのは無理だと思ってるんですけど」

その日、さらにメンタルに追い討ちをかける事件がありました。
連絡がつかなくなっていた助監督さんのお一人が、何か手伝えることはないかと連絡をくださいました。大きな制作会社で働かれている方でした。
大変ありがたく、お電話でお話していたのですが、話の中で
「今回賞を獲るのは無理だと思ってるんですけど、」
とおっしゃられ、「えええ!撮影直前になんでそんなこと言うんですか、今まで連絡無視してたのに……」と思いました。
「なぜですか?」
「賞獲れる作品はこんな直前でドタバタになってないです」
というような会話をしました。
「どんな理由があっても、他の人が頑張っていることに対して、賞をとれないと思っているなどと言ってしまうのは良くないと思います。
私を初めとして、獲れると信じて頑張ってくれているスタッフさんもいますし、そういった発言を聞いたら他の方の士気も下がってしまうと思うので…」
と送り、恐らく先方も理解してくださいました。

はっきりとこう言われてしまい、正直結構ショックを受けました。
逆に言うと、今まで周りの人が優しすぎただけなのかも知れません。

このあとも、色々な場面で作品を観てもいない人に「無理だよ」と否定されることがありました。
その度にかなり傷つきました。
「作品と結果で見返してやる!」と思いました。

支えてくれた言葉たち

こんなに大変なことが続くと、辞めたくなってもおかしくないかと思うのですが、それでもやろうと思えたのは理由があります。

メンバーの方々に脚本のプロットを読んでいただいたとき、褒めてくださる方が何人もいらっしゃったからです。
一番きつかったとき、いただいた言葉を保存して見返して元気を出していました。

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プロの方にもこのように言っていただけて、この作品を絶対に形にしたい!と思えました。
また、子役が降りてしまったときも、チャットで何名もの方が元気付けるメッセージを送ってくださいました。
皆さんがこうやって言葉にして伝えてくださらなかったら、きっともっと辛かったと思います。本当に感謝です。

奇跡的に子役が見つかる

子役の話に戻りますが、新大久保の路上で見つかるわけもなく夜になりました。帰って、今までメールでいただいた応募をすべて見返すことにしました。
すると、宣材写真を拝見したときは気付けなかったけれど、この子もしかしたらイメージに合うのでは…!?という子が。
その日のうちに子役の事務所に連絡してZoomを繋いでいただくと、すごく可愛くて賢そうな子が…!!
なんと翌日の顔合わせにお越しいただくことができ、見事にお願いできたのです!!
無理そうでも最後まで諦めないと報われることがあるんだなと感じました。
(なお、子役の方にはギャラをお支払いしております。)

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↑初対面の顔合わせのとき、おじいさん役のキャストの方が子役ちゃんにマジックをしてあげていました。ほっこり…。

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ついにキャパオーバーになる

かなり長い間、キャスティング、ロケハン、香盤作成、脚本修正などやることを自分1人でめちゃくちゃ抱え込んでいたのですが、ついに限界が来ました。
どう考えても1人では消化しきれない量でした。

そこで助けてくださったのが、メンバーの方々でした。
最後まで残ってくださったメンバーの方々には、本当に感謝が尽きません。
素晴らしい方ばかりで、30名全員のことを書きたいのですが、ここには書き切れないのでまた別の記事を書かせてください。

一部例をあげると、助監督の高村さんは、長時間電話で話し、てきぱきとやることを整理してくれ、他の方にも協力を仰いでくださいました。
また、小道具を担当してくださる方がいなくて絶望していたのですが、なんと衣装の泉さんがIllustratorで作ったり100均で買ってきたりして用意してくださいました…!
この辞書や通帳や貼り紙、全部手作りなんです…!
凄すぎませんか?

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他にも、ここには書き切れないくらいたくさんの方が手をさしのべてくださいました。

撮影当日!

そんなこんなで、なんとか撮影日を迎えることができました。
初めての撮影は、私にとって反省の連続でした。
こだわりすぎてなかなかOKテイクが出せず、撮影時間が押して日数が伸びてしまったり、上手く演出の意図が伝えられず戸惑わせてしまったり。
次回改善しなければと思っている点です。

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当初4日の予定だった撮影は8.5日になり、多忙な皆様のスケジュールを圧迫してしまい申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
そんな中でも、撮影の福井さん、録音の柴田さん、メイクのMaikoさんは他のお仕事を入れずに全日程朝から晩まで参加してくださり、他のスタッフの皆様も、忙しいスケジュールの中で無理を押して参加してくださいました。
スタッフさん、キャストさん、全員に心から感謝しています。

体力的にもハードで、撮影は終電で帰宅し2時に寝て、次の日は4時起きで始発に乗るという日もありました。帰っても次の日の準備や香盤修正などがありなかなか睡眠時間がとれないことも。

そんな中でも、現場応援をお願いしていたスタッフさんが撮影当日の朝にグループラインから消えていたり、晴れのシーンで雨が降って撮影を中断したりと事件も数え切れないくらいありましたが、皆様に支えていただいて完走することができました。
クランクアップのときは、ただただ「撮り終えられたことは奇跡だな」と思いました。

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↑クランクアップの時にとった写真です。皆様は美しいですが、私は寝ていないので多分死相が出ています。

ポストプロダクション

撮影の後には、アフレコ・オフライン編集・劇伴作曲・合成・字幕入れ・エンドロール作成・グレーディング・MAなど、沢山の作業が待っていました。
それぞれプロの方が協力してくださり、1つ1つ、おひとりおひとりに思い出があるのですが、ちょっとこのnote長すぎるという声が聞こえてきそうなので、また別の機会で語らせてください。

ちなみにかかったお金に関してですが、

・制作費(撮影データを保存するためのHDDやSSD代:31000円、現場の皆様に最終日にお渡ししたプレゼント代:52000円、小道具代:15000円 など)が約10万円と
・映画祭への応募料金が約20万円で
トータル30万円ほど

でした。
ちょうどあの時売ったカメラくらいですね。

新宿の中華食堂一番館で

映画が完成してからは、様々なコンペに脚本を応募しながら、知り合いの監督の現場応援や映像編集のお仕事をいただいたり、知人のスタートアップのお手伝いのバイトをしたりしていました。
ある日、新宿の中華食堂一番館で友人と290円のかけらーめんを食べていると、スマホの画面が光りました。
一通のメール通知。
「MIRRORLIAR FILMS PROJECT 運営事務局」さんからでした。
山田孝之さん発起人のMIRRORLIAR FILMSに採用され、全国での上映が決まったというお知らせでした。
信じられなくて、何度もメールを読み返しました。
撮影6日前に子役さんが降りたときに代わりに泣いてくれた友人が一緒にいて、「リ子は選ばれるって信じてた」と言ってくれました。
ひとしきり興奮して騒いだあと、じんわり涙が込み上げました。

今後の展望

ここまで読んでくださったあなた、ありがとうございます。

なんと今日は、こうして完成した初監督短編映画のワールドプレミアです!
なんと、ショートショートフィルムフェスティバル&アジア(SSFF&ASIA)という、アカデミー賞公認・アジア最大級の映画祭のオープニングイベントで上映していただけることになりました。

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俳優の山田孝之さんや阿部進之介さん、伊藤主税プロデューサーや他の監督陣と一緒に、私もトークイベントに登壇させていただきます!
ありがたいことに、満席だそうです。
夢みたいです。
素敵な機会を用意してくださったMIRRORLIAR FILMSの運営の方々のおかげです。本当にありがとうございます。

今回関わってくださったスタッフ・キャストの方々に恩返しがしたいとずっと思っていたのですが、ようやく小さな1つ目の恩返しができる気がします。
賞金の分配の面でも恩返ししていけるように引き続き頑張ります!

このnoteは、映画の作り方に興味がある人だけでなく、やりたいことがあるけれど今更遅いと思っている人、始める勇気が出ないという人に届いたらいいなと思って書きました。

未経験から4ヶ月で映画監督になる奴もいるなら、自分もできるかもと勇気を出してもらえたら嬉しいです。
まだ勇気が出ないという人は、私に連絡をもらえたら全肯定botになります。
(明らかに詐欺に遭っている場合や犯罪に手を染めている場合は除きます笑)

私の次の目標は、もちろん長編映画を作ることです!
MVやCMのお仕事もしてみたいです。
監督はもちろん、脚本・編集・現場応援のお誘いもお待ちしております。
企画書も沢山用意しております。
映画関係者の方もそうでない方も、TwitterInstagramからぜひお気軽にご連絡ください! 

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面白かったら、ぜひよろしくお願いいたします!

では、またどこかで!

村上リ子



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