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〔『激動の時代のコンテンツビジネス・サバイバルガイド』書籍紹介ページ〕

解説:日本のコンテンツビジネスにも押し寄せる デジタルディスラプションの荒波 ─ 変わらないのは、変わり続けるということ

山本一郎(個人投資家、作家)

 
この本の主題であり投げかけているテーマは明確です。それは「デジタルディスラプション」、すなわちデジタルによるビジネス環境の破壊を総覧しているにもかかわらず、実際には破壊はいまなお起こっている、現在進行形である、という重大な問題提起です。これらの衝撃的な変化は、変化が終わった結果を単にまとめた内容を本書が提示しているものではなく、いまなお続く現象の途中経過にすぎないのです。本稿では、本書の解説も兼ねて日本のエンタテインメント業界を敷衍しながらコンテンツビジネスの潮流を見ていきたいと思います。

本書では、第1章から最後に至るまで、世界のインターネット環境の進化がビジネスに与えた影響は終わることなく、いままでの収益事業を過去のものとし、そればかりか、いままでは同じ業界とは思っていなかった他業種が実は競合であった、敵対的な存在になってしまったということが当然に起き得ることを示しています。レンタルCDもレンタルビデオも、インターネットによって「誰が何をどう見ているのか」が分かるようになり「彼らにどう届けるのか」だけでなく決済手段まで提供できるようになったわけですから、リアルの店舗、レコードやビデオデッキといった個別のハードを過去のモノへと追いやってしまいました。そのようなマテリアルに依存していたビジネスは、たとえ紙の新聞紙に印刷して配達しているビジネスモデルでさえも容赦なく吞み込んでいくプロセスの中にある、と言っても過言ではありません。

何より、本書が拓く未来への扉は「データ資本主義」とでも言うべき膨大な利用者データを再利用し、線形・非線形を問わず市場や利用者の未来の行動を予測し、それに見合ったコンテンツの制作から提供方法、広告、値付け、公開期間までをも見通そうという壮大なものです。そして、そういった未来絵図は統計的手法や人工知能に基づき、最終的には「その人に何をインプットすれば、どのような消費行動を取るのか」まで到達する、事実上の脳の秘密にまで手がかかる壮大な実験であるとも言えます。誰か特定の人の行動までは予測できないが、例えば似たカテゴリーの百人が集まれば、そのうちの何人がどういう行動を取りそうか、というところまでは類推できるようになるのです。

コンテンツ制作側がどんなに努力をしても、膨大な利用者データを持つプラットフォーム事業者のデータ活用の荒波には抗えないことは、本書でも繰り返し解説されています。それは、事業のパラダイムシフトそのものであり、そのパラダイムの魔力が、いままで真面目に権利を確保しビジネスを構築し営々と利益を計上してきた、レガシーな各種コンテンツ産業のビジネスモデルを押し流し、その努力にもかかわらず多くの企業が荒波に吞み込まれて娯楽系のコンテンツビジネスの歴史の一ページへと沈んでしまいました。

その意味では、時代の流れに抗うのではなく乗りこなしていくには、読者自身が自身を、製品・サービスを、自社をどう導いていくのか、本書には、最適なガイダンスが豊富に例示されています。単なる流行としてこの奔流を捉えるのではなく、新たなパラダイムに対して自身をどう作り替えていくのか、考察し行動に移すための最良のテキストの一つなのです。

日本の例で、最も卑近な、そして大事な例を挙げましょう。それは、誰もが利用するイオンなどのロードサイドのショッピングモールが、インターネットとの競争に晒されている件です。地方で暮らしている多くの日本人が週末に訪れるロードサイドのモールやアウトレット店では、その賑わいとはよそに、来店者数一人当たりの売上が減少してしまう現象が多発しています。それまでは、事業者は主にその地域に住んでいる商圏人口の減少がこの問題を引き起こしていると考えていました。

しかしながら、実際に調査をしてみると商圏人口の減少よりも速いペースで売上が落ちる一方、より多くの娯楽を求めて週末の来訪者の割合や滞在時間、再訪率は増えている場合があったのです。本書でも、レコードからCD、そしてインターネット時代に花開いたストリーミングという音楽出版の興隆と没落の歴史を詳しく論じていますが、より身近な買い物の世界では、緩やかに、しかし力強くインターネットの足音が響いているのが実情です。

そのインターネットによる破壊の兆候は、「水もの」の販売に表れていました。週末、家族や地域の人たちと誘い合わせて車でやってきていたお客様は、一週間の飲み物や食べ物、トイレタリー製品などをまとめ買いしていくのが普通です。行きは家族で何をしようかわくわくしながらショッピングモールまでやってきて、帰りは一週間分の生活物資を買い込み、自宅に戻る──そんな暮らしを支えていたのが地域のモールでした。

ところが、いつからか、車で来たお客様はそういう重い買いだめをする量を最小限に抑えるようになりました。

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書名 激動の時代のコンテンツビジネス・サバイバルガイド
プラットフォーマーから海賊行為まで 押し寄せる荒波を乗りこなすために
著者・訳者・解説 マイケル D. スミス・ラフル テラング 著
小林 啓倫 訳
山本 一郎 解説
出版年月日 2019/06/26
ISBN 9784561227298
判型・ページ数 四六判・280ページ
定価 本体2500円+税