「ニンジンなしで走らされる」日本のウーバーイーツで報酬引き下げの知られざる背景

ウーバーイーツ配達員1

コロナ禍で急成長したフードデリバリーサービス。急成長の裏で、ウーバーイーツは報酬を引き下げた。

Shutterstock/Ned Snowman

コロナ禍の在宅需要でフードデリバリーサービスが急成長している。データ分析企業のヴァリューズによると、ウーバーイーツ、出前館、menuなど大手5社の利用者は2020年1月に294万人だったが、2021年1月は902万人と3倍に増加した。

だが、その33都道府県におよぶウーバーイーツのサービスを支える配達員(日本経済新聞3月3日付朝刊によると20万人に倍増見通しも)の報酬に異変が生じている

配達員の報酬は、「基本配送料」と「インセンティブ」で構成されている。

「基本配送料」は、店舗で配達員が商品を預かった時に発生する①「受け取り料金」、利用者に商品を届けたときの②「受け渡し料金」、店舗から利用者宅までの③「距離料金」の3つの合計金額から、ウーバーの取り分であるサービス手数料を引いたものだ。

一方、「インセンティブ」は基本配送料に上乗せされる追加報酬で、注文時間が殺到する繁忙期などに加算される。

ところが、この「基本配送料」に占める割合の大きい距離料金が引き下げられる事態が発生しているのだ。

通知も説明もなし、距離料金一律300円に

ウーバーでは3月1日から京都市と福岡市で新報酬体系の試行が始まったが、配達員に何の通知もなく距離料金が何キロ走っても一律300円という状態が続き、その後も変動した。

配達員で組織する労働組合のウーバーイーツユニオンに、京都の配達員からこんなメッセージが届いた。

「3月8日から300円均一ではなくなりましたが、水曜日(10日)の昼間の時点では1キロ台以下は300円、3〜4キロでも340円ほど。結果として10件の平均単価は332円。結局300円均一とほぼ変わらない状況です」

配達員で同労組のウーバーイーツユニオンの土屋俊明執行委員長は、こう解説する。

「これまで注文を受けた場所から店舗までの距離はカウントされていなかった。京都と福岡の実験では、店舗までの距離も料金に反映されたことを改善点と捉えていたが、それだけに300円均一と聞いて驚いた

というのも、現場からは「以前より報酬が1〜2割下がった」という声が上がるからだ。

たとえば距離が7〜8キロになることも当然あり、300円だと以前の報酬の3割減になる。3月2週目以降、距離を反映するようになったが、それでも以前の1〜2割低くなったという声も散見され、下がったという声はあるが、上がったという声は聞かない。どういう計算式でそうなるのかウーバー側はまったく開示しないし、京都と福岡の配達員は実験台にされているという感覚を持っている

土屋委員長はウーバーイーツの狙いは「基本的には報酬の引き下げだ」と指摘する。

「距離報酬の引き下げは2019年11月末の基本報酬の改定以来。そのときは1キロあたり150円から60円に一方的に引き下げられた。フードデリバリーサービスの開始当初は鼻先にニンジンをぶら下げるように配達報酬を比較的高く設定するが、その後少しずつ下げて最後はニンジンがなくなり、紐だけになっても気づかずに走らされているというのが世界的に見られる現象だ。今回の福岡と京都の新料金体系がどうなっていくのか、配達員の多くが危機感を持っている」と身構える。

イギリスで判決「ウーバー働き手は労働者」

抗議ストライキ

ウーバー運転手は労働環境改善を度々求めてきた。写真はウーバーがIPOを行った際のイギリスでの抗議ストライキ。

GettyImages/ Peter Summers

フードデリバリーサービスが活況を呈している中、日本では配達員の“賃下げ”が進む。

もちろん配達員はパート・アルバイトといった直接雇用ではないので、「労働法」全般が適用されない。有給休暇や残業手当はもちろん、失業手当もなければ最低賃金や災害時補償、休業補償もない。公的保護のセーフティネットは存在しないのだ。

そんな折、2021年2月、イギリスの最高裁判所は配車サービスのウーバー・テクノロジーズの運転手に社会的保護を命じる画期的判決を下した。

ウーバーの配車サービスで乗客はアプリで計算された運賃をウーバーに支払い、手数料(20%)を引いた残りが、運転手に報酬として支払われる。ウーバー側は乗客と運転手が直接契約を交わし、運転手は好きなときに自由に仕事ができる「自営業の請負業者」としている。

しかし、ウーバーの2人の元運転手が「自分たちは自営業者ではなく、ウーバーの指示に従って働く労働者(Worker)。最低賃金や休日・休暇など社会的保護を受ける権利がある」として2016年に提訴。雇用審判では「ウーバー運転手は労働者」と認定されたが、ウーバー側が上訴した。

それでも判決は覆ることがなく、ウーバーはさらに最高裁裁判所に控訴していたが、最高裁は満場一致で2016年の雇用審判の決定を支持する判決を2月に下したのだ。

法的な最終決定権を持つ最高裁の判断は重く、イギリスの他のウーバー運転手への影響は必至と見られていた。

運転手らに最低賃金保障、有給休暇も

判決の影響はすぐに現れた。

アメリカのウーバー・テクノロジーズは3月、イギリスの運転手ら約7万人に最低賃金や有給休暇が取得できる労働者として扱うと発表した。朝日新聞(3月18日付朝刊)はこう報じている。

「ウーバーは英国の運転手について、『個人事業主』としていた立場を転換。雇用契約がないまま労働者の一部権利を得られる英国特有の仕組みを17日から適用した。最低賃金を保障し、収入の約12%を支払う有給休暇を付与する。一部の人は年金制度にも自動的に加える。勤務時間や場所は、これまで通り運転手に裁量を残す」

ここで言う「英国特有の仕組み」とは何か。

イギリスの就業者の概念はもともと被用者=従業員(employer)と自営業者しかなかった。

しかし、使用者の指揮命令を受けながら雇用はされていない。それなのに自分の計画で事業を営むこともできない。こうした「雇用者とも自営業者ともいえない就業者」を、第3の類型であるWorker(労働者)と位置づけ、1997年に法的保護を図ることになった

この類型に従って、イギリスの最高裁はウーバー運転手をWorker(労働者)と認定したのだ。

日本のウーバー配達員は労働者ではないの?

ウーバーイーツ配達員2

イギリスでは「労働者」と認められたウーバー配達員。日本ではどう位置付けられているのか。

Shutterstock/Rodrigo Reyes Marin

ところでウーバー運転手と似たような働き方をしている日本のウーバーイーツの配達員はイギリスの判断基準に照らすとどうなるのか。

ギグワーカーの働き方に詳しい日本労働弁護団事務局次長の川上資人弁護士はこう指摘する。

ウーバーの業態はライドシェアだが、ウーバーイーツでもアプリは一緒であり、働き方もまったく同じ。そもそも運転手が乗客の少ないオフピークのときにも収入が得られるようにフードを配達することを始めたのがウーバーイーツだ」

ちなみにイギリスの最高裁判所も以下の要素を検討し、「ウーバー運転手」を労働者であると認定している(判決要旨)。

  1. ウーバーが運転手が獲得できる運賃を決定している
  2. ウーバーが契約条件を設定し、運転手はそれらに発言権を持っていない
  3. 乗車のリクエストに対して運転手があまりに多くの乗車を拒否した場合、ウーバーはペナルティを課し、ログオンが許可されるまで仕事ができない
  4. ウーバーは乗客が運転手を評価するシステムを導入し、平均評価が改善されないと警告を発し、最終的に改善されなければウーバーとの関係は終了する

ウーバーイーツでも1と2の措置が取られているが、3、4についてもウーバーイーツユニオンの土屋委員長はこう語る。

「たしかに配達リクエストが届くと、受けないという拒否や、受けても飲食を店舗から受け取る前にキャンセルもできる。とはいえウーバーは拒否回数やキャンセル回数の数値を記録し、エリアごとの平均の数値を大きく下回るとまず警告がいく。次はないよ、分かっているよねというメールが届く

また、商品の届出先と店舗、配達員それぞれが評価する仕組みがあるという。

エリアの評価の平均値を大きく割り込んだ場合、アカウント停止になることが配達パートナーズガイドに明記されているが、平均値は非公表になっている。それだけではなく、店舗からウーバーに配達員に関するクレームが行くと、配達員の言い分を聞かずにアカウントを停止されるという話もよく聞いている」

アカウントを停止されると当然仕事ができなくなる。これだけでも英国最高裁ならずとも「裁量権のある」自営業者とは呼べないだろう。

イギリスの最高裁判決を受けたウーバー・テクノロジーズの改善措置は日本の配達員にも反映されるのだろうか。

前出の、朝日新聞の取材に対し、記事によるとウーバー・ジャパンの広報担当者は「他の国・地域にも適用するかというと違う。日本では日本の法令に準拠して事業を運営していく」と話している。

中身のない政府のガイドライン

国会

日本政府は中身のないガイドラインでフリーランスを「放置」していないか?

GettyImages/ Tomohiro Ohsumi

では、日本のギグワーカーに対する保護はどうなっているのか。

政府は2020年7月に閣議決定された「成長戦略実行計画」でフリーランスを「多様な働き方の拡大、ギグエコノミーの拡大などによる高齢者雇用の拡大、健康寿命の延伸、社会保障の支え手・働き手の増加などの観点からも、その適正な拡大が不可欠」と推奨してきた

それに伴い「フリーランスの環境整備」を掲げ、2021年3月に「フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン」(以下、ガイドライン)を公表した。

中身は、フリーランスと取引を行う事業者が遵守すべき事項について独占禁止法、下請代金支払遅延等防止法の適用範囲を明記。また、労働基準法9条、そして団体交渉などの保護を受けることができる労働組合法3条の「労働者性」の判断基準を説明している。

しかし、その内容は従来の法解釈を繰り返しているにすぎず、新たな保護策は何一つ取り上げられていない

前出の川上弁護士はガイドラインをこう批判する。

「公正取引委員会は独禁法関連のガイドラインをこれまでにもたくさん出しているが、今回の内容は単にそれをコピペしているだけで中身は何もない。後半の労働者概念の定義についてもこれまでの常識の範囲内のことしか書かれていない。わざわざガイドラインで言うほどのものはなく、こちらも中身がない

冒頭に述べたようにコロナ禍のフードデリバリーサービスの拡大に伴い、配達員も急増している。

こうした流れを受け、イギリスをはじめヨーロッパ諸国では増え続けるギグワーカー(インターネット上で単発の仕事を請け負う働き手)の新たな保護策が次々と講じられている。

一方、日本のフリーランスは何も保護策がないままに放置されているのだ。次回は日本の過酷な労働実態をリポートしたい。

(文・溝上憲文

編集部より:初出時に一部「基本報酬」としていましたが正しくは「基本配送料」です。

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