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私はその日も夜23時すぎにマクドナルドで記事を書いていた。そこでいつも驚くことがある。
「BGMのセンスが良すぎる!」
店内音楽としてしっかり機能しつつ、流行をおさえ、ときに玄人目線の楽曲を忍ばせるクリエイティブな内容なのだ。思わず音楽認識アプリShazamをスピーカーにかざすと、世界的に人気のアリアナ・グランデや、新進シンガーとして注目を集めているビリー・アイリッシュといった歌手に加え、聴いたこともないR&Bやレゲエのタイトルがセットリストに入っている。
ヒップホップアーティストのファレル・ウィリアムス(音楽グループ「N.E.R.D」)はその昔、マクドナルドでアルバイト中、BGMに乗って踊りすぎるあまり3回クビになったという逸話があるが、その気持ちがやっとわかった気がした。
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調べてみると、SNSでもマクドナルドの店内BGMの選曲が気になるという意見は少なくない。
翌日、ふと思い立って日本マクドナルドへこの選曲について問い合わせてみた。すると、マーケティング本部ナショナルマーケティング部が手がけているという。詳しく聞けば、USENの特別編成チームと協力のもと、独自のプレイリストを作成しているということだった。
マクドナルドはなぜ、そこまでコストをかけてプレイリストをつくるのだろうか? そんな店内BGMの裏側について、日本マクドナルド株式会社の權英哲(クォン・ヨンチョル)氏、USENの小島万奈氏に直接話を訊いた。
大学卒業後、広告代理店勤務を経て、2015年7月に日本マクドナルド株式会社へ参画。マーケティング本部ナショナルマーケティング部にてシニアマネージャーとして店頭マーチャンダイジング、アライアンス活動に従事している。
小島万奈氏(右)
アメリカの大学を卒業後、現地での勤務を経て、帰国後は株式会社USENに入社。現在はコンテンツプロデュース統括部 制作部に所属。ジャズを中心とした音楽コンテンツ制作や企業専用放送の選曲に携わりながら、制作1課長として奔走中。
音楽好きなマクドナルドファンによる選曲チームとは
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── まずマクドナルドの店内BGMについて、コンセプトを聞かせてください。
權
現在は1日を4つのデイパートに分けて、それぞれにコンセプトを持たせています。それにあった選曲を月2回更新する、という体制です。モーニングは爽やかな音楽、アフタヌーンはスタイリッシュ、イブニングのウキウキする感じ、ミッドナイトはディープに、といった感じで。
ですから、深夜の時間帯に程よく大人な楽曲をセレクトしています。他の時間帯では選曲しないような音楽をわざと入れることで、注目していただきたいと思っているんですよ。だから夜の時間しか聴けない選曲が実はあるんです。そこに音楽好きな方が注目してくださっているというのは、コンセプト通りなんですよ(笑)。
いかに快適な空間でお食事をしていただくか、というのも私たちにとってはホスピタリティの一環です。BGMは大切な要素なので、毎回USENさんと一緒に「マクドナルドで流す音楽ってなんだろうか?」ということを考えながら選曲しています。
小島
大きな枠組みを權さんに見ていただきながら、毎回の選曲をさせていただいてます。普段は他にもUSENで流れている普通の番組ですとか、他企業さんのオリジナルBGMも制作したりもしていて。マクドナルドさんの場合はどんなジャンルの曲でもイメージに合えば選曲させていただいています。毎月1日と16日に4つある各デイパート1時間ずつのプレイリストを更新しています。
權
グローバルにコンセプトと合う選曲をしていただいていることもあるので、USENさんには専門チームを作っていただいているんです。小島さんがリーダーで、他にも各ジャンルの担当者がいます。どの曲が合うか、チームで議論しながら作っています。
── 実際に選曲しているチームの担当者はどういった人たちなんでしょうか?
小島
私以外にマクドナルドの選曲メンバーになってもらっているのが、カフェミュージックやインディーズに強いスタッフ、それからブラックミュージックとクラブ音楽に強いスタッフの2名ですね。私はこう見えてピアノやトランペットを演奏していたので、ジャズ専門なんです。USENに入ってから他の音楽を聴くようになりました。
なので私と男性2名の3人体制で選曲しています。その時々で情報交換をしながらみんなで作っています。『音楽の好きなマクドナルドファン』みたいな感じです(笑)。新しい楽曲も取り入れつつ、過去数十年分の良い曲を入れてみたり。そういうこだわりは常に持つようにしています。チーム内で流したい曲の取り合いになるときもあります。
權
またクリスマスやオリンピックなどのイベントがある場合は「こういう音楽をお願いしたいです」とオファーする時もあります。リオ五輪の時は『応援歌特集』をやりましたね。11月~12月は30%、60%という感じで、当日に近づく度にクリスマスソングの割合が多くなるようにしたり。
小島
あとは普通のBGMとは違うので、意識して緩急をつけるようにしています。(また特徴的なのは)リオ五輪などのキャンペーンがあるとき以外は、日本語の楽曲は使わないようにしています。海外のお客さまも多いので、ブラックミュージックであれば、ラジオ仕様のクリーンバージョン(俗語や強い言葉が除去されている)を使いますね。
※上記は、5月1日の令和初日「昼間」のプレイリスト。ジャズやR&B、インディーロックなど多種なジャンルの曲が欧米、豪州産で選曲されている。LA在住の日本人DedachiKentaを取り上げている点には若手を応援する気概を感じた。
店内BGMへの問い合わせは月に約25件
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── このBGMの取り組みはいつからはじめたものでしょうか?
權
2010年にオリジナルのBGMを開始して、2012年から現在のようなデイパートに分けた放送を開始しました。企業の姿勢としては「FUN PLACE TO GO(マクドナルドに行けば楽しいことがある)」と感じていただけることを目標にしているので、それを体現化するうえで「BGMもオリジナルなものにすべき」という考え方です。
以前からいろいろな会社さんに選曲してもらいながら、ジャズやボサノヴァを流そうという取り組みをしてきました。今は「お客さまのためにこだわった選曲」ということで、USENさんで統一しています。
── SNSでも「マクドナルド BGM」などで検索すると、気になっている人がちらほらいます。
權
弊社にはお客様サービス室があるのですが、そこにBGMの問い合わせが月に25件はあるそうです。ご要望があれば、店名と利用時間帯から流れていた曲をお答えしてます。それを(問い合わせがあることを)聞いて、反響があることを実感しました。
小島
今はShazamなどのアプリで気になった曲はすぐに調べて、知ることができますよね。マクドナルドさんのBGMはどの企業さんの専用放送やBGMよりも緩急があったり、ポップだったり、キャッチー、かっこいいとか、いろいろなものが流れるので、一番Shazam世代にフィットしているんじゃないかなと日々感じています。
權さんと「マクドナルドのBGMが巷でいつか話題になったらいいね」と話していたことをずっと心にとめてやってきました。この言葉を胸に選曲してきたので、こういった反響があると嬉しいです。コンセプトに沿うのは大前提ではありますが、「もう一度光を当てたい良い曲を忍ばせる」ということもしてきてます。それに気づいてもらえたら、ブランドイメージとしても、音楽にとってもいいんじゃないかなと思って。
普段はレギュレーション(制限)のあるなかで選曲をやっているんですけど、マクドナルドさんとは、どこまでも広げていける選曲をさせていただけるので、お客さんのことを考えて、自分も楽しみながら、勉強しながらやれている実感があります。
權
特に深夜のデイパートは当たりさわりのない音楽ではなく「これでもいけるんじゃない?」というような感覚で作っていただいてるんです。だからSNSや音楽好きな方の間で話題になることがあるんじゃないかと感じています。
※こちらは令和初日「深夜」のプレイリスト。昼間とは違いR&B/ジャズ/ヒップホップを中心として、欧米、南米、インド、アフリカ由来の楽曲も入っている。ビヨンセの妹、ソランジュの実験的な新作から選曲されている点が目立つが、LA音楽シーンの真打ちといわれるデクスター・ストーリーがマクドナルドで流れることにおどろき。
自然にBGMをつなげるために「音」や「コード」を合わせている
── たまたまかもしれませんが、私が聞いた時はちょうど、シングルカットもされていない、アリアナ・グランデの「NASA」という曲が使用されていて、驚きました。「男性に媚びない自立した女性」というメッセージ性がある楽曲ですが、この選曲基準については?
小島
有名かどうかよりも「ブランドに合うか」というところで決めているんです。確かにあの曲は強い曲なんですけど、一般的なBGMとしては採用しづらい曲なのかもしれません。もっと(誰もが知ってる)メジャーな曲を使う、という判断もあったかと思います。
でもマクドナルドさんのBGMはどういう曲を使おうと、メッセージ性が強かろうと、そこにフィットすれば迷いなく入れようと話し合ったのを記憶しています。メッセージ性以上にマクドナルドのブランドが強いかどうか。選曲のチェックはありますが、歌詞に悪い言葉がないか、という点を確認する程度です。
權
一応事前にプレイリストを焼いたCDを聴いて確認しています。以前どうしても使用しなければならない楽曲のなかに、飲食店としてはふさわしくない部分があって。そこを上手く処理してもらいました。
小島
權さんから「○分○○秒からがNG」と指示があったので、上手くフェードアウトしました。でもその曲と普段のBGMの曲ってテイストが違うので、どうやって違和感なくつなげようかと悩みましたね。結局、そのフェードアウトした部分の音と、全然違う曲の頭の音が同じ音のものを探してつなげたのを覚えてます(笑)。
DJさんのように「テンポ」とかで合わせると思いますが、マクドナルドさんの場合はグローバルに選曲しているので、困ったときは先ほどのように前の曲の終わりと次の曲の頭が同じ音の「曲」を選んで転調したように聴かせたり、同じコード(和音)の「曲」を探してつなげたりもします。ジャンルやテンポは変わるけど、音を紐づけることでなめらかにつなげるみたいな感じですね。
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── 音楽がよいと実際の売り上げにも直結するものですか?
權
相関性は現状わかってはいません。数字では追えないんですよね。ただ私たちは快適なお食事空間をご提供する、というホスピタリティのひとつとして考えています。
小島
USENのラボでは、購買行動意欲が増すようなテンポ感を研究してますし、人の声をさえぎる、店内のマスキング効果なども検証を重ねています。ただ、マクドナルドさんに関しては、あくまでもコンセプト重視なんです。科学的な見解に基づいた選曲だけにすると、ずっと同じような曲調の音楽がゆるやかに変わるだけになってしまいますから。
プレイリスト制作に関わり始めた、2014年の『Big America』キャンペーンでは、企画に合わせて第一弾・1960年代、第二弾・70年代、第三弾・80年代と選曲をしました。数値ではわかりませんが、オールディーズやソウル、ディスコとかそれぞれ年代の特徴的な音楽を使ってお店を盛り上げることはできたのかなと思います。
權
BGMをラジオっぽく考えているんですよ。BGMの途中にナゲットのCMなども入りますし。そういう意味で僕らは編成部的な役割だと考えてこだわりを持って運営しているんです。
(文、写真、構成・小池直也)
小池直也:ゆとり第一世代の音楽家/記者。山梨県出身。サキソフォン奏者として活動しながら、音楽に関する執筆や取材をおこなっている。ツイッターは@naoyakoike